第13話 とに拷
「気軽に殺しすぎだ」
副団長のヘルマンに呼び出されたアンジェリークは渋い顔でそう言われました。アンジェリークは後ろめたいことはないもないとばかりに、顔を逸らすことなく反論します。
「状況的に仕方ないと判断しました」
「仕方ない?」
「最悪はローザに怪我をさせることだと考えました。次に騎士が舐められることです」
ヘルマンは唸るように黙り込みました。法的にアンジェリークの行動は問題が殆ど無く、そして反論も騎士団員として当然の考えだったからです。
この世界は現代社会に比べて暴力が強い抑止になる社会です。特に教養の無い貧困層では分かりやすい力である暴力の影響力は大きいです。そして帝都において力の象徴たる騎士がスラムのチンピラから修道女を守れなかったとなると面子が大いに傷付くでしょう。
そもそもスラムに行くなという話ではあるのですが、本来であるならばスラムも警邏しなければならない場所なのです。それを警邏したことにして誤魔化しているというのが現状で、ゆえにスラムに行ったことを咎めることはできません。むしろ正当性で言えばアンジェリークにあるぐらいです。彼女が公爵令嬢でなく平民であったのなら話は違ったでしょうが。
「皆殺しにしたら騎士も何もわからんだろうに」
「殺す前にしっかり私は騎士だと警告したので問題なく伝わっています。住民は近くに隠れていたようですし」
目に見えないからと言って誰もいないわけではありません。アンジェリークが自身が騎士であると自己主張したのは正当化だけではなく、おこぼれにありつこうとする輩の存在に気付いていたからです。
「そして、スラムの警邏は私以上の適任は存在しません」
「……理由を言ってみろ」
「スラムの警邏がされていない理由は貴族の闇が原因です。それに臆することなく対抗できるのは上級貴族でありなおかつ帝都の貴族と距離を置いているザクセン家である私ぐらいです」
それに、とアンジェリークはニッコリと笑いかけます。
「ことスラムに関して言えば私を使えばザクセンがバックに付くのは間違いないです。騎士団としてもスラムの調査を行いたいですよね?」
ヘルマンはふぅと長いため息をつきました。基本的にアンタッチャブルなスラムなのですが、例外的に騎士団が出張る場合があります。それは貴族がやり過ぎて皇帝が動いたときと、騎士団に対抗できる人物が入団した場合です。つまりアンジェリークが入団した今がその状況と言えるのですが、普通は副団長のような地位についてから動くものです。ド新人でいきなりスラムにぶっ込むような頭のおかしいのはアンジェリークぐらいです。
しかし、頭がおかしいゆえにのらりくらりと逃げてきた悪徳貴族を捕まえるチャンスではあります。皇室等の大物が入団した途端、捕まらないように行動を自粛したり上手く証拠を隠滅させてきた者達が行動を起こす前に動けるのですから。
「必要以上に殺すことは許さん」
「……なんでみんな私を快楽殺人者扱いするんですか」
「とっ捕まえたバカを突き出しながら満面の笑顔で他は殺しました! なんて言うからだ」
正確にはこいつは殺し損ねました! だったりしますが。
ヘルマンは何度目かわからないため息をつきます。上級貴族なだけあって口が上手く、しかも事前に騎士団の状況を調べ上げている節すらあるのでどう足掻いても丸め込まれるだろうと理解しました。ヘルマンも年齢を重ねただけの舌は持ち合わせていますが、幼い頃から上等教育を受けてきた者相手には厳しいのです。これ以上喋っても丸め込まれ続けるだけだなと判断したヘルマンは本題に入ることにしました。
「お前は帝都に来たばかりで道に迷った。だからスラムに迷い込んだために絡まれた。いいな?」
「はい!」
アンジェリークの存在はいずれはバレるでしょうができる限り隠し通したいのです。ザクセン家からもできるだけ隠し通すように言われています。アンジェリークに隠す気が一切ないのでどう考えても時間の問題ですが。マナーは当然として歩き方や立ち姿すらも洗練されているためかなり良い教育を受けてきたのは丸わかりなのです。正体を知らない団員達はなんで騎士団に入ったのか分からないと本気で不思議がっています。
「以上だ。下がれ」
アンジェリークが退室したのを確認したヘルマンは再度ため息をつきました。
「たかし殿が注意してくれればいいのだがなぁ……」
「悪いけど、それはしないよ」
声に驚いて顔を上げると目の前でたかしが浮遊していました。
「僕も思うことがないわけじゃないけどね。ただアンジェが上位の契約をしているからアンジェの意思に添うんだよ」
「上下関係は殆ど無いような契約だと聞いていますが」
「僕らは人間よりも魔法に寄り添って生きてるから、君達が考える以上に契約って言うのは大切なものなんだ」
ヘルマンは理解ができないとばかりに首を傾げました。殆ど場当たり的に結んだ契約でまるで家臣のように従うたかしのことが理解出来ないのです。助けられた恩があるにしても限界があります。
「まあ、人間には分からないと思うよ。エルフやドワーフすらよく分からないんだろう?」
「ああ、なるほど……」
エルフもドワーフも人間によく似た別種であり考え方というのが根本から異なっていることで有名なのです。両種族とも人間の街にくるのはよほどの変人ぐらいで、エルフは住処の森に結界を張って人間を近寄らせず、ドワーフはそもそも住処の近くに行くことすら危険なので会うことは滅多にないのですが。
ヘルマンは外交官の護衛の任の際にエルフと話した事があるのですが、考え方の隔たりが大きすぎて一種の恐怖を覚えたほどです。それを考えればたかしの考え方が理解出来ないのは納得がいきました。考えるだけ無駄だなと。
「つまりストッパーはローザに期待するしかないのですね」
「期待できればいいけどねぇ」
たかしの苦そうな反応を、身分差からローザが遠慮してしまうのが理由だなとヘルマンは現実逃避するように強引に納得しました。
ヘルマンを言いくるめたと確信したアンジェリークは週に三、四回スラムの警邏をするようになりました。週に三、四回警邏をするのでとどのつまりは警邏のたびにスラムです。覚悟をガンキメしたローザは笑顔というポーカーフェイスで付いていきます。
あれだけ派手に死人が出たのだから警戒して襲われることはないだろうとローザは願っていましたが襲われました。おそらく、アンジェリークのような小柄な少女がある程度場慣れしている大人を軽々ぶった切ったというのが荒唐無稽すぎて信憑性が薄かったのと、服装や化粧などで印象を変えてスラムへ行っているのが理由でしょう。それでも最初の一週間は毎回襲われましたが、その後は警戒されたようで回数は減りました。
そして、アンジェリークは約束通り人死には出しませんでした。その代わり、怪我人を沢山作りました。最初の方は痣やら打撲やら深めの切り傷のなどの怪我ばかりでしたが、徐々に骨折やら半分ほど切られた腕など難易度が増していきました。明らかにローザの実力に合わせて怪我人を製造しています。見極められた怪我人とアンジェリークの人体講座のおかげでローザの治癒術の実力はめきめきと上達し、今では切断された腕を繋ぎながら切られた内臓を治しつつ割られた眼球を治すという同時施術までできるようになりました。間違いなく帝都最高の治癒士です。一番上達したのは心にもない笑顔を顔面に貼り付け続ける技術でしょうが。何が起ころうと笑顔で居続けられる自信がつきました。
そんな訳で今日も今日とてローザはスラムにいました。本日の服装はローザは商店の看板娘、アンジェリークはその弟といったところでしょう。最近では若い女二人組という時点で警戒されるようなのでアンジェリークは男装するようになりました。アンジェリークはともかくローザは女を隠しきると不自然になるため男装はしません。
そんな二人をスラムの住人達は遠巻きに、避けるように警戒しています。間違いなく最近噂の二人組であるとバレているでしょう。
「最近はめっきり襲われなくなってしまいましたねぇ」
「私がいなければ死ぬような怪我ばかりになってきましたからでしょうね」
腹から内臓が零れたり歯が全て消え失せるほど顔面が陥没したりさせられていたら襲いかかるのを躊躇うのは当然でしょう。例えすぐに回復するとしても。
「全く根性がありませんね。せっかく美味しそうな獲物がいるというのに」
「見た目美味しそうでも死ぬ猛毒を狩ろうとするほどバカばかりじゃないのでしょう」
一月弱、スラムに付き合わされた結果ローザはアンジェリークを猛毒と形容する程度に遠慮がなくなりました。アンジェリークは割と毒を吐くんだなぁと驚きました。毒の原因は同僚の頭のおかしい祓魔師共です。
「そもそも、襲われないと言うことは治安をよくしたのですから、騎士の仕事としては十分だと思いますが」
「暇じゃないですか」
「チンピラみたいな本音はちゃんと隠してください」
聖女のような笑顔で毒を吐くローザをアンジェリークは好ましく思っていました。遠慮されるよりはよっぽどよいです。
ぷらぷらとスラムを歩く二人にフラフラと老人が近寄ってきました。
「お嬢さん、ちょっと良いかね」
「ダメですね」
懐からドスを取り出して背後に投げながらアンジェリークは言いました。ローザに掴みかかろうとしていた男は喉に突き立ったドスを抜こうともがいています。
老人が声をかけて気をそらしたところで不意打ち、単純ですが効果的です。気づかれていなければ。
アンジェリークは絶句している老人を大外刈りで地面にたたき伏せると持っていた紐で素早く手足を縛って拘束しました。
「ローザ、ぼーっとしてるとその人死にますよ」
縛りながら言うとローザが意識を失った男から慌ててドスを抜いて治癒を開始しました。アンジェリークは拘束した老人を起こします。
「貴様……どうやって」
「何処の家ですか?」
老人のセリフを無視してアンジェリークは問いました。ちなみに、アンジェリークが背後の男に気付いたのは気配を察知したとかではなく、たかしの活躍です。常にアンジェリークの上を飛んでいるたかしから、魔法により指向性を得た声で追跡されていると報告を受けていたのです。
「……」
「雇われたのか鉄砲玉か知りませんけど、喋った方が痛くない分得ですよ。ローザ、そっちはどうですか?」
ローザは聖女のような笑みを浮かべていました。倒れている男の胸は上下しているので治せたようです。
「見ての通り彼女は致命傷でも癒やせます。つまりは普通の拷……いえ、尋問ではできないようなことができると言うことです。熱くなってうっかり目玉潰しても元通りにできますからね」
「あのう、なんでマフィアに狙われるんですか? 大体、なんでその人がマフィアに雇われたと分かるんですか?」
「狙われた理由はボコボコにして捕まえた連中にマフィアの者がいたか、シマを荒らされるのが気に入らないとかそんなところでしょうね。住人から避けられるほどに有名な私達を狙うのは理由として一番考えられるのはマフィアです。尋問すればその辺はわかります」
アンジェリークはわざとマフィアに狙われるように行動していたと自白しました。ローザの内心は大嵐でしたが、それでも微笑みを崩しませんでした。
「この場で暴力的な尋問は止めてくださいね」
「その辺の空き家でやりますよ流石に」
二人の会話に老人が戦慄しました。特に、躊躇いなく拷問しようとする少女よりも修道女を恐ろしく思いました。なにせ、ニコニコと優しい微笑みで拷問を止めようともしないのです。どう見ても普通の修道女ではありません。真面な修道女であるならば止めようとするはずです。そして真面でない修道女なのに治癒術の実力が異常です。普通、彼女ぐらいの実力者ならば間違いなく帝都でも話題になっているでしょう。
「分かった。喋るから騎士団の尋問室へ連れて行ってくれ」
唐突にスラムに現れて手当たり次第ボコボコにする二人の女、その馬鹿女二人を排除するなんて楽な依頼だと老人は思っていました。しかしながら相手は異常、老人の知らない裏が関わっていそうな二人組。
老人の脳裏に浮かぶのは最近の悪徳貴族の動きです。長年裏社会に関わってきた老人から見てもバレても良いと思ってやってるんじゃないかと思うような大胆な行動をするようになっていました。
皇帝直属の情報機関が動き出したのではないかと老人は考えました。悪徳貴族の掃除は過去に数度行われており、今正にその先鋒が目の前にいるのではないかと考えたのです。
老人は情報をそこそこ所有しています。それを使えば強制労働を避けるための政治取引が可能かもしれません。それに、修道女の実力であれば老人の知る拷問よりも遙かに恐ろしい行為すら可能なのは容易に想像できます。修道女が拷問を見ながらニコニコ笑って自分を癒やす姿を明確に想像した老人は降伏しました。もしもローザが知れば憤死することでしょう。
「……早くないですか? 腕を捥いでからでも構いませんよ」
「喋るって言ってるんだから構わないでしょう」
「いえ! これはアレです! 捕まったら嘘を吐くように最初から準備されていたに違いありません! とにかく拷問にかけましょう!」
ローザは聖女のような笑みを貼り付けたままアンジェリークの頭に拳を振り下ろしました。怒りのあまり教会直営の孤児院の悪ガキへの対処がそのまま出ました。
割と強めの拳にアンジェリークは頭を押さえつつ、肉体的なツッコミだコミュニケーションだと内心大喜びしました。
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