故郷をあとに。

冬から春に移り変わって幾分過ぎた頃、鈴河は叔父に数日休みをもらって家に帰ることにした。長時間列車に揺られてようやく家に着いたが、体はボロボロだ。学生の時は狭い夜行バスでもこんなにはならなかったのになぁ、と体の衰えを感じてしまう。母は雑貨を作る習い事に、父はツーリングに行っていて家には誰もいなかった。自分の部屋に入ってすぐベッドに倒れ込み、起きた時にはもう夕方だった。

「まじか…」

久しぶりのまとまった休日を存分に楽しもうと思っていたのに。だけどまだやれる事はある。足早に車庫に行ってバイクの清掃を始める。エアダスターで埃を噴き飛ばし、フォーミングクリーナーで全体の汚れを落としていく。まぁほとんど汚れてはいないけど。明日からはバイクで雪花の家に向かう。長距離の旅に備えてしっかり綺麗にしておきたい。チェーンもしっかりと清掃、注油をする。バッテリーは父に頼んで時折充電してもらっていたので問題ない。数ヶ月ぶりにエンジンをかけるので少しかかりにくかったが始動も問題なさそうだ。最後にエアゲージで空気圧を測りながら空気を入れておしまい。雪花の母のバイクを直すことに比べたら簡単で地味な作業かもしれないが、鈴河はこういった作業が嫌いではなかった。光を反射して輝く自分のバイクを満足そうに見る。

「明日はよろしくね。」


雪花の家を目指して早朝に出発する。朝の爽やかな風がこれから始まる旅への期待を煽る。誰もいない道路に少しずつ日の光が降り注ぐ中にエキゾーストノートが伸びやかに響く。自分が子供だった頃通い慣れた道を横目に見ながら通り過ぎる。もう10年以上前の毎日は、同じ道でも新しい体験に満ちていた。懐かしさを吸い込みながらアクセルを握る手に力を込めた。


しばらく行ったところのコンビニに入ると結がR6といっしょに待っていた。

「おはよっ!」

「おはよう。結が私より先に着いて待ってるなんて珍しいね。」

「久しぶりに知らない所に行くからワクワクしてね。早めに着いちゃった。今日はよろしく!」

(行くって言ったのは昨日の今日なのに。途中まででもこの長距離をついてくるなんてバイタリティあるなぁ…)

「ちょっとおにぎりとお茶買ってくる。ルートはその間に決めよう。」

まだ朝早いせいで胃の中にあまり食べ物は入らない。和風ツナマヨと緑茶でささっと朝ご飯を済ませ、ルート検索もそこそこに出発した。湖沿いを走っていると煌めく湖畔の上で漁をしているのが見える。道路に車が殆どいないとはいえ相変わらず速度超過ギリギリで走っている結を追いながら故郷の景色を目に焼きつけた。しばらくは帰ってこれないだろう。

「あっちでの仕事はどう?」

「従姉妹も叔父さんも優しいからのびのびやれてるよ。お客さんもいい人が多いし。」

「いつか鈴河のコーヒーとスイーツ食べに行くよ。遊びに行った時はよろしくね。」

「うん。その時は旦那さんと一緒に旅行がてら来てくれると嬉しいな。」

結と話しているうちにどんどん景色が通り過ぎ、いつの間にか県境が近づいている。

今日のうちに距離を稼いでおくために自専道にのる。2つのバイクが唸りをあげて加速する。バイクがジェット機の様な音を立てて走っていると、まるで飛行機のパイロットみたいだな。そんな子供じみた想像が頭の中に巡る。運転に集中していると他の悩みなんて全て吹き飛ばしていける。無敵だった子供時代みたいに。朝の淡い景色の中鈴河はバイクと共に故郷をあとにした。

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