第14話 殺せ! 殺せ! 殺せ!

「お前はなんで次から次へ問題を発生させるんだ……」


 マフィアからの刺客を連れ帰ったアンジェリークはヘルマンから呼び出しをくらいました。


「待ってください。私達は狙われた側です」

「狙われた要因はお前達が作ったんだろうが……それに関してはいい。騎士団の責任でもある」


 アンジェリークの言い分を了承したのはヘルマンです。そもそもがスラムに手を入れる以上、悪徳貴族とつるんでいるであろうマフィアに対処することは決定事項であり、第一騎士団だけではなく他の騎士団とも話を詰めてはいました。ただ単に一ヶ月で刺客が放たれるほどに事が進むとは想定していなかっただけです。短くとも半年、できれば一年ほどかけてザクセン家と協力しながら地盤固めを完了して事を本格的に動かす予定だったのです。


 アンジェリークのおかげで全てがパーになりました。ここからはアドリブで全てをこなしていく必要があります。普段は副団長のヘルマンに業務の多くを押しつけてのんびりしている団長が東奔西走しているような状況に第一騎士団は陥りました。今は上位幹部だけですが、下まで慌ただしくなるのは時間の問題でしょう。


「私だって暗殺者放たれるのは想定外ですよ。マフィアに囲まれるぐらいは想定してましたけど」

「……お前が捕まえた爺さんな、裏でそれなりに有名な掃除屋なんだよ。だからそれを捕まえたこと自体は手柄といえるが、あの爺さんが握ってるネタが色々ヤバすぎて扱いに困っているんだ」


 帝都のスラムはアンタッチャブルであり、つまりは蓋をしっかりと閉められた激臭物でありました。シュールストレミングもかくやという劇物です。誰も見ないことにしていたそれが唐突にパッカーンと開けられたため中身のあまりの臭さに困り果てているのです。


「……父に連絡を取れと?」

「もうしている。お前の兄貴にもだ。一応、お前もヤバいことぐらいは知っておけ」


 もはや見慣れたヘルマンの深いため息に、アンジェリークは詳しい内容を聞かされずともそれが帝国をひっくり返すような情報なのだろうと言うことを察しました。帝都の治安が悪くなるのであればアンジェリークとしては歓迎できますが、政変となるとそうはいきません。アンジェリークは教養があるので面倒くさい調査やら書類作成やらに巻き込まれることになるでしょう。アンジェリークは強い騎士と鍛錬したりその辺の犯罪者を利用して斬り試しを行うために騎士になったのであって政変のあれこれに巻き込まれるためではないのです。


「副団長、ヤバイ内容が知れ渡る可能性があるのが問題なんですよね」

「可能性も何も、あの爺さんを捕まえた時点で広まることは確定なんだよ」

「大丈夫です。今なら騎士団内部のみで情報を抑えることが可能です」


 自信満々に言い切ったアンジェリークにヘルマンは嫌なものを感じました。しかし、本当に騎士団内部で抑えられるのであれば政変への準備を整える時間を稼げます。時間を稼げれば政変による被害を減らすことが可能です。嫌な予感を押し殺し、先を促しました。




 スラムに拠点を構えるマフィア、ツィーエ家の首領、エンスタルトは夜の帳が降りた頃、機嫌良くのんびりと葉巻をのんでいました。少々金は掛かりましたが、懸念材料の一つを潰すことができそうだったからです。


 懸念材料とは唐突に自分たちの足下で暴れ始めた女二人の事です。後ろ暗いことをやっている身としてはどんな理由であれ足下が目立つというのは許容できませんでした。騎士に手を出すのはどうかという部下の意見もありましたが、エンスタルトは女の片割れが騎士であるとは考えていなかったので排除することにしたのです。


 成人前の子供と華奢な体つきの女、そんなのが騎士であるはずがないと。騎士の強さを理解しているエンスタルトであるからこそ、二人組が騎士であるというのは信じられませんでした。そもそも、女騎士というのは男勝りの体格をしている大女がなるものであって子供や華奢な女がなれるものではないのです。


 しかも、騎士団に女騎士が入ったのはほんの一月前です。二人組が現れたのも一月前です。つまりは入ったばかりの女騎士がスラムで暴れていることになるわけであり、一般的な騎士ですらスラムへ立ち入らせない騎士団がそんなことを許すはずがありません。


 ならばあの女は何者か。ツィーエ家が取引しているような悪徳貴族とは真反対の真っ当な貴族の物見か、もしくはただのバカか。どちらにせよ排除しても問題ないとエンスタルトは考え、あの老人に依頼を出したのです。


 だれも本名を知らず、ただ老人と呼ばれている掃除屋。腕前は裏社会でもトップクラスです。女が多少強かろうが問題なく掃除されることでしょう。強者も掃除できるからこそ掃除屋として有名なのです。例え失敗して捕らえられたとしても自分の名前が出ることは考えられません。長年裏社会にいるからこそ、貴族と結託したマフィアを敵に回す愚を理解しているのですから。


 報告があるのであれば明日か明後日ぐらいでしょう。本当なら現場を監視させたいところではありますが、監視が付いている間は行動しないと明言されているため監視は付けていないのです。手口を隠すためでしょう。


 紫煙を眺めながら酒を飲んでいると部下の一人が慌てた様子で入ってきました。


「お休みのところ申し訳ありませんボス。第一騎士団副団長を名乗る男が面会を求めています」

「第一騎士団副団長?」

「一度見たことはありますので、間違いないかと」


 エンスタルトは頭の中の人物帳を捲りました。第一騎士団副団長ヘルマン、平民出の熊のような大男だが、見た目に反してかなりの切れ者。団長への昇進を睨んでか、第一騎士団は殆どヘルマンによって運用されている。性格は至極真面目であり、間違ってもマフィアと取引など考えられない。


「……服装は?」

「私服です……目立たないような、武器も持っていません。あと、女を二人連れてます」


 二人の女はおそらく例の二人組でしょう。それを連れてきているということは女は本当に騎士だったのか……老人は捕まった? そして吐いた? 気楽に思っていた事態が急展開を起こしたためエンスタルトは混乱しました。しかし、部下の見ている前で取り乱すわけにもいかず、一服のんで言いました。


「……応接室に入れろ」

「いいんですか?」

「副団長を追い返せるか。ただ、人数は用意しておけ」


 エンスタルトの言葉に部下が絶句しました。


「殺るんですか? 副団長を?」

「最終手段だが、案件がばれるよりはマシだ。客も隠蔽を手伝う」


 副団長が平民であるが故の判断です。もしも貴族であればたとえ男爵でも手は出せなかったでしょう。派閥貴族の繋がりからつるし上げられるからです。そして私服でこの時間帯に来ると言うことはこちらと何らかの裏取引をしようということです。つまりは、騎士団として口に出せないようなことをしようとしているわけなので消したとしても騎士団から追及をするのが難しいのです。


 問題となってくるのは戦力ですが……副団長だけならまだしも足手まといになりそうな女が二人、数で囲めばいけるとエンスタルトは判断しました。


 エンスタルトは着替えると応接室へ入りました。壁際にずらりと並ぶ自分の部下、そして中央のソファーに三人が腰掛けています。左から褐色黒髪黒目の女、大男……副団長、そして色白金髪碧眼の少女……手に反りの入った木の杖を持った少女です。副団長はやや緊張しているのが見て取れますが、右隣の少女は状況を理解していないのか楽しそうに笑ってソファーに、妙に上品に座っています。そして褐色の女、エンスタルトは彼女に一番得体の知れない物を覚えました。まるで教会の修道女の如く微笑を浮かべているのです。金髪少女は単にバカと理解出来ますが、まるで鍛えているようにも見えない女が騎士団副団長すら緊張するような状況で微笑んでいることに背筋がゾッとしました。


 エンスタルトは微笑む女を警戒しつつ三人の前に座ります。


「さて、第一騎士団副団長が本日はどのようなご用件でしょうか」

「その前に一ついいですか?」


 さっきから笑っていた少女がホルストに問いかけます。


「あなたがこのマフィアのボスですか?」

「……そうだが」


 応えた瞬間、エンスタルトの視界がぐるりと回りました。何が起きたのか疑問に感じる前にエンスタルトの意識は闇へと消え去りました。


 居合い斬りでボスの首を刎ねたアンジェリークは踏み台にしたテーブルを割るような勢いで身を翻し、ソファーの後ろに立っていたマフィアの首も刎ねます。そして突然の凶行に理解の追いつかないマフィアを次々と斬っていきます。マフィア達が慌てて得物を抜いた頃には部屋にいた半分がすでに床に伏せており、勝てないと悟る前に全員が殺されました。


 アンジェリークの実戦を初めて見たヘルマンは、副団長としてアンジェリークの扱いづらさに苦いものを感じ、そして武人として純粋に感嘆しました。


 黒の森の砦を単独で攻略していたのは聞いていたので戦術は予測できていましたが、目の前で見せつけられると圧巻の一言でした。とにかく速く動き回って翻弄して隙を作ってそこを突く、言うのは簡単ですが行うのが難しいことを実行しているのです。特に戦術眼にヘルマンは驚いていました。相手を逃がすことなく、なおかつ座っているヘルマンとローザに近付かせることなく、指揮ができそうな奴から優先的に殺しています。


「やっぱり黒の森と比べると弱いですね」


 アンジェリークはつまらなそうに呟きました。


「お前はな、俺の指示を待てよ」

「部屋の中に予想よりも大分人が沢山いたので、完全に意表を突かないと厳しいかなと思ったんです」

「俺が動けば問題ないだろうが」

「……ローザを守りながらですか」


 ローザは微笑んだままソファーに座っています。


「非戦闘員でも俺について動くぐらいは……ローザ? おい、どうした?」

「いつもローザから離れた位置で戦ってましたからね……刺激が強すぎたみたいですね」


 ローザは失神していました。アンジェリークに連れ回され精神的に疲れが溜まっているところで大勢のマフィアに囲まれていきなりの首チョンパでローザの精神は限界に来たようです。


「……失神しても笑ってるって凄いな」

「治癒士はどんなときでも微笑むことができないと半人前だって言ってましたからね」


 いくら何でも徹底しすぎだろうと、若干の恐怖を覚えつつもヘルマンはローザを背負います。アンジェリークは切れ味でも確認するかのように遺体をじっくりと眺めていました。


 自由すぎるアンジェリークに色々言いたいことはありますが、そんな状況ではないですし、そもそも言えるかといえば難しいでしょう。相手が平民であればぶん殴っているところですが、公爵の子でしかも令嬢をぶん殴って叱りつけるなんて常識人たるヘルマンにはとても無理でした。公爵からは許されるどころか称賛されるでしょうしアンジェリーク本人も気にしないだろうというのは分かるのですが、無理なものは無理です。


「とにかく脱出だ。お前が先導しろ」

「沢山殺しつつ、ですね」


 ヘルマンは渋い顔で頷きました。


 アンジェリークが提案した騎士団内部で情報を抑える方法とは大元であるマフィアを壊滅させることでした。当たり前な話ですが、貴族がスラムの情報を得るにはタイムラグがあります。そのタイムラグの間に情報を入手する手段そのものをなくしてしまおうというわけです。


 マフィアを皆殺しにしようというアンジェリークの提案は頷き辛いものでした。それが例え、人を廃人にする麻薬の販売の元締めだったとしてもです。しかし、ここでマフィアを潰さねば用意の無い政変で大勢の民が被害に遭います。騎士として泥を浴びてでもそれを止める、ヘルマンは無理矢理納得していました。


 アンジェリークの動きで大きな音が発生していたため都合良くマフィア達が集まってきます。ふつうに考えれば多勢に無勢ですが、アンジェリーク、というよりも騎士であれば違ってきます。アンジェリークは縦横無尽に動き回り相手の反応速度を超えてやたら斬れる刀で道を切り開いていきます。逃げようとする者がいたらまるで天井を走るかの如く移動して殺し、逃がすつもりはないとマフィア達を牽制します。

 

 もしもヘルマンであれば体格に見合った力で剛剣を壁などあってないかのごとく振り回していたでしょうし、他の騎士でも時間は掛かれど対応できてはいたでしょう。試験で教官を圧倒していたためアンジェリークと他の騎士との実力差は大きく思えますが、実際のところ初見殺しが効いていたためであってそれほど大きくありません。ただ、アンジェリークは十三歳です。これから最も伸びる時期で本人も今に満足していません。今は勝てるけどやがて間違いなく勝てなくなるなと、マフィアを虐殺するアンジェリークを見ながらヘルマンはため息をつきました。


 マフィアの怒号が消え去り、自分たちの足音ぐらいしか聞こえなくなった頃、アンジェリークがふと呟きました。


「……せっかくだから騎士団がこの件でスラムに介入できるようにしますか?」


 アンジェリーク達の存在がなければマフィアの抗争で終わりそうな件に騎士団が介入する、ごく自然にそれができれば情報封鎖はより完璧になるでしょう。


「火はダメだぞ」


 この屋敷と周囲が燃えるような大火事が発生すれば鎮火のために騎士団や魔法戦闘団が出張ることになりますが、被害を抑えるために来たのに被害を増やすのは本末転倒です。


「火は最終手段ですよ。上手く行くか分かりませんけど、火事にはならなそうな方法はあります」

「本当だろうな?」

「使うのは主に水魔法です」


 本当だろうかと疑うような目でアンジェリークを見ましたが、アンジェリークは行動は破天荒ですが今までギルドカードの名前の欄ぐらいしか嘘はついていないなと気付きました。ならば、水魔法が主というのは信用できるでしょう。


「……やってみろ」

「はい!」


 アンジェリークは嬉しそうに頷くと、二人を先導するように歩き始めました。アンジェリークは屋敷を灯りを消しながら歩き回り、全てを消したところで屋敷の裏口から外に出ました。たかしに人目がない事を確認して貰いながら近くの路地裏へと隠れます。


「うぅ……あれ?」

「大丈夫か?」


 路地裏へと入ったところでローザが目を覚ましました。自分が背負われていると気付いたローザは慌てます。


「あ、す、すいません!」

「気にするな。立てるか?」

「はい! 大丈夫です!」


 ヘルマンの背中から降りたローザは羞恥心から顔を赤くしていました。そしてキョロキョロと周りを確認します。


「……終わったんですか?」

「今から最後の仕上げですよ」


 路地から少し出たところでアンジェリークは応えると、屋敷に向けて稲妻を放ちました。


 屋敷が爆音とともに吹き飛びました。窓も扉も壁も何もかもが内側からの爆発で吹き飛び、屋根が空高くバラバラに吹き飛びます。その衝撃波をモロに受けたアンジェリークはゴロゴロと地面を転がり、ローザは轟音に驚き腰を抜かすように尻餅をつきました。


 アンジェリークは立ち上がり、服に付いた土を払うと困ったように呟きました。


「威力が予想を遙かに超えましたね……」


 アンジェリークがやったのは水素爆発です。まだ公爵領で賊狩りをしていたころ、魔法で水が精製できるなら水素と酸素も精製できるだろうと気付いたアンジェリークは実際に水素と酸素を生み出す魔法を作り上げました。その時は水系の魔法は周囲から水分を集めるんじゃなくて実際に水を精製しているという事実確認程度で終わりましたが。


 ふと思い出して爆破に使えそうだなと思ってやってみたわけですが、ここまでの大爆発は予想外でした。ただ精製するだけだと空気中に分散して爆発しないだろうから魔法で一箇所に留まるように工夫したのが悪かったようです。


「何をやっているんだお前は」


 激怒のあまり顔を真っ赤にしたヘルマンが肩を怒らせて近付いてきます。


「落ち着いてください。ここまでの大爆発は予想外なんです。窓や扉が吹っ飛ぶ程度だと思っていたんですけど……まあ、結果オーライですね」

「何が結果オーライだ!」

「これで魔法戦闘団が確実に介入できます」


 屋敷が吹き飛ぶような爆発なんて魔法以外に考えられません。帝都内でそんな魔法が使われたら調査の為に魔法戦闘団が出てきます。


「兄様と情報共有をして確実に家を巻き込めるようにしましょう!」


 グッとガッツポーズで力説したアンジェリークの頭にローザの拳骨が突き刺さりました。


「あなたは一体何を考えているのですか! 街の被害もそうですけどあなた自身も危なかったでしょう!」


 公爵令嬢に仁王立ちで説教を始めたローザを、ヘルマンは敬意のまなざしで見つめました。

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