第48話 なんとか我慢できたぜ
エルフの里の中央には大きな木が生えています。エルフのシンボルとなっている木で、どの里にも必ず植えられており、むしろ新たに里を起こす際に一番最初にやるのがこの木の苗を植えることなのです。この木の周囲は広場となっていて祭りや宴会など様々な催しが開かれます。その木が特に大きな、最初期に開拓されたと言われているエルフの里では教団の脅威が去った記念に宴会が開かれていました。参加しているのは主に各里の指導層とその関係者、そして殲滅作戦に参加した守備隊です。里長達はその目で教団の恐ろしさを目にしていたためホッとしたように守備隊達を褒め称え、その家族はいまいち状況を理解していない様子です。
当然ですが、立役者であるアンジェリーク達も参加しています。とはいえどもアンジェリークの近くに居るのはエフゲニーの一族で、積極的にアンジェリークと話をしているのはニーナぐらいでしたが。アンジェリークの噂は広まっていたので挨拶とニーナを助けた礼ぐらいであとは遠巻きにしていました。
他の学園組は辺りに散って会話をしています。ミコト以外は貴族なのでこの手の会食に慣れていて、ミコトはミコトで商会長の娘としてある程度宴会慣れしているのです。つまり、全員エルフと縁を結ぶまたとない機会を逃さないように頑張っていました。ローザはお目付役としてアンジェリークの隣にいます。アンジェリークもやろうと思えば一人前以上にうまくできるのですが、アレクサンドラから大人しくしておけと口酸っぱく言われたたし面倒だったため大人しくニーナとお話をしていました。
「それにしても皇子様は人気なんですね」
話題の切れ目でニーナは皇子の方に視線を向けて言いました。アンジェリーク達とは離れた場所で大勢に囲まれています。皇子は主に若い男達が囲んでおり、全員が尊敬と憧れをもって皇子の話を聞いています。
「派手にやりましたからねぇ……」
「私としてはああいうのはやめて欲しいんですけどね」
しみじみといったアンジェリークにローザが溜息をつきました。
「最後まで残って退避を促したのは立派ですけど、己の身分を忘れないで欲しいんですよね」
皇子が囲まれているのはそれが理由です。いくら強力な治癒士がいるとしても、自身の身を危険に晒してまで避難誘導をし、自身が燃えるような状況に陥っても平静を保ちつづける。兵士や少年達が憧れるのは当然と言えます。
「アンジェさんも教団の怪物を倒しているんですよね?」
「そうですね。面倒くさいだけだからもう相手にしたくないですけど」
力は人類よりも遙かに強く驚異的な再生能力を持つ怪物。確かに強い存在でしたが、外部から与えられた力を制御できずに振り回されているなとアンジェリークは見ていました。弱くともそれなりの戦術を組み立てて襲ってくるゴブリンの方がよっぽど面白い、というのがアンジェリークの感想でした。
「皇子様とアンジェさんはどちらが強いんですか?」
ニーナは素朴な質問しました。幼い少女ゆえに専門外、だからこその質問といえるでしょう。
「単純な戦闘能力なら皇子です」
アンジェリークは即答しました。
「体力も体格も頑丈さも皇子の方が上ですからね。その上で魔力も皇子の方が多いですから」
「その割には訓練で一度も負けてないじゃないですか」
「アレに負けるのは癪なので苦手意識を散々植え付けましたからね。まだまだ負けてやるつもりはないです」
得意げに言ったアンジェリークにローザとニーナは呆れていました。
「普段他の人に負けても対して悔しがらないくせになんで皇子にはそんな態度なんですか」
「多分、奴は私が育てたと思ってるからですね」
騎士になって帝都で再開して以降、体の鍛え方をアドバイスしたり騎士団で剣術の指南をしたり悪徳貴族の屋敷に乗り込んだりとローザの次に絡む機会の多い相手だったりします。基本雑に扱っていますが、同年代の親しい友人だからこその扱いでもあります。だからこそ負けてやるのは嫌だと思うのでしょう。
そんなことを話していたら皇子が近付いてきました。
「彼らに帝国騎士の強さを見てみたいと言われたんだ。ちょっと手合わせしてくれないか?」
「ん~、まあいいですよ。そういえばあなたと手合わせは久しぶりですね」
「……そういえばそうだな。学生になってからは一切やってなかったか」
アンジェリークはいつも通り穏やかに微笑み、皇子は獰猛な笑みを浮かべながら宴会場の外へと歩いていきます。ローザは溜息をついてそれに着いていき、ニーナはワクワクとした表情でその後に続きます。そしてその後ろを皇子を囲んでいたエルフが続き、さらにその後ろをほかのエルフ達がなんだなんだと着いていきます。二人が木剣を手に取り向き合う頃には大きな輪ができあがっていました。
帝国騎士の精強さはエルフにまで伝わっていますが、実際にそれを見た者はかなり少ないです。そもそも、帝国とピリピリした関係だったのが百年以上前なので、長寿のエルフといえども今の帝国騎士を知る者は殆どいません。娯楽としての興味と政治的な興味が重なり大勢のエルフ達が注目したのです。
学園貴族組はその辺りに気付いているためアレクサンドラ以外渋い顔をしていました。アレクサンドラはそれどころじゃなく、アンジェリークが皇子の生手合わせにひたすらハラハラしていました。ミコトは周りに会わせてやんややんやとヤジを入れ、偶然にもそれを目撃していたハットリ君を呆れさせていました。
皇子は軽く息を吐くとオーソドックスに中段に構え、アンジェリークはリラックスするようにダラリと手を下げ、片手で握っています。合図はどうするんだろう、と幾人かのエルフが疑問に思ったところでアンジェリークが動きました。アンジェリークに注目していたエルフが見失いかけた程の速度で接近し、足下への攻撃と見せかけたフェイントをしつつ横薙ぎに皇子の胴を打ちます。皇子はフェイントを見抜いて防ぎます。防がれたことなど気にもせずにアンジェリークは続いて面を打ちますがそれも皇子に防がれます。アンジェリークが攻撃し、皇子が防ぐ、その攻防が続けられていきます。体格の違いすぎる二人がどのように戦うのかと色々予想が立てられていましたが、まさか足を止めての打ち合いで皇子が防戦一方になるとは誰も思っておらずエルフ達が唖然として見つめています。
アンジェリークの攻撃を受ける皇子も予想外の状況に動揺していました。お得意の高機動戦法でくるのもかと思っていたらまさかの真っ向勝負、しかも防戦一方です。身体強化魔法によりで力そのものは皇子がやや強いぐらいですが、体格差は圧倒的、受けた一撃を弾ければ大きな隙が作り出せるのですが、それが難しい。あまりにも速く巧みな足捌きと剣捌きで受けるだけで精一杯なのです。
想定外を突いてくる、実にアンジェリークらしいなと皇子は徐々に冷静さを取り戻し、強引に体ごとツッコむことでアンジェリークを無理矢理弾き飛ばします。そして空中にいるアンジェリークに向けて一撃を放ちます。アンジェリークはその一撃に己の木剣をかち合わせることで体を弾かせてさらに遠くに飛ばされ、くるりと一回転を決めて着地します。
「折れました」
アンジェリークが顔を顰めて右手を挙げると、手首の下が変な方向へと曲がっていました。皇子の一撃にアンジェリークの腕が耐えられなかったのです。ローザが驚いた様子を見せつつもすぐに腕を治しました。周囲は静まりかえっていましたが、一人が拍手をすると瞬く間に広まりやがて嵐のような大きく響いていきました。
「なんであんな戦法をとったんだ?」
皇子が納得行かない表情で言いました。明らかに皇子にとって優位な戦法で、わざと負けたとしか思えなかったのです。手首の具合を確かめていたアンジェリークは肩を竦めて答えます。
「帝国騎士の強さを示すならああでしょう? それに、いつも通りにやったらちょっと時間が掛かりすぎますからね」
いつもの、というのは周囲を周回しながら攻撃をする高機動戦法です。ワンパターンではありますが、攻略手段が乏しいゆえにアンジェリークが基本戦闘術をしているのです。
「本気で勝つためにやるんならひたすらに高機動戦法で隙ができるのを待つことになりますからね」
「待つって、お前が動いている間に集中力切らすほど体力が不足しているつもりはないぞ」
「六時間もあればどこかで集中力切れるでしょう?」
その言葉を一瞬理解ができず、皇子は固まりました。
「……お前、あの速度で六時間動き続けられるのか?」
「筋力と体格はどうにもなりませんし、技術はそう簡単に伸びません。じゃあ、私が伸ばすべきは持久力だと思いましてね、最近学園近くのダンジョンで持久力作りに勤しんでたんですよ」
持久力と言うよりも身体強化を利用した高効率な体の動かし方の研究をした結果です。身体強化によりできるだけ少ない筋肉疲労で、なおかつ強化を使う時間を限界まで減らせば魔力の消費も減らせるんじゃないかと気付いたのです。元々、魔力量は王族並みであるため筋肉疲労さえどうにかなればかなり長く動けました。
当たり前のように言ってのけたアンジェリークを見て、皇子は頭をがくりと下げました。
「お前にはまだ勝てそうにないな」
「そう簡単にまけてやりませんよ」
アンジェリークは、珍しく不敵に笑って言いました。
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