第29話 流石に擁護は無理
ザクセン公爵家長女、アレクサンドラ・フォン・ザクセンはシスコンです。
兄弟仲良くと父に言われ、兄に可愛がられたことをそのまま妹相手に真似て育ちました。兄を手本にして憧れを抱いたせいか、棒きれを振り回す御令嬢としてはやんちゃでしたが、ザクセン家らしいということでそのまま育てられました。兄は入園前に剣術から魔術へと興味を移しましたが、アレクサンドラはそのまま剣術を続けました。
そんなせいか男装を好むようになったアレクサンドラですが、真逆に女の子らしく育っていったアンジェリークをとにかく可愛がりました。それは父と兄が見ていて不安を覚えるほどであり、自分自身もやや自覚があったため学園入学の一年前に妹断ちすると言ってブルヒアルト侯爵家で世話になることになりました。勉学と剣術に励むことで寂しさを紛らわせつつ侯爵婦人に頭を抱えさせました。
なんとか一年を過ごし、学園へと入園し、そして二年。待ちに待った妹が入園してくる日。少々変わってるけど、完璧で可愛い可愛い妹。アレクサンドラはワクワクを抑えられずに早起きし、中庭に散歩へと出かけました。
そこで地獄を見ました。可愛い妹が皇子を蹴りながら制服で登場し、辺境泊の息子の腕をへし折り、そして駆けつけた修道女に怒鳴られながら拳骨を喰らっていました。
いや、あれが可愛いアンジェリークなはずがない、似ているだけ、似ているだけ。そうやって現実逃避したアレクサンドラに向けてアンジェリークが名前を呼びながら近付いてきて、次の瞬間アレクサンドラは見知らぬ天井を見上げていました。
意味が分からず左右を見て、今いるのが学園内に併設されている教会の医務室であると気が付きました。
「アレクサンドラさま、大丈夫ですか?」
声をかけてきたのは常駐の修道女であるメイです。アレクサンドラはよく医務室を利用するので見知った顔でした。
「ありがとう、特に体に異常はないよ。私はどうしてここに?」
「覚えておられませんか? 中庭で突然倒れられたのです」
「くっ……」
中庭での出来事は悪夢だったのだという一縷の望みは儚くも崩れ去りました。
「誰がここまで?」
「ルーファス殿下です。一緒に来たアンジェリーク様が心配されておられましたよ」
「そう……妹は変じゃなかった?」
「変、ですか? 特に……聞いていたとおりの御令嬢だったと思いますけど。殿下には驚きましたが」
アレクサンドラの目に希望が戻りました。あの中庭での出来事はやはり悪夢だったのだと。皇子に運ばれてきている点からして明らかに現実ですが、アレクサンドラは目を反らしました。
安心したところで急に空腹を覚えました。反射的にお腹に手を当てるとメイが少し微笑み、羞恥で頬が少し熱を持つのを感じました。
「ちょうど今お昼の時間ですから、食堂へ向かわれては如何でしょうか?」
「ありがとう。そうするよ」
メイに挨拶をして医務室を出たアレクサンドラは足早に食堂へと向かいました。食堂に着いた時間帯はいつもよりも少し遅め、いつも座る席に向かうとすでに席で食事が始まっていました。どことなく寂しい感じなのはいくつか空席があるからでしょう。
「アレクサンドラ様! お体は大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だよ。心配かけたね」
まるで悲鳴のように言った令嬢、エリーザベト・フォン・シュットラーにアレクサンドラは微笑みを返して席に着きました。席に着くと同時に食事が運ばれてきます。この手の至れり尽くせりな対応には二年経ってもどうも違和感を覚えます。入園当初、周囲に聞けばコレが普通という返事が返ってきたので時間通りに来ないと冷えた飯だぞというザクセン家は貴族として大分異質なんだろうなとアレクサンドラは学びました。
「アレクサンドラ様が倒れられたと聞いて皆が心配しておりました」
「悪かったね。ありがとう、もう大丈夫だよ」
そう返しつつも果たして何人ぐらい本当に心配してくれたのかな、とひねたことをアレクサンドラは考えていました。目の前にいる友人達は皆ザクセン派の家の者で、席の並びもその序列順です。それが貴族、とはいえ上下を気にしなくていい実家暮らしを懐かしくアレクサンドラは思いました。普段感じることがない感傷ですが、それを感じるのはアンジェリークの存在が理由でしょう。真に友人とハッキリ言えるのは昔から付き合いのあってシシィと渾名で呼んでいるエリーザベトぐらいです。
「そういえば、皇子殿下が医務室まで運ばれたというのは本当なのですか?」
「そうみたいだ。医務室で教えて貰ったよ」
そう言うと周りが色めき立ちました。今のところ皇子に婚約者はいません。そうなるとアレクサンドラはアンジェリークと並んで有力候補の一人となるからです。彼女達にとってはアンジェリークよりもアレクサンドラが皇后になった方が利があるからこそ敏感になるのでしょう。
どう答えるべきか、最近の皇子の動向と織り交ぜながら否定も肯定もない無難な回答が一番でしょう。
「殿下は帝国騎士団で平民に混ざって訓練されておられる方だからね。自ら動くのが当たり前みたいだ」
「帝国騎士団は厳しいと聞きます。自らそんなところに飛び込むだなんて流石殿下ですわ」
エリーザベトの言葉を皮切りに次々と少女達が皇子を称賛していきます。そして称賛するばかりで平民に混ざることに難色を示す者は一人もいません。これは黒の森の防壁たるザクセン家の基本方針で、有用な者は生まれに関係なく拾い上げねば下手すれば滅びるという切実な理由から来ています。ザクセン派の家は大半は領地持ちで国境に近かったりするため実直なザクセン家の方針は受け入れられやすいのです。
他の派閥では、特に貴族派から皇子はあまりいい顔をされていません。そもそも、貴族派は皇族を目の上のたんこぶだと思っている節がありますが。
彼女達の話は徐々にアレクサンドラの事から離れていきます。アレクサンドラが触れられたくない様子なのを察したリザが上手く誘導しているのでしょう。そういう気遣いは本当に凄いなぁとアレクサンドラは素直に感心しました。
アレクサンドラは話を聞きタイミングを見計らって問いかけました。
「ところで、私の妹はどうだった?」
全員が無言で目を反らしました。例え真っ黒な物でも比喩と形容と詩的な語彙を駆使して限りなく白に近い灰色だと誤魔化してみせる彼女達ですらアンジェリークは誤魔化しきれませんでした。この場にいない令嬢はきっと中庭で気を失ったのでしょう。
やはりアレは現実だったのか……! アレクサンドラはようやく今朝のことは夢だったのだと足掻くのを止めました。
「ええっと……殿下もそうですが制服を着ておられたのは驚きました」
「……それよりも驚いたことがあっただろう?」
「…………武名高いザクセン家でもアレで腕を折るのはないですか」
「当然だよ。ザクセンをなんだと思ってるの? というか家の騎士の訓練でも骨折なんてそうそう聞いたことないよ」
折れても治せばおーるおっけー☆ というのは治癒士の鍛錬として利用されているここ最近の帝国騎士団ぐらいで普通は骨折するような無理はしません。まあ、ローザの治癒術が広まる以前でも治癒士の利用は多かったのでそこが帝国騎士団は最強と言われる所以でもあるのですが。
そして食事を終えたアレクサンドラはフラリと立ち上がりました。
「シシィ、今日はちょっと休むことにするよ。倒れたことだし一応ね」
「私もその方が宜しいと思いますわ。部屋まで送ります」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
学園に通うよりも前から交流のあったエリーザベトは以前のアンジェリークとアレクサンドラの妹に対する偏愛をよく知っています。寝込む程にショックなのは理解出来るので特に何も言わずに見送りました。
アレクサンドラはフラフラと部屋に戻りました。部屋と言ってもメイドの部屋が合ったり寝室からリビング、簡易キッチンまであるような豪華なものですが。
倒れたことに心配する幼い頃からのお付きのメイドに大丈夫と答えつつアレクサンドラは寝室へと向かいました。
「キィィィィィィエエエェェェェェェェ!!!」
そしてベッドの上で御令嬢が上げてはいけない奇声を発しながら御令嬢がしてはいけないポーズをとりました。そのあんまりな姿は見ていたお付きのメイドが涙を流して部屋を出るほどでした。
しばらくしてキチゲを消費しきったアレクサンドラはメイドに便箋を用意させました。
そして父に向けて手紙を書き始めました。書くことはもちろんアンジェリークに関する事です。公爵も兄もアレクサンドラにアンジェリークの事を一切伝えていないのでアレクサンドラは公爵に原因があると判断したのです。突然トチ狂って森で盗賊狩りを始めたなどと想像できるわけがありません。
アレクサンドラは思いの丈を手紙に書き殴りました。書けば書くほど書きたいことが増えていき、いつしか紙が封筒に入らないどころかチョットした本ぐらいの厚さほどになりました。
そして結局手紙じゃだめだだと直接文句を言いにいくことにしました。休暇申請もなにもせず、早馬を乗り潰してでも速く行こうとするアレクサンドラをメイドが腰にしがみついて説き伏せ、なんとか馬車で行くことを納得させることに成功しました。
メイドに宥められつつ馬車で揺られる家にアレクサンドラは大分落ち着いてきました。早馬で行くのは危なかったかなと思うぐらいにはですが。
実家についたアレクサンドラは驚く家人への挨拶もそこそこに公爵の元へと向かいました。
「お父様!」
「ぬ? アレクサンドラ?」
執務室の扉を勢い良く開け、いざというところでアレクサンドラは固まりました。なんせ、年齢よりも若いと言われていた公爵が年齢よりも老いているように見えたからです。たった三年、見ない間の父の変化にアレクサンドラは動揺しました。
そんなアレクサンドラを公爵は上から下までじっくり観察しました。
「アレクサンドラ……大きくなって、でも変わっていないようで安心したよ」
「お、お父様!?」
ホロホロと安堵の涙を流した公爵にアレクサンドラは悲鳴を上げるように叫びました。
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