第31話 殺せ! 殺せ! 殺せ!
魔法学園のあるハメスファール領からザクセン領まではしっかりと整備された街道で結ばれています。しっかりと整備されているとは言ってもアスファルトでもなければコンクリートでも石畳でもなく基本土ではありますが、水捌けも考えられて設計されていて、一部では砂利で固められているます。その街道をやや速めで移動している馬車、使い古されくたびれた馬車にアンジェリーク達が乗っています。
懸架式で衝撃を抑えているとはいえども、最新のサスペンション仕様ではなく鎖で吊り下げているだけの物なのでかなり揺れていますが、死んだ顔をしているのはリヒャルトのみでした。御者をしているハンゾウは忍として当然三半規管は鍛えており、アンジェリークと皇子は持ち前の身体能力と騎士団のとにかく頑丈なだけの馬車に慣れていて、ローザは祓魔師として移動するときにもっと酷い馬車に乗っていましたし、ミコトは製紙業の販路網を構築する際に何度も行商について行っているため揺れになれていました。
「リヒャルトなら喜びそうなのに随分と辛そうですね」
「痛みじゃなくて吐き気なんで……」
そんなリヒャルトでしたが、中で吐かれるのは困るから御者席に行けと言われたときは少し嬉しそうでした。
「今日中には着きますから頑張って下さいね」
「ありがとうございます……」
御者に座る者同士ハンゾウと仲良くなったようでした。
何故こんな馬車で移動している理由は、学園長に相談されてすぐに馬車を買いに行って有り物を購入したためです。商人も皇子と公爵令嬢が乗るのだと知っていればもっと良い馬車を無理矢理にでも用意したでしょうが、例の如く制服を着ていたため貴族と認識せず、足下を見て高値で売りつけました。
さて、ボロボロの馬車が護衛もつけずに街道を走っていれば何が起こるでしょうか。答えは賊に襲われるです。道を塞ぐように馬に乗った男達が現れました。
「止まれ! 大人しくすれば命だけは助けてやる!」
ニタニタと嗤う賊を見て表情を変えたのはミコトのみでした。リヒャルトはそれどころではないのが理由で、ミコトも恐怖ではなく憎悪でしたが。
「ミコトさんは随分と度胸が据わってるんですね」
「行商の時に襲われたこともありますから」
感心するローザにミコトは苦笑いで答えました。一番暴力沙汰から遠そうな修道女からそんなことを言われたのですから苦笑いにもなるでしょう。
「ローザさんも動じませんね」
「帝都で慣れましたから」
数が多いと治療が面倒だなぁという感想しかありませんでした。
「で、どうする?」
「そうですねぇ……ミコトは戦闘経験はありますよね?」
「あ~……一応、魔法で護衛を援護したことは何度かあります」
魔王の復活を知っているミコトはその時のために冒険者から色々教わっていました。魔法の才能があるのは知っていたので幼い頃から頑張って学んでいたため学園でも成績はトップだったりします。魔法という概念を教師の精神と共に破壊したため成績がつけられないアンジェリークという例外を除いてですが。
「完全後衛の魔法使いですか。では」
「お、可愛いお嬢」
降りる気配のない馬車にしびれを切らせて近寄ってきた賊の額にアンジェリークの投げナイフが刺さりました。
「近付いてきたら対処するので魔法で倒して下さい」
「あ~、分かりました」
そう言うとミコトは待ってましたとばかりに魔法を放ちました。手慣れたように馬車の中から放たれた火焔魔法は面白いように賊を蹂躙していきます。威力自体はそれほどでもないのですが速度が速く想定外の位置から不意を突くように飛び出した魔法に賊達は対応できなかったのです。
アンジェリークが遊びで遠距離での魔法発動を編み出したように、ミコトは行商についていく許可を父から得る為に遠距離からの魔法発動を編み出したのです。魔法使い自体が珍しい上に魔法は掌から出るという常識を覆されれば対応できる賊は殆どいませんでした。
「学園じゃ普通に魔法使ってませんでしたか?」
「平民が無駄に目立っても良いことないですから」
成績が最上位な時点で十分目立っているのですが、平民でAクラスとなると実力があって当然ですしそれ以上に目立つアンジェリークがいたので特に問題にはなりませんでした。
そんな二人の会話をローザが絶句して見つめています。
「アンジェが他人に任せるなんて……!?」
ローザの驚愕の呻き声にアンジェリークが渋い顔をしました。
「そんな驚くことですか」
「帝都でわざわざ危険な場所に行って人斬ってたじゃないですか」
「騎士が危険な場所を警邏するのは当たり前でしょう」
二人がいつも通りの会話をしている間にミコトの魔法が賊を狩っていきます。裕福な商人の娘とは思えない行動に皇子が驚いていました。
「随分と容赦がないな」
「賊は見つけ次第殺せが私の代からの家訓なので」
転生してはや十五年、薄利多売のためただでさえ薄い売り上げを横から掠め取ろうとする者を虫のように殺せるほどに、ミコトはこの世界に馴染んでいました。
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