グッドバイ

朝、寝ぼけ眼を擦りながら朝食を食べる。流石の結も血圧が上がらない朝のうちは大人しい。瑞々しい野菜を頬張りながら、ビュッフェスペースを行き交う人たちを眺める。時々スマホを見ながらも黙々と食べるビジネスパーソンや旅行先での雰囲気に当てられてはしゃぐ子供。職場という閉鎖環境に慣れ過ぎたせいか、他人の日常を掠めて自分の非日常があるということに少し不思議な感じがした。スープや焼き立てのパン、コーヒーなどの温かいものを食べるうちに少しずつ目が醒めてくる。ホテルの明るいビュッフェスペースで忙しなく動く人々。欠伸を噛み殺しながらナマケモノの様にスローに動く結。自分の周りの時間の流れがめちゃくちゃになっているみたいだ。

「ねぇ。」

結の声が呆けた自分を現実に引き戻す。

「そろそろ部屋に戻る?」

「そうだね。もうお腹いっぱい食べたし、チェックアウトまで部屋でのんびりしようか。」

部屋に戻って、歯磨きと軽いメイクを手早く済ます。そのあと私は窓側に座って街を、結は座敷に座ってテレビを見ていた。

A.M. 9:30

「そろそろ出ようか。」

と結が動き出す。

「そうだね。あまりチェックアウトが遅くなっても悪いし。」

2人はジャケットを羽織り、少ない荷物を持って部屋を後にする。

朝のピークを過ぎた人のいない、薄暗い廊下には私たちの声しか響かない。

「いやあ、ここからが長いなぁ。」

大きく伸びをした結が間延びした声で言う。

「帰り道、気をつけてね。ここまで付いてきてくれてありがとう。」

「たまには知らないところに行ってみなきゃね。楽しかったよ。今度は鈴河のとこまで行くから。」

「うん。楽しみにしてる。」

チェックアウトを終え、バイクのエンジンをかける。

「じゃあね。元気でやりなよ。」

「うん。結も。」

言葉数少なく別れを済ませると、別々の方向へと二人は走って行く。後ろから聞こえるエキゾーストノートは透き通った青空にのびやかに響き、そして消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る