ラルゴ

薄明かりの街はまだ静まりかえっていて、鳥の声さえ掻き消すバイクのエンジン音と、ヘルメットを撫ぜる風の音しか聞こえない。案内をしてくれる雪花のあとにぴったりくっついて街の外へと出る。田んぼと数軒ほどまばらに建っている民家。周りにの反響物が無くなったおかげで音は何処までも伸びていく。朝日に少しずつ照らされ、色を取り戻していく山を越え、どこまでも届きそうな気がした。

「ふぁ..」

インカムから雪花の欠伸が漏れる。まだ眠たそうな彼女は車もいない寂れた直線の道路をゆるりゆるりと流していた。誰もいない道をゆったりと走ると、心にも少し余裕ができて景色をより楽しめるようになる。今までの速度で見逃していたものを見つけられると、知っている道でも冒険の入り口の様に感じられた。


日がある程度高く登り、視界がより鮮やかになる。山の木々の騒めきも心なしか大きい。路面が温まったおかげで、夜明けよりも少しだけ安心して走ることができる。街だったらもう忙しなく人が動いている時間だが、山の中はまだ時間が緩やかに流れていて澄んだ空気の中私たちはどこまでも進み続けた。道も段々と高い位置になり、遥か遠く、山の裾野には私たちの街が見えていた。

「鈴ちゃん、そろそろ休憩しない?近くに牧場に併設されたレストランがあるんだけど。」

「ん、いいね。一旦そこで休憩しようか。」

数分ほどで目的の牧場に着く。山の中を切り拓いて作られた牧場は、観光客向けに整備されており、立派な建物が建っていた。まだ開店して間もない時間だが、ちらほらと県外ナンバーの車も停まっている。

レストランに入ると、大きめの窓から春の陽光が差し込み気持ちの良い暖かさになっていた。席について軽食を注文した後、窓の外の牧場を見ると放し飼いの牛が寝そべったり、草を食んでいたりと牧歌的な風景が広がっていた。

名物のスフレチーズケーキとコーヒーを楽しみながら2人とも脱力して窓の外を眺める。時間も会話することも忘れて久し振りの穏やかな時間を過ごした。

食事を終えて駐車場から遥か先の山頂を見る。青い空と青い山、濃くも透き通る様な色がどこまでも続いていた。

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