第33話 元々ブカブカで成長期だからって大きめも作ってあったけどお前は大きすぎて無理



 この世界には冒険者、という職業があります。冒険者を統括支援しているギルドに出せる依頼に制限はないため何でも屋、という印象の強い職業です。しかし、本来冒険者とは町と町との間を移動できる者を指す言葉でした。

 魔物の生息するこの世界は集落と集落の間を移動するだけで命がけです。今でこそ帝国の都市を結ぶ街道は魔物が殆ど出ないほどに整備されてはいますが、都市国家のような小国が乱立している時代は人を簡単に殺してくるような魔物がその辺をゴロゴロしていたのです。集落と集落の間の移動が冒険といえるほどだったがゆえに、それを仕事としていたのが冒険者なのです。初期の頃は商人の護衛や手紙の運送などを個人で行っていました。やがて縄張りだのなんだのと争いになり、徒党を組み、集団で動くようになったことで魔物の巣を潰すといった大きな仕事を頼まれるようになりました。そしてそのような冒険者達がよく集まった酒場が商売気を出して依頼の受注を代行するようになったり、その酒場が冒険者ギルドとなっていったのです。

 現在でも古くからある冒険者ギルドには酒場が併設されていることが多く、ザクセン領公都の冒険者ギルドにも酒場が併設されています。そんな由緒正しき冒険者ギルドに年若い少年少女が四人入ってきました。目立つのは何故か一人だけ魔法学園の制服を着たデカい銀髪色黒マッチョマン、威風堂々としたその歩みに多くの新人達が目を引かれました。しかし、ベテランの冒険者達は一番前を歩く小柄な少女に目を引かれました。


「……まさか、首狩り貴族?」

「生きていたのか!?」


 三年前に突如現れギルドの受付に賞金首の生首を置いて帰るを繰り返した狂人を皆覚えていました。当時より成長していますし生首を持っていませんし服装は囚人服みたいですが、腰に差した太刀と全く変わらない笑顔は間違いなく冒険者達の記憶にある狂人そのものでした。唐突に来なくなったので死んだと思われていました。黒の森を単独でうろついていたため捜索すらされませんでした。

 周囲の緊張を全く無視した狂人は笑顔で受付の前に立ちます。


「お久しぶりです」

「お、お久しぶりです。ご用件は、え~、なんでしょうか?」


 三年前もいた受付嬢は要注意人物に顔を覚えられていたことにビビリ、やや腰を引き気味に問いました。不思議そうに見ている新人の受付嬢が隣からコソコソと耳打ちされ、アレが伝説の……! と絶句しています。


「友人の冒険者登録に来ました」


 友人、と言われて受付嬢が見上げるのは魔法学園のクソデカ銀髪色黒マッチョマンです。物語の主役のようなイケメンに冒険者ギルドでは到底見ないような爽やかな笑顔を向けられ、年下相手にドギマギしてしまい受付嬢は強い屈辱を覚えました。

 ほかの二人は現在狂人が着ているのと全く同じ緑の囚人服です。少年はクソデカほどでないにせよ良い男で、少女はどこから連れてきたんだと問い詰めたくなるような美少女でした。少年は冒険者ギルドの雰囲気にやや緊張しているようなのにもかかわらず、少女は慣れた様子なのが不思議に思いました。


「あ~、三人ともですか? でしたらこちらに記入をお願いします」


 記入用紙を受け取った三人は少し横にずれてワイワイと記入していきます。


「本名で大丈夫か?」「家名書かなければいいですよ。よくある名前ですし」「まさか公爵領でギルド証を登録するとは思わなかったよ」「地元じゃ登録しなかったんですか?」「親に反対されてね。君こそ持っていないのかい?」「私には商業ギルドのギルド証がありますからね。冒険者ギルドで身分証を作る必要はないです」


 隣から聞こえてくる会話に受付嬢は背筋が冷えるのを感じました。明らかにこんなところでギルド証なんぞ入手していい身分の人の会話ではないからです。この事で因縁をつけられたらどうしようという不安が過ったのです。

 だからといって彼女にできることなど何もなく、提出された書類を受け取り速やかにギルド証を発行しましたが。


「コレで本当に動きやすくなるのか?」

「普通は私達みたいなのが持っているとは思いませんからね」


 貴族の子息令嬢がギルド証を取るのはよくある話ですが、それを知っているのは貴族や冒険者、ギルド職員ぐらいで他の平民の間ではあまり知られていません。平民からすれば貴族が冒険者ギルドのギルド証を持つなんてことは想像もつかないことなのです。なぜなら、冒険者なんて忌避してそうというイメージを抱いているからです。

 実際、魔法学園の制服を着ているクソデカはともかく、囚人服みたいな服を着ている三人がギルド証を出せば貴族と思われることはまずないでしょう。


「絶対ではないですけど、あれば便利です。特に星が多ければバレにくいです」

「へぇ……」


 アンジェリークの説明に皇子とリヒャルトは感心していました。しかし、アンジェリークはその恩恵を感じたことなど一切なく、元冒険者の後輩女騎士ターニャから聞いた話をさも自分の経験がごとく偉そうに話しているのですが。


「とりあえず、星を稼ぎましょうか。帰るまでに三つ星ぐらいは取れるでしょう」


 アンジェリークは自分の経験からそう言いました。普通は一つ星冒険者が三つ星まで昇るのには早くても半年はかかります。当然ですが、アンジェリーク達は半年どころか一月も公爵領にいる予定はありません。

 そんな話をしていたからでしょうか。一人の冒険者がフラフラとアンジェリーク達の前に立ちはだかりました。


「随分と生意気な事いうなお前ら」


 歩きはしっかりとしていますが頬が赤く染まり、目が据わった男は間違いなく酔っているでしょう。実際、男が座っていた席には酒が並べられており、囃すような若者が二名と青い顔をしている年嵩の男が一人座っています。


「この俺が審査してやろうじゃねえか!」


 自信ありげに叫んだ男のセリフに辺りは静まりかえりました。


「首狩り貴族の噂も怪しいもんだ。一度確かめたいと思ってたんだよ」


 首を持って現れる以外は礼儀正しい小柄な幼い美少女、それが首狩り貴族です。男が怪しんでいるように、首狩り貴族活動期にも怪しむ者は当然いました。ですが、実際に黒の森に一人で入っていったとか、森から出てきた魔物を瞬殺していたなどの目撃情報が複数あったり、森周辺の治安が確実に良くなっていたことからガチで森で賞金首を狩っているというのがギルドでの定説でした。ゆえに異例の速度で四つ星が与えられたのです。

 その首狩り貴族は面倒くさそうに男を眺めます。人をぶん殴るのが好きそうなイメージの強いアンジェリークですが、実際は殴る理由がなければ話し合いで済ませる事を望みます。殴った方が早く解決しそうだったり、技の確認をしたいなど暴力に至るまでの基準が大分軽いため好きそうというイメージがあるのです。

 今回の場合は冒険者ギルド内で武器を抜くのも殴るのも面倒ごとになりそうだと判断していました。外だったら腹に一発入れてゲロを撒かせていたことでしょう。


「どうします?」

「いや、お前が目的だろうからお前がどうにかしろよ」


 アンジェリークの影響の強い皇子は同じように面倒くさそうに言いました。

 そうですねぇ、とアンジェリークは受付の方を見ます。


「試合とかしていい場所ってありますか?」

「え~、その、五つ星以上の審判をつけるなら前の広場で可能ですが……」

「審判は俺がやろう」


 中肉中背、平々凡々、その辺りの町人といった出で立ちで簡素な槍を持った二十代後半ぐらいの男が名乗り出ました。その途端にギルド内が一気にざわつきました。その男は詐欺師という異名を持つ七つ星冒険者、ペーターです。


「問題ないだろ?」

「え、あ、はい、問題はありませんが……」


 ザクセン冒険者ギルドの中でもトップクラスの突然の名乗りに受付は目を白黒させていました。


「首狩り貴族には三年前から興味はあったんだ。そら、行こう、お前もな」


 自身の知る大物が出てきて酔いが醒めたのか、真っ青な顔をした元酔っ払いの腕を掴みながらペーターはギルドから出て行き、他の冒険者達も野次馬とばかりにギルドの外へと出て行きました。そして、ガラリとしたギルドの中で暫く出入り口を見つめていたアンジェリークは言いました。

 

「……よし、面倒なんで今のうちに裏口から逃げましょう」

「いや、流石にそれは駄目だろう」


 裏口へと向かったアンジェリークの襟を皇子は掴んで止めました。

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