第16話 スラムは遊び場ではありません



 その少年とローザの出会いはアンジェリークとの仕事、警邏へ出かけようという時でした。アンジェリークが連れてきたその少年を見た時、嫌な予感を感じました。



 服装はその辺の平民と変わらないのですが、怖いぐらいの美少年で動作に気品を感じます。具体的に言うとアンジェリークに近しいものを感じます。明らかに貴族の高等教育を受けています。



 今すぐこの場から全力疾走で逃げ出したい、そう思うローザにアンジェリークが少年を紹介しました。



「彼はルーファス・カロリングと言います」



 貴族どころか王族やんけ! 叫びそうになりますが鍛えられた笑顔が覆い隠しました。アンジェリークの言うことですから、嘘ではないでしょう。巧みな言葉使いで騙すことはあっても嘘を吐くことを避けるのがアンジェリークだとローザは理解しています。そして、皇子の容姿も噂通りです。



「今日は彼も同行します」


「よろしく頼む」



 そう言って皇子は頭を下げました。帝国の皇位継承権第一位に頭を下げられるというとんでもない状況にローザは行動を起こせません。



「彼はお忍びですから、プライベートと言うことで私と同じように扱ってください」


「無理です」



 ローザは笑顔で拒絶しました。一発拳骨を入れてから歯止めが利かなくなって孤児院の子供の如く説教をしたりしているのです。クララはその様子を見てローザを崇めるようになりました。黒の森に行って以降、アンジェリークに真正面から説教できる人はローザしかいなかったからです。



「お前と同じ扱いとはどういうことだ?」


「よく説教されたり、たまに拳骨喰らったりしますね。私も実家で蝶よ花よと育てられましたから、世間離れしてしまったところがあるのでしょう」



 お前のは世間離れってレベルじゃねえと拳骨を入れてやりたくなりました。



「なるほど……拳骨とはじいやを思い出す。私もおかしな事をしていたら拳骨で止めてくれてかまわん」



 皇子に拳骨とかできるわけねえだろと拳骨をいれてやりたくなりました。



「まあとにかく、今日は三人で街に行きます」


「あの……」



 とりあえず事実確認をしようとしたところでアンジェリークが唇の前に人差し指を立てました。皇子は声を出したローザを見ています。



 静かに、ではないでしょう。言うな、つまりは秘密にしろということです。いくつか思いつきますが、具体的に何かが分からないので確認する必要があります。



「何故皇子のお忍びに私とアンジェ様がついていくことになったのでしょうか」


「お忍びだからルーファスだ、敬称もいらん。アンジェリークが街を案内してくれると聞いている」


「平民の暮らしが知りたいと言っていたんですよ。下手な配下に案内させるよりも私達の方が皇子の知りたいことを知れますから」



 騎士団のことは秘密ということが分かりました。秘密でないなら騎士として護衛に付くとか言うでしょう。しかし公爵の要望とはいえ皇子にまで秘密にしていいのだろうかとローザは不安になりましたが、まあ何があっても責任をとるわけじゃないしいいかと思うことにしました。全ての責任はアンジェリークに、そう考えなければ耐えられません。そもそも公爵令嬢や皇子に逆らうことなど平民たるローザには無理なのです。



「……なるほど、ローザがいるのは平民の暮らしをよりよく知るためか」


「そんな感じです。そうだ、私達とローザは歳が少し離れてますし、呼び方を姉さんとかロー姉とかにしましょう。そっちの方が自然です」


「おお! 流石だなアンジェリーク! 伊達に平民慣れしていないな!」



 最初に見た時の王族らしい気品が吹き飛んで歳相応の様子で喜びました。服装も相まって孤児院の子供を見ているようです。まあ、二人の年齢ぐらいで孤児院に居続ける者はいないのですが。



 皇子が喜ぶ理由はローザでもなんとなく理解できました。様子からして頻繁にお忍びで帝都に来ていたようですし、皇子として扱われない事に憧れがあったのでしょう。拳骨してくる相手を懐かしんでいたようですし。



「今日は何処へ行くんだ?」


「今日はスラムへ行こうと思います」



 ローザは拳を振り上げかけましたがなんとか堪えました。なんなんですかねこのスラム好きは。



「スラム……初めてだな」



 皇子はキラキラと目を輝かせながら鷹揚に頷きました。ローザは王族や公爵家の子供にはバカしかいないのかなと思いました。



「スラムは治安が悪いですし、危険ですよ」


「心配する必要はない。私は剣を習っている。騎士達、とはいかないまでも身体強化も習わぬ者達に後れはとらん」


「ルーファスの腕前はともかく、今は皇命が出て騎士達も見回ってますし、別に大丈夫ですよ」



 皇命、という言葉を思い出しローザは腹部に手を当てました。



 皇命とはなにか、それを知るにはまず帝国の政治を知る必要があります。聖カロリング帝国は簡単に言えば法治主義の議会制国家、民主主義ではなく宮廷貴族と領主の代理人による議会です。議会での皇帝の役割は拒否権と立案件のある議長です。聖カロリング帝国は神聖でもローマでも帝国でもない国と違って皇帝の力が強かったため、時代が過ぎると権力を抑える制限君主制に移行したのです。



 法の制定も騎士団の行動も議会を通した皇令として発令されます。そして皇命というのは議会を通さずに直接皇帝が下す命令の事です。基本的に自然災害や突発的な戦争などの議会を通す時間がないときに発せられるもので、政治的にかなり重い物になります。アンジェリークによるツィーエ家爆破はそれほどの影響を及ぼしていたのです。



 そんな皇命を「へぇ~」で済ませたアンジェリークにローザは拳骨と長時間にわたる説教を行いました。



 まあ、実際はスラムに渦巻く闇に権力のメスを入れる体の良い口実として扱われた結果だったりするのですが、政治闘争に全く縁の無いローザには全くわかりません。アンジェリークはその辺りをなんとなく理解していたのでへぇ~で済ませたのです。



「それじゃあ、早速行きましょう!」


「ああ、頼む」



 意気揚々と歩き出す二人の後ろに付いて歩きながら、ローザは相手は皇太子と公爵令嬢なんだから止められなくても仕方が無いんだという言い訳を脳内で繰り返しました。






「これがスラム……」



 スラムに足を踏み入れた皇子はショックを隠しきれない様子でした。ボロボロの建物に汚い道、多くの建物には素人が組んだ歪な増改築とそれが崩れた跡、人々はボロボロの服を着て三人を様々な感情で見つめています。嫉妬、嫌悪、警戒、好色、今まで向けられたことのないような膨大な感情の渦に皇子は足が竦みます。



「どうしました? 行きますよ」



 そんな視線などないかの如く、アンジェリークは平然としています。その隣ではローザが微笑んでいます。アンジェリークに紹介をされてからずっと微笑んでいてそれ以外に一切の表情を見せないため皇子は少し怯えていましたが。



「いや、なんでもない」



 同年代の少女が平然としているのに自分が怯える姿など見せるわけにはいかないと、皇子は虚勢を張って歩き出しました。そんな皇子を見てビビったんなら素直に引けば良いのにとローザは舌打ちをしました。



「ところでアンジュ、聞き忘れていたのですが、何故スラムに来たのですか」


「ルーファスと前に会ったときは平民の暮らしを少し体験してもらいましたからね、じゃあ次は貧民じゃないですか」



 ローザの右手の拳が握られました。そろそろ我慢の限界に達しようとしていました。



「スラムを体験か。何をするんだ?」


「前は店で食事をしましたし、今回もどっかでなんか買って食べましょう。スラムにも食べ物屋ぐらいはありますから」



 そんなことを喋りながら歩いていると、三人の前に一人の男が立ち塞がりました。そのかなり大柄な男は、ローザをなめ回すように見つめてきます。そんな視線を受け、ローザは思いました。あらこの人、最近越してきたばかりの人かしらと。嫌悪感も危機感も抱いていないことに気づき、そのことに危機感を抱きました。



 皇子は腰の剣に手を当て、アンジェリークはその辺に落ちていた割れた拳二つ分ほどの大きさの煉瓦を野球ボールみたいに投げつけました。煉瓦で顔面を陥没させた男は喰らった勢いで後頭部から仰向けに倒れ、激しく痙攣を始めました。



 ローザはため息をつくとすぐに男の顔面から煉瓦を引き抜き、治癒を始めました。その様子を皇子は絶句して見つめていました。色々と想定外の事態に混乱しているようです。



「ルーファス、接近戦の前に遠距離攻撃を心掛けると安全ですよ」


「いやまて、ちょっと頭の中を整理しているから……」



 さらに追い打ちをかけるアンジェリークに皇子は言いました。



「……よし、一つ一つ聞いていくぞ。アンジェリーク、身体強化魔法が使えるんだな? でなきゃ煉瓦をあんな風に投げられない」


「私が魔法の天才と呼ばれているのは御存じでしょう?」


「知ってはいたが魔法の系統が全く違う。あと、まさかお前戦闘もこなせるのか?」


「ザクセン公爵家の者ですから」


「私の知る限りザクセン公爵家でも令嬢が戦う術を習っているのはかなり珍しいぞ。だからアレクサンドラが騒がれたんだろうに。それとだ……」



 皇子は言い淀みました。



「なんでしょう?」


「お前、実戦経験があるのか?」


「ええ、襲われたので」



 襲ってきた相手はゴブリンで、初の対人戦は実験がてら襲わせて罠にはめて殺したのですが。そんな事を言う必要は無いのでアンジェリークは言いませんが。



「そうなのか……」


「まあ、最近はローザも居ますから殺してしまうことはそうないのですけど」



 二人の会話を聞いていたローザはアンジェリークの口のうまさに改めて感心させられました。まるで正当防衛でやむなく殺してしまったようにしか聞こえません。おそらく、騎士団のことを覚られないように誤魔化しているのでしょうが、それならスラムに来なきゃ良いのにとローザは思いました。思いましたが、言ったところで意味はないのでため息をつくだけですが。狂人には狂人なりの筋があるというのを教会の祓魔師達から習ったのです。理解しようとするだけ無駄なのです。



「余計なチャチャが入りましたが、とにかく予定通りに何かを食べましょう。ほら、ちょうどそこに屋台がありますし」



 アンジェリークに指された屋台の店主は嫌そうな顔をしていました。アンジェリークは構わずに近付いていきます。



「おじさん、三人分適当にください」


「いや、あの、本気か?」



 店主は思わずと言った様子で問い返しました。アンジェリークとローザに関してはスラムでは有名です。余所からやってくるモンスターとして。ゆえに態々スラムの屋台で何かを買って食べるという行為が理解出来ませんでした。



「ほら、ちゃんとお金は持ってますから、早くください。釣り銭いりませんから」


「……後で文句を言うなよ」



 店主は渋々と言った様子で商品を渡しました。



 当たり前ですが、スラムの食事というのは低品質です。基本的に新鮮で高級な物は王城や貴族街へ、中級品が市民街、劣る物が貧民街、最後に回ってくるのがスラム街です。野菜も肉も古く、下手をすれば腐っており、しかも丸々ではなく野菜屑や切れ端が普通であり調味料も殆ど出回っていませんし、料理人も素人に毛の生えた者で上等といえます。その味は産業革命をキメていた頃のロンドンよりはマシという惨憺たる物です。



 商品として手渡せたのはパッサパサの黒パンに謎の植物と何らかの肉を挟んだサンドイッチらしき、屋台で最も高額な商品です。他はただのパンと肉そのまんまだけですが。



 アンジェリークはそれを躊躇うことなく口へと運び、皇子は一瞬躊躇った後にエイヤと口に含み、ローザは手渡されたそれをどうにかしてアンジェリークに返せないかと悩みました。



「あーマズい! クッソマズい! 山で採ってきた何かを自分で調理した方がいいなこれ!」



 大声で感想を述べるアンジェリークは殺意すら籠もった目で店主に睨まれていました。



 皇子は初体験の不味さに飲み込むどころか噛むことすら躊躇ってしまい、涙目で吐くべきか悩んでいました。



 ローザはこの辺りの子供に譲ることを閃きましたが、視線を合わせると逃げるため困り果てました。



 その三人に近付いてくる男が二人、怪しいものではなく、騎士です。騎士一人は三人を見て、驚愕に目を見開いていました



「あの……何をしているんですか?」



 そう呟いたのはホルスト・フォン・ウーリク。第一騎士団団長です。ウーリク子爵家三男坊として生まれたホルストは放り込まれるようにして騎士団に入り、自身の才能とタイミングが重なり若くして第一騎士団団長となりました。才能がある、とはいえども騎士団長としては平々凡々であったホルストはそれはそれは苦労しました。鼻が伸びる暇もなく仕事に追われ、自身の才能を見極めたホルストは、地位を優秀な後身に譲りさっさと引退して田舎に引っ込むことにしました。



 栄誉ある第一騎士団団長という肩書は地元では英雄のように扱われるでしょう。現当主である兄に逆らう気なぞ毛頭ありません、面倒くさい。私設騎士団団長の地位を貰いのんびり暮らせるでしょう。彼の妻もそれが良いと言っていました。化けの皮が剥がれる前にと言っていたので分からせてやろうかとも思いましたが。



 そんな引退を目前に入団したアンジェリーク・フォン・ザクセンはホルストにとって悪夢でした。実家の所属する派閥のトップの娘が何をとち狂ったのか部下として配属されたのです。全て優秀な後進にぶん投げて自身はなるべく関わらないと決めました。関わらなくても何もかもがひっくり返されましたが。



 いやしかし、スラムに関わる事件が一掃されれば貴族が目減りし、領地が広がりウーリク家は陞爵する可能性が高いです。そうなれば、身内を独立させて領地経営を任せることになるでしょう。長男は当主、次男は当主代理議員で帝都から動けない、元第一騎士団団長である自分がその領地を頂くことになるでしょう。ウーリク家分家の男爵として小さな領地を経営する、私設騎士団団長よりもいい御身分です。



 よっしゃ最後のご奉仕だと、ホルストは面倒な書類仕事を後進にぶん投げてスラムで指揮をとることにしました。何やら喧嘩が起きたということを聞きつけ現場へ向かい、その帰り際に公爵令嬢と祓魔師と皇太子が平民みたいな格好でスラムの屋台で食事をしているのを目撃してしまいました。自由すぎる公爵令嬢と被害者の祓魔師はともかくとして、皇太子が何故……もしかしたら皇太子じゃない、いや無理だよどう見ても皇太子だよアレ。



「おや、これはこれは騎士団長様、お疲れ様です」



 アンジェリークは見事なカーテシーを見せました。ホルストは衝撃から復帰できず、それを呆然と見ていました。一緒に居た騎士は私は空気とばかりに気配を消し去っていました。ホルストの反応からかなりヤベー事が起きていることを察したのです。



「あの」


「まあまあ、ちょっとお耳を拝借」



 なんとか一言切り出そうとしたホルストの元にアンジェリークが素早く移動し、耳元に口を近づけます。



「見なかったことにしましょう」


「は?」


「良いですか? 貴方は何も見なかったのです。お忍びでスラムに来ている皇子など居ないのです」



 アンジェリークの提案はとても魅力的でした。お忍びだから知らない、で何もなかったことにできれば本当に楽です。しかし、長年第一騎士団団長としてやってきただけに相応の責任感も誇りもありますし、そもそもがお忍び中とはいえスラムで皇太子に何かあれば、もっと言えばホルストが直接指揮している今何かあればその責任を負うのはホルストです。しかし、アンジェリークとローザが付いていて滅多なことがあるとは思えませんし、派閥トップの娘と国のトップの息子の意向に逆らうというのは子爵家の末端の人間として恐怖すら覚えます。



 胃がシクシクと痛み始めるほどに悩んだホルストは絞り出すように言いました。



「……喧嘩が起きたと聞いてきたが何もなかったな」


「え?」


「何もなかったな?」


「……はい」



 隣で突っ立っていた空気に言い聞かせるように言ったホルストは去って行きました。



「アンジェリーク、何を話していた?」


「彼は家の派閥の者なのでちょっと説得していました。こんなところに来てるなんて知れたら、出られなくなるかもしれませんからね」


「……お前は家の派閥のことまでしっかりと把握しているのだな」


「まあ、そのぐらいは普通ではないでしょうか?」



 平然とアンジェリークは言いましたが、普通は社交界デビュー前の令嬢が子爵家の三男坊の顔まで知っていることはありません。アンジェリークが知っていたのは彼が自分の団の団長だったからですが、それを言うわけにはいきません。



「私は随分と甘やかされて育ったようだ」


「いや、そんなことないと思いますよ」



 皇子の自虐めいたセリフをアンジェリークは否定しました。実際、皇子は同年代の貴族の子と比べるとかなりしっかりしています。元々、完璧令嬢などと呼ばれていたアンジェリークが異常なだけです。



「お前にそんなことないと言われてもなぁ……。まあいい、分かりやすい目標ができた」



 いや、それを目標にするのは止めた方が良いよとローザは思いました。公爵令嬢でありながら騎士団に入ってマフィアの館を爆破する奴を皇太子が目標にするのは止めた方が良いでしょう。状況的に言いませんが。



「とりあえずはここの者が真面な飯を食えるようにがんばるか」


「……そうですか、頑張って下さい」



 うんと男らしい表情で頷く皇子をアンジェリークは無理だろうなぁという表情で見ていました。ローザは思ったより真面じゃないかと見直していました。







「はっはっは、息子もなかなかやるな」



 皇城にあるにしては質素で狭い部屋で、国一番の良い服を着ている男が言いました。聖カロリング帝国皇帝フェルディナント・カロリングです。皇帝が視線を向けているのはこの部屋にいるもう一人、二十歳には達していないだろうという青年、ハットリ・ハンゾウです。その名前は遙か東方から来たという彼の祖先から受け継いできた、この国の諜報組織の長に与えられる名前です。彼はまだ跡取りですが。



「女二人を侍らせて街を回るとは。しかもそのうち一人はザクセンの次女だ」



 嬉しそうに笑う皇帝に、ハットリはもっと詳しく聞いてくれと頑張って目で訴えかけました。ハットリは皇子に付けられた影の護衛であり、つまりは皇子達がスラムで何をしていたのかまで見ていました。



 ハットリが何故それを口にしないかというと禁止されているからであり、何故そうなったかというのは五十年ほど前まで遡る必要があります。



 五十年ほど前、ハットリの曾祖父に当たる男が皇帝や貴族へ提供する情報を操作し、不正に膨大な利益を得ました。発覚した結果、曾祖父は当然処刑するとしてハンゾウ家の処遇で揉めました。これは事件の結果、情報の重要性が理解されたためであり、情報を得るためのノウハウを持ち合わせるハンゾウ家をまるごと潰すのは帝国としてあまりにも損が大きすぎると判断されたためです。色々話し合われた結果、ハンゾウ家はそのまま残し、情報操作をさせないために問われた事のみに答えるという形に落ち着きました。



 その歪な情報提供の悪い部分が思い切り出ました。皇帝が質問したのは息子が誰とお忍びに行ったということだけなので、ハットリが答えられるのはそれだけなのです。



 皇帝は息子が帝都の街で女の子とキャッキャ遊んでいると完全に勘違いしていました。まあ、公爵令嬢にスラムに連れて行かれてクソマズい飯を食わされているなど見ていたハットリですら信じられませんでしたが。



 ハットリは皇帝に忠誠を捧げています。忠誠を捧げるほどいい君主であると思っています。ゆえにその息子である皇太子が頭のおかしい状況におかれているというのを伝えなければと考えていました。いっその事決められた掟を破ってでも伝えようとも思いましたが、決断できずにいました。掟こそが忠であると教育されていたからです。



「今後とも息子のことは頼むぞ」


「はっ」



 皇帝はハットリの眼力に気付くことなく部屋を出て行きました。皇帝が出て行くのを見届けたハットリは、今後のためによく効く胃薬を用意しようと思いました。

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