第17話 控えろ! 控えろ! この御方をどなたと心得る! 聖カロリング帝国皇太子ルーファス・カロリング皇子であらせられるぞ! 頭が高い! 控えい! 控えい! 



 アンジェリークが騎士団に所属していることは皇子にあっという間にバレました。訓練しているところに皇子が訓練に交ざりたいと唐突に現れたのです。普通に訓練に参加していたアンジェリークに気付いた皇子は絶句していました。



「……お前だけズルいぞ」


「ズルくはないです。一般公募で入団しましたからね」



 アンジェリークが新人を指導していると、皇子が手合わせを申し出てきたので誰にも自分の事を喋らないという条件で受けました。アンジェリークは皇子を容赦なくボコり、ローザ以外の血の気を引かせていました。ローザはスラムでの一件から容赦しないことは予測できたので黙々と治癒を施していました。



「強いな、お前は」



 ボコボコにされたにも関わらずスッキリとしたような笑顔で皇子は言いました。



「皇子は決して弱くはないですよ」


「世辞はいい」



 アンジェリークの言葉を皇子は拒絶しましたが、実際皇子は強いです。少なくとも、新人達よりはよほど強いですし、騎士にも食らいつけます。十四歳でそれほどの実力を持ち合わせているのは帝国領内でも数えるほどしか居ないでしょう。比べる相手が間違っているだけです。



「ショックは受けているが、悪い気分じゃない。同い年で勝てない相手がいるのは嬉しい。わかりやすい目標だからな」


「そう思えるのであれば皇子は強くなれますよ。私が保障しましょう」



 自らの立ち位置を認め、飲み込み、モチベーションを保つことができる。その素直さは強くなれる要素です。褒めたアンジェリークはお前に言われてもなぁという顔をされましたが。



「それにしてもローザは治癒が上手いな」


「私の無二の親友ですからね!」



 手放しに褒める皇子、自分の事のように胸を張る公爵令嬢、それらをガン無視してほほえみ続ける祓魔師。見ていた騎士団幹部の胃を鑢で削るような光景でした。



 その後、皇子はよく騎士団の訓練に交ざるようになりました。皇族が騎士団と訓練をすることは過去にもあったのでマニュアル通りに対応しつつ皇子の望むとおりに一般騎士と同様の訓練をします。皇子の参加は新人や若い騎士達のモチベーションを上げました。なんとなく良い生活してんだろうなぐらいのイメージしか無かった皇子が自分たちと同じ訓練を受けがむしゃらに強くなろうとしている姿は彼らの共感を得たのです。



 そしてアンジェリーク達の警邏についてくるようになりました。毎回ではないですが、週一程度でついてきます。コツでも掴んだのか当たり前のように平民のような服装を着こなしています。



「暇なんですか?」


「ちゃんと勉強もしている」



 ここ最近は熱心に取り組んでいると教師から評判で、皇帝も女に良いところを見せたいんだなと喜んでいました。過多なお忍びもこの調子なら問題ないとされ、ハットリ君は胃薬のグレードを上げることを決心しました。



「警邏ばかりだが、門番とかしないのか?」


「私が門番をしても舐められるだけです。そもそも女騎士に門番当番はないですよ」



 魔法で底上げできるとはいえども女性というだけで舐めてくる者はいます。面倒な揉め事を起こさないためにも女騎士に門番が当てられることはまずありません。



「ローザは今日も静かだな」


「お気になさらず」



 二人の後ろをローザはニコニコとほほえみながらついて回ります。正直、皇子の面倒までみたくはなかったのですが、第一騎士団の団長と副団長に頭を下げられるとローザは断り切れませんでした。



「もっとローザとも色々話したいのだが」


「お忍びだろうがなんだろうが私のような一般人が皇族と会話なんて負担にしかならないんですよ。位の近い公爵令嬢と同列に扱わないで下さい」



 数回の警邏でローザは皇子になれました。ローザは自身が皇子に慣れたことから目を背けていますが。



「ローザは私と二人の時間が減るから機嫌が悪いんですよ」


「そうなのか」


「いや、変なことを言わないでください」


「私が居ても機嫌が悪くならないように仲良くならねば」


「機嫌が悪いわけじゃないです。さっきも言いましたけど、上流階級の人と会話は負担なんですよ。緊張するんですよ」


「私と喋るときは問題ないですけどね」


「それは慣れましたから。それにまあ……友達ですし」


「無二の親友ですね」


「では私も友人となれるように頑張ろう」


「アンジェと言い皇子と言い、なんでそんなにグイグイくるんですか……」


「私と仲良くしたい奴らは大抵グイグイくるからな」


「参考にする相手を間違えてますね」



 仲良し三人組は今日もわいわいと帝都を歩いていました。たった数回会っただけで皇子に慣れた様子のローザを、ハットリ君は心から尊敬しました。懐に忍ばせている胃薬が妙に重く感じます。



「む?」


「どうしたアンジェリーク」



 唐突にアンジェリークが足を止め、明後日の方向を見ました。そして真剣な目をしてローザと皇子に振り返ります。



「犯罪の臭いを感じました」


「何を言っているんですか」



 ローザは即座にツッコみました。皇子も怪訝な表情をしています。



「具体的に言うと誘拐事件の臭いがします」


「何故そんな具体的なことが分かる?」


「それは乙女の秘密ですね」



 ローザはそれがたかしからの情報だと気付きました。警邏の時は魔法で姿を消して上空を飛んでいるのです。姿を消せるのだからたまにはアンジェリークの相手をしてくれと言ったら無言で姿を消したので思わず手が出ました。それからローザには一定距離から近付こうとしません。



「……また何か隠し事か」


「乙女の秘密を探ろうとは紳士ではないですね」



 憮然とする皇子にアンジェリークは平然と返しました。たかしの存在は明かせません。メイドのクララにも口酸っぱく誰にも喋るなと言われています。



「口論するよりも現場に向かいませんか? アンジェの秘密はともかく、事件が事実なら早く助けないと」



 ローザの意見はもっともでした。皇子は頷き、アンジェリークは先頭に立って走ります。



「ところでローザ、お前は秘密を知っているのか?」


「それは乙女の秘密です」






 アンジェリーク達が向かった先は帝都の隅にある一角、大手の商店の倉庫が建ち並ぶ区画です。



「こんなところに誘拐犯が?」


「乙女の勘がそう呟いています。幼い少女を捕まえてここに連れ込んだ者がいると」



 乙女の勘はローザにも同じように自慢げに呟いていました。



「しかし、誘拐なんてしてどうするつもりなのでしょうか? 明らかに大手の商店が絡んでますよね?」



 チンピラ辺りであれば身代金目的だと考えられますが、大手の商店が身代金如きで誘拐に手を出すのは考え辛いです。そんな犯罪に手を出すよりも真っ当に商売をした方が儲かるからです。



「人身売買が目的でしょうね」


「人身売買……罪を犯してまでするほど儲けがでるのか?」


「詳しくは知りませんが、出るんでしょう。見た目が良ければ変態に売れるでしょうし、魔法の生け贄に使えたり……まあ、儲けが出るからやってるんでしょう。倉庫に連れ込んだと言うことは被害者を纏めて商品として扱ってるんでしょうし」


「なおのこと許せんな」



 皇子は激しく憤慨している様子でした。皇族とは思えないほど素直な性格なので素直に悪行が許せないのでしょう。



「で、どうするつもりなのですか? 真正面から突っ込むんですか?」


「なんですか、まるで人を脳筋みたいに」



 ローザの言葉にアンジェリークはムッとしたように振り返ります。



「問題を基本的に暴力で解決してる人が何を言っているんですか」


「いいでしょう。では暴力によらない解決というのをお見せしましょう。被害者を人質に取られたら面倒でしたし、ちょうど良いです。ではついてきてください、まずは忍び込みます」






 聖カロリング帝国は奴隷制度を廃止していますが、周辺国にはまだ奴隷制度を残している国もあります。そういう国と国境が近い場合は奴隷目的の誘拐に警戒している場合が多いのですが、国境から遠い帝都では殆ど警戒されません。



「だから穴場なんですかねぇ」



 上部の窓から倉庫内に侵入し、キャットウォークから見て思った以上に多数の檻と人がいたことに驚いたアンジェリークは呟きました。



「奴隷目的って……これだけの人をどうやって国境まで運ぶんだ」


「船でしょう。河は目の前にあるわけですし」



 帝都の中心は大きな河が流れており、帝都の物流を担ってもいます。そして、船というのは一度に大量の物を運ぶのに適しています。



「だからって、わざわざ帝都でこんなことを……」


「スラムじゃ人が居なくなっても誰も気にしないから穴場なのでしょう。わざわざ帝都でこんなことをするわけがない。みんなそう考えるからこそでしょうし」



 皇子もローザもショックで言葉を失っています。皇子は当然としてローザも孤児とはいえ良い人と才能に恵まれて生きてきました。ゆえに大規模な凶悪な犯罪があるのは知ってはいても目の前でそれが行われているというのが信じられないのです。



「間違いなく貴族も噛んでるでしょうね、これは」


「貴族までか……」


「貴族が噛まないと船の用意が難しいですからね。その辺りから捜査すれば相手は特定できるでしょう」



 河運関連の利権に絡んだ貴族が噛んでいないと奴隷を船で運ぶなど無理です。



「その辺りの捜査は後にして、それじゃあ行きますよ」


「行くって……」



 アンジェリークは立ち上がると、皇子の手を引いて堂々と壁際の真ん中付近まで行きました。あまりにも堂々としていたため、中にいた奴隷商人達があれはなんだと困惑したように指さしています。別の場所から侵入していたハットリくんはいつでも動けるように胃薬を飲みました。



「貴様達の悪事は見せてもらった!」


「なんだ餓鬼が!」


「控えろ! 控えろ! この御方を口上の邪魔をするな!」



 アンジェリークは捕まえようと近付いてきた男を二階から殴り落としました。下に居た男達が一斉に武器を手にしました。



「ダメです! あいつら話を聞かないんで計画は失敗しました! こうなったらプランBです!」


「プランBだと!? なんだそれは!」


「プラン暴力です!」



 ローザはアレは後で殴ると心に誓いました。



「ルーファス、ローザを守り通してください。ローザさえ無事なら多少内臓がはみ出ようが腕が飛ぼうが治してくれます。私は連中にプランBを実施してきます!」



 それだけ言うとアンジェリークは二階から飛び降りました。



「こんなところで初陣だと……!?」



 皇子は驚きつつも剣を抜いてローザの方に向かいます。ローザは冷静に皇子に提案します。



「皇子、ここは逃げるべきです」


「アンジェリークを置いて逃げろというのか!?」


「アレがこの程度で死ぬんならもっと前に死んでます。私達の身の安全を確保した方がアレも動きやすいです」


「……いや、そうはいってもだな?」



 アンジェリークをナチュラルにアレ呼ばわりするローザに驚いて皇子は少し冷静さを取り戻しました。



 そんなことを言っている合間に男達が二人を捕まえようとやってきます。皇子は構えますが剣先が揺れるほどに動揺しています。命のやり取りは初めてなので恐れるのは仕方が無いでしょう。平然と頭をかち割れるのがおかしいのです。



 男達も皇子が初陣だと気付いたようで嘲るように近付いてきます。



 皇子はチラリとローザの方を振り返りました。特に緊張した様子もなく微笑んでいますが、ローザに戦闘能力はありません。皇子が突破されれば酷い目に遭わされるのは間違いないでしょう。



 守るべき存在を意識した途端、皇子から恐れが消えました。代わりに勇気と使命感が湧いてきました。震えも迷いも消え去りました。



 一番近くにいた男がショートソードを振り上げて襲いかかってきました。皇子は落ち着いて剣を払い飛ばし、がら空きになった心臓部に剣を浅く刺しました。そして軽く捻って引き抜きつつ男を蹴り飛ばします。身体強化された皇子に蹴り飛ばされた男は後ろに続く男ごと床に倒れました。



 皇子は追撃せず、ローザの側から離れません。初めての殺人は予想と違い、心が凪いでいました。ハットリくんは皇子達の後ろに回り込もうとしている輩にナイフを投げつつ、思ったよりも冷静な皇子に安心していました。



 ローザは思ったよりも頼りになる皇子に感心しつつアンジェリークの方を見やりました。何故か地面に水を撒きながら戦っていました。



 アンジェリークは男達が逃げないように走って回り込みながら殺していきます。その表情は酷くつまらなそうです。



「……黒の森の雑魚の方がよっぽど強かったなぁ」



 アンジェリークは王都の悪党の弱さを嘆いていました。手応えがなさ過ぎて人を斬る訓練ぐらいにしかならないのです。



「ルーファスの初陣にはちょうど良いか」



 チラリと上を見上げればルーファスが男の腕を切り落としているのが見えました。問題なく戦えているようでアンジェリークは安心しました。



「アンジュ、人質を取られたよ」



 たかしが警告するように言いました。ちょうど同時にアンジェリークの見える位置に若い女性を人質を取った男が現れました。



「おい! こいつが」



 男がそう言ったところで地面から生えてきた氷の刃に腕を切り落とされました。男は悲鳴を上げてその場に蹲り、人質は気を失ったように倒れました。



「……わざわざそのために水撒いてたの?」


「氷投げるよりもこっちの方が魔力の消費が少ないからね」


「そりゃそうだろうけど、必要ある?」


「当然。実戦じゃ何が起こるか分からないから消費は避けるに越したことはないの」



 魔法で水を大量に撒く方が魔力を使うように思えますが、中空に氷を作る場合は重力を加味する必要があるのでその分で消費が結構あるのです。



「何が起こるか分からないんなら皇子とローザを放置しちゃダメでしょ」


「二人だけなら放置しないけど、隠れてる護衛がいるからね。あの人、騎士並には強いから。それに、何が起こるか分からないからって過保護にしたら成長も何もないし」


「そりゃそうだけどさ」



 そんな会話をしている間に下の階にいた殆どを斬り終わりました。生き残っているのは誘拐被害者と逃げようとした商人らしい小太りな男だけです。


 男は青い顔をしつつもアンジェリークを指さして虚勢を張ります。



「お、お前たち! 誰に手を出しているのか分かっているのか!?」


「いえ全く」


「私の後ろには「うるさい」



 アンジェリークは男の顔面を蹴って黙らせました。男は空中で縦に一回転して床に倒れました。蹴られた顔は深く陥没し、もう死んだんじゃないかと思うような痙攣をしています。



「捜査の手がかりになりそうな人殺す気ですか!? 一体何を考えているんですか!」



 見ていたローザはそう叫び、下に降りるべく走り出しました。皇子は心を落ち着かせるように何度も剣についた血を拭っています。



「私の口上を潰されてムカついたので強めに蹴りました」


「お前……! このバカ! 本当にバカ! 覚えてろよ!」



 ローザは地をさらけ出してアンジェリークを罵りました。アンジェリークは罵倒の語彙の少なさに言い慣れてないのが見えてかわいいなぁと和みました。

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