第50話 (肉体的には)女子会
ハメスファール領の領都は貴族子女の集まる魔法学園があるため帝都の流行が最も早く広まる地方都市です。学園都市としての性格が強いため若者文化が中心ではありますが、大人向けの文化も一緒に入ってきます。
最近の帝都の流行、特に貴族で流行っているのは密室防音の酒場です。密室防音の小部屋で内緒話をしながら食事をする、大人に憧れる学生達に人気が出るとの判断で出店され、狙い通りに繁盛しました。学生の身分で酒を飲むのは御法度とされているので食事処とはなっていますが。
そんな食事処に三人の女学生が集まっています。転生三人組です。
「ここは本当に大丈夫なんですか? 随分と壁が薄そうなんですけど」
マリアンネは不安そうに壁をペタペタと触っています。
「大丈夫ですよ。かなりしっかりとした防音魔法が施されていますから」
「そんなこと分かるんですか?」
「幼い頃はガッツリ魔法の勉強してましたからね。ほらここ」
アンジェリークは壁に指を当てると何かをなぞるように動かしていきます。
「壁の模様に隠れて見えづらいですが魔法陣が書かれてます。露骨に魔法陣が見えるのは品がないとされてますからこういう措置がなされてるんですよ。座った人間から魔力を吸ってそれを利用して防音魔法を発動するんです」
アンジェリークが指でなぞる部分を二人は見つめますが難しい顔をして首を捻っています。そして早々に理解を諦めたミコトが席に座りました。
「あれ? 座った人から魔力を吸うとなると魔力のない人は大変なことになるんじゃないの?」
「そんなこと言ったら魔導具なんか平民が使えない代物になりますよ。使用者の魔力を利用する魔導具なんてざらにありますからね。この魔法陣はその典型例で、椅子のここに魔石が仕掛けられてまして、出力の必要な起動は魔石を利用して後は座っている人の魔力で動かしてるんです」
へぇと二人が感嘆を洩らしました。道具の使い方を知っていても動く仕組みは分からない、というのは科学に限った話ではありません。
感心していたミコトの顔がふと歪みます。
「……私に対しても敬語なの?」
「記憶を取り戻したのが十三歳の頃ですからこっちの方に慣れているんですよ。別に前世みたいに喋るのがやりづらい訳じゃないんですが、一々分けるのが面倒」
前世の兄らしい答えにミコトは納得しつつ安心しました。
「ところで、我々がこうして集まる必要ありますか?」
「あら? 嫌でした?」
「別に嫌だとはいいません。胸襟を開いて話し合えるのは今のところこの三人だけですから。ただ、もはやゲームと状況が変わりすぎて訳分からない状況ですし、そもそも動きが国家規模となるとなにもできません。我々で考察をし続けたところで何の意味があるのかなと」
集まっているのは女学生三人。二人は令嬢、一人は金持った平民。国に対して与えられる影響など微々たる物です。帝国議会で議員の首を折って正体を暴くとかでもしない限りは。
「ゲームのような状況に陥る可能性はないとは言えません。先に考えられる状況を考えておけば冷静に対処出来ます」
「私達が積極的に動いて状況を解決するってことですか?」
「状況によってはそうする必要があるかもしれません」
「らしくない」
ミコトの不満げな声にアンジェリークとマリアンネが視線を向けます。
「兄ちゃんはそういう人じゃないでしょ。前世だって基本的に自分本位だったし、『道先』のアンジェリークだってマリアンネの話を聞く限り国のために、世界のためにって人とは思えない。気持ち悪い」
「別に国のために動くわけじゃないですよ」
子供じみたことを言い始めたミコトにアンジェリークは懐かしさを覚えて苦笑いを浮かべました。
「私個人は国が滅んだところでどうにでもなりますが、お父様やローザ達はそうはいきませんからね。ミコトだって困るでしょう?」
「……まぁ、紙の研究どころじゃなくなるだろうし」
「私が自分本位なのは認めますが自分が良ければ友人知人がどうなってもいい、と思えるほど身勝手ではないですよ」
アンジェリークの答えに納得したのか、ミコトは鼻を鳴らすと興味を失ったようにメニューをパラパラと眺め始めました。正に我が儘な妹というべきミコトの言動にマリアンネは苦笑していました。前世でも兄にたいしてこんな態度で接していたんだろうというのがよく分かります。
「そろそろ本題に入りますか」
「本題、と言われましても。アンジェ様は何が知りたいんですか?」
「ゲームでの周辺国の描写ですかね。帝国が滅ぼされたのは分かりましたけど、周辺国はどうなったのかなぁと」
帝国の話は聞きましたが外国の話を聞いていないことをアンジェリークは思い出したのです。マリアンネは手に持ったノートをペラペラ捲り、脳を絞るように呻いた後、困ったように眉を下げました。
「思い出せません」
「まぁ……十六年も前だしねぇ。私も全然覚えてない」
マリアンネもミコトもノートにゲームの設定を書き残しています。ただ、書き残そうと思ったのがこの世界がゲームと酷似していると気付いてからなので、大まかには残せても細かい資料までは無理でした。
「つまり外国は書き残すほどストーリーに影響がなかったと言うことですね」
「……確かにそうなりますね」
外国がストーリーに関わっていれば覚えて書き記していたでしょう。特に貴族であるマリアンネは少しでも覚えていれば間違いなく書いたでしょう。
「エルフは?」
「エルフも……例の人が出ただけですね。里が帝国内部にある、というのは示されていました」
「つまり、エルフがメンバーにいたにもかかわらずエルフの里で混乱が起きたという話は出なかったわけですね?」
アンジェリークの言葉にマリアンネは目を丸くし、暫く考え込んだ後に頷きがました。
「つまり、どういうこと?」
「教団は他の国を無視して帝国の攻略に全力を注いでいたと見るべきです。まあ、この辺りを支配しようと考えるならまず帝国を潰すのは当然ですからね」
帝国は地球で言えばローマ帝国でありモンゴル帝国でありアメリカ合衆国です。周辺国では相手になりません。だからまず帝国を内部崩壊させてそれから周辺国とするのが当然の戦略でしょう。
「決起するなら同時多発にするでしょうし帝国に全力を注いでいたというのは私も同感です。エルフの里に出たということは帝国の攻略を諦めたということでしょうか?」
「でしょうねぇ。私が帝都で遊びまくったのが原因でしょう」
ゲームでは堕落した騎士団と腐った貴族が原因で帝都の防衛機構がまともに機能せずに落とされています。しかしアンジェリークが暴れた結果、騎士団は真面に戻り帝都の貴族は次々と摘発されていきました。ゲームのような状態に陥っても帝都が落とされる確立はかなり低くなっています。
「エルフの里で教団に改造されてたのは地位の高くない人ばかりでした。貴族が乗っ取られていた帝国と違ってごく最近浸透を始めたようです。そして帝国と違って大々的に教団員を集めてましたからかなり焦っているように見えましたね」
「急ぐ理由があるってこと?」
「おそらくは。命すら厭わない結束力があるので教団内の政治的理由は考え辛いですから、おそらく魔王復活に何らかの制限があるんでしょう。だからこそ、最初の帝国攻略を諦めて他に手を伸ばした」
「……つまりもう魔王が復活するまでできることはなにもないということですね」
「そうですね」
頭を抱えたマリアンネにアンジェリークはこくりと頷きました。国内であればアンジェリークが皇子と帝国騎士の伝手を利用して何かしら干渉できたかもしれませんが、外国までその手は伸ばせません。ハットリ君を通じて情報を仕入れるのが限度でしょう。
「悪いことをしていた奴らから教団の事を聞き出せないの?」
「無理ですね。むしろ連中は教団の事なんて何も知らないでしょう。教団の目的は金儲けではなくて魔王の復活です。国力を落とすために悪党をそそのかして悪さをさせても自分たちは一切関わらないでしょう。実際、会議場で変異した侯爵は真っ当な領地経営してましたから」
「今頃は帝国から撤退を始めているかもしれませんね。今後、帝国ではドンドン摘発されるでしょうし」
教団はかなり小さい組織だと思われます。だからこそ帝国で目立たなかったですし、故に表立って動かずに時間をかけて内部に浸透する手段をとっているのです。教団の存在は帝国に脅威と認識された今、いつまでも帝国に居続けるとは考え辛いです。
「魔王復活前にどれだけ帝国から教団員を排除できるから勝負ですね。つまり、大人達の仕事です」
「ゲームみたいに子供が出しゃばるのは異常事態だしね」
「え、あ~、まあ、そうですね」
確かに、ゲームのように治安維持活動に子供が出しゃばるのは異常だ。ミコトの言葉にマリアンネは目から鱗が落ちたとでもいうように納得しました。
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