第18話 未成年の少女を監視する男達の会
聖カロリング帝国は大国にして先進国です。その帝都では他の街にないような様々な店が建ち並んでおり、そのうちの一つに完全防音の密室が売りの酒場があります。人には聞かれたくない話をするのに使われることを目的としたはずなのにただの飲み会にも使われる事が多く、あっという間に新たに大部屋を用意した二号店が開店しました。
その密室酒場の一号店で、御通夜状態で酒を飲む二人組が居ました。第一騎士団副団長ヘルマンと魔法戦闘団副団長パトリックです。
「アンジェリークが魔法が扱えるのは分かっていたがお前が絶句するほどとはな……」
ヘルマンはそう呟いてエールを呷ります。
倉庫での戦闘は皇子が剣を取って戦ったということで騎士団幹部の胃に大きなダメージを与えました。シクシクと痛む胃を撫でつつローザからの報告書を受け取ったヘルマンは、それをパトリックの下へと届けました。皇子が戦ったという報告で顔を蒼白にしていたパトリックは、戦闘の様子が詳しく書かれたその報告書を読み、その場に崩れるようにして頭を抱えました。
どうしたのかとヘルマンは驚きましたが、呻くような声から戦闘で使われた魔法が原因だと理解し、一旦二人で話し合おうと仕事を早めに切り上げてこの居酒屋に来ました。
「魔法のことはさっぱりなんだが、そんなに凄いのかアンジェリークの使った魔法は」
「……魔法そのものはすごくはないですよ」
パトリックはそう言いながら魔法で水をテーブルに出します。そして刃のような薄く硬い氷をその場に作りました。
「コレがアンジェの使った魔法です。ありふれた魔法、というか魔法の練習ですね、すでにある水を凍らせるというのは。コレを使った理由として考えられるのは……魔力の消費を抑えることぐらいかな? 中空に氷柱を作り出して投げるよりは消費は少ないです」
「練習でしか使わないのは水を撒く必要があるからか?」
「全くないとは言いませんが違います。魔法というのは魔法陣でも使わない限り魔力が減衰する上に精密に発動させるのが難しいからです」
パトリックはハンカチを取り出して部屋の隅に投げました。そして床に落ちたハンカチの隣に氷柱が生えました。続いて少しズレた位置にその氷柱を破壊するように氷柱が立ち、続いてハンカチを掠めるようにして反対側に氷柱が立ちました。
「この距離でこれだけ外すんですよ。報告書を読む限りこの十倍近くはありそうな距離で、人質を取られているにも関わらず扱えるほど精密になおかつ攻撃力を保たせて発動させるというのは正直考えられません。少なくとも、現代魔法では」
「……この間の爆発は古代の魔法と言っていたらしいな」
「アレと今回の魔法は違いますよ。アレは原理不明なので未知の魔法……古代魔法と無理矢理納得はできますが、今回使った魔法は現代魔法の延長線にある魔法です。なんでアイツがあんな意味のない魔法を使っているのか分かりませんが……」
「意味がない? 有効な魔法に見えるが?」
「使える状況が限定的過ぎるでしょう。人質になり得る人がいくつもの牢に掴まっていてその中心で大立ち回りをする状況ぐらいでしか使えない魔法ですよ? 普通に攻撃するなら氷柱をいくつも出してぶつけた方が確実ですし、足下に水でもない限りその方が魔力の消費も少ないです」
基本的に攻撃魔法というのは命中率と威力を補うためにいくつも同時に放つのです。その分、発動が遅くはなりますが基本的に魔法使い単独で戦う事などないため問題はないのです。
「……アンジェが魔法を使っているのを見たことはありますか?」
「ん~……身体強化以外だと例の爆発と試験の時に膝裏に氷玉ぶつけたぐらいか。アイツの戦法は独特すぎて口を挟みづらいからなぁ」
「もしかして近接戦闘を前提とした場合は魔力運用の遠距離化と精度を高めるのは有効なんでしょうかね? 魔法を使えるのに態々近接戦闘をしようという奴がいないから比較のしようがないんですよねぇ」
当たり前の話ですが、遠くから攻撃した方が安全に戦えるのです。態々近接戦闘の為に魔法運用を見直して戦おうと思うのはよっぽどの変わり者でしょう。
「ローザに確認するように頼むか? まず間違いなく話すぞ」
「……こういう技術は隠しておくべき秘術だと思うんですがね」
「おそらくだが、晒してもいい技しか見せてないと思うぞ。もしくは、素人じゃ一見して分からない技か」
個室の扉が開き、壮年の男が入ってきました。東洋系のその男は東洋系という事以外印象に残らないような見た目をしています。男はお盆にのせたエールの入ったジョッキを三つ机に置きました。
「エールの追加なんて頼んでいないが……」
「私はハットリ・ハンゾウです」
男の自己紹介にヘルマンは訝しげな表情を見せ、パトリックは驚愕したように目を見開きました。
「ハンゾウ伯爵家は帝国の情報収集を担っている家です。伯爵家とはいいましたが、形態としては組織に近いと聞いています……帝国でも国家機密に属するので私も詳しくは知りません」
「ハンゾウ家は隠れ里で諜報専門の人材を育成し、諜報員を国内外国へと派遣しています。だれが、とは言いませんが騎士団にも魔法戦闘団にも潜入しています」
「……俺たちの前で言うのかそれを」
ヘルマンは複雑そうな表情で言いました。ハンゾウ、という名前は知らずとも諜報組織のような物を帝国が抱えているという噂はあったので騎士団の諜報員の存在には驚きませんでしたが、諜報員の親玉から潜入させていると平然と言われるのは納得はできません。部下への信用を揺るがすようなことを言われているのですから。
「我々が騎士団や魔法戦闘団で行っているは防諜、つまりは敵の諜報工作に対する防衛です。疑念があるわけではありません」
「……敵を騙すならまず味方、ですか。そのハンゾウ家が何をしに?」
「お二方とアンジェリーク嬢の情報を共有させて頂きたいからです。我々は皇太子殿下の護衛も任されているので」
できるだけ考え無いようにしていた事を思い出した二人は頭を抱えました。
「ご安心を。アンジェリーク嬢は殿下に良い影響を与えていますから」
「アレが?」
「はい。アンジェリーク嬢と行動するようになって勉学に身が入り、自ら進んで武術にも励むようになりました。初の実戦も我々がフォローできる状況でこなせたのは僥倖です」
当たり前ではありますが、殺人は禁忌です。育ちと人の良い者であれば自身の身が危険でも躊躇ってしまうものです。皇子自身の身を守るためにも殺人という経験をどこで積ませるかは問題でした。戦場では何があるかはわかりませんし、かといって死刑囚を殺させるわけにもいきません。
「つまり、陛下はあえて放置しているということか?」
「いいえ、陛下はアンジェリーク嬢とお会いしているという程度しか把握していません」
疑問に首を傾げる二人にハンゾウは質問にしか答えられない現状と経緯を話しました。
「今はともかく、今後状況如何によっては陛下に報告も考えています」
「それは……大丈夫なのですか?」
「状況が状況なので私が責任を取って引退をすれば収まるかと。後進はまだ不安ですが支える人材は十分にいます」
アンジェリークは今のところ良い影響を与えているのであって今後どうなるかは不明です。アンジェリーク自身に悪意はないですが破天荒すぎて皇子にどのような影響を与えるかは誰にも予測は不可能です。平民であれば念のために排除もできたでしょうが、公爵令嬢となるとそれも不可能がゆえにハンゾウは自身の進退を賭けるのです。
「それにしても、今まで存在を隠し続けたのによくそんなにベラベラ喋りますね」
「お二人にはそうした方が信用されると判断したからです」
「……帝国が貴方達を重宝する理由がよく分かりました」
ヘルマンとパトリックの情報を集めてどうすれば信用されるか分析した上で行動する。なんとなく意味は理解はできるものの、それの極致を目の前で実践されると、二人は空恐ろしさを覚えました。なんせ、ここまで明かされても不信感というのが殆ど湧かないのです。
「私とヘルマンとハットリ伯、協力するとして具体的に何をしましょうか」
「まず私は今のアンジェリーク嬢の事、公爵家でしか知り得ない情報が頂きたいです。完璧令嬢と呼ばれていた時代の彼女の情報は集めていますが、今はあまりにも違いすぎます。そして私からは殿下と行動を共にされてる状況の報告書を二人に出しましょう。ローザ嬢から報告は上がっているでしょうが、我々からの視点があればより良いかと。それと、アンジェリーク嬢に関する情報隠蔽を我々が手伝います。貴族の不正についても洗いましょう」
「騎士団としては俺が、ザクセン公爵家としてはパトリックが、ハットリ伯爵家としてはハンゾウ伯がアンジェリークの事案に協力して対処するということで宜しいですかね」
「その認識で問題ないかと。一度、連携と共有手段確認のために簡単な情報収集をしておきたいですね。できれば、アンジェリーク嬢に関することで」
「……それなら、今回アンジェリークが使った魔法はどうでしょう? ローザを使えば簡単に聞き出せるでしょうし」
「ではそれでいきましょう」
ハンゾウはそう言うと、ジョッキを持ち上げました。察したヘルマンとパトリックが同じようにジョッキを持ち上げます。
「では三者の協力関係の構築の記念と、今後の発展を祈り、乾杯」
三人はジョッキを合わせ、同時に呑みました。
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