この日常を楽しもう
叔父さんのゲストハウスで働き始めて1週間。鈴河はひたすらお菓子作りとコーヒーを淹れていた。
「まさかお菓子作りの経験がこんな所で活きるとは…」
ただ、叔父に教えてもらったとはいえ、昔とは作る量が段違いだ。叔父はそれでも本業のカフェと比べたら大分少ない方だと言う。叔父がゲストハウスの一部を昼間だけ開放してやっているカフェスペースはそれなりに賑わっている方だと思うのだが。ラテを作れるのは叔父だけなので、ラテほど注文が多くないコーヒー担当の私は空き時間でひたすらスイーツの仕込みをする。表の方はあまり覗かないが、それでも時よりお客さんが笑顔になってくれるのは嬉しい。
「知らなかったよ、鈴ちゃんがお菓子作りだけじゃなくてコーヒーも淹れられるなんて。」
「甘いものに合う飲み物を美味しく淹れられるようになりたかったからね。昔結構練習したんだ。」
「鈴ちゃん料理殆どしないのにお菓子とコーヒーはめちゃくちゃうまいの意外だったなぁ。」
確かに偏食気味なのは認める。
「でもこっちに来て料理も楽しくなってきたかも。雪花ちゃん教えるの上手だね。」
「まあ親子2人でずっと料理作ってきたし、これで下手っていうわけにはいかないからさ。鈴ちゃんもどんどん上手くなってるし、仕事で楽できる日も近いかもね。」
「うん、頑張るから期待しといて!」
とはいえ、料理の腕はまだまだだ。味は近いものを作れるようになってきたが、雪花のスピードに追いつくことが出来ない。経験値の差はこれからじっくり埋めていこう。
仕込みを終えてあとはお客さんを待つばかりだ。
「鈴ちゃん、佐々木さんのところまでコーヒーとサンドイッチの配達お願いできる?」
「いつものですね。承知しました。」
鈴河は手早く出前用のボックスに人数分のサンドイッチとコーヒーを詰め込み、配達先まで出かける。この時間帯になると近くで店をやっている人たちから週に何度か注文が入ってくる。叔父の店だけでなく、近隣の店でのやりとりはかなり活発で、お互いに協力し合う事もあるようだ。
「佐々木さん、注文の品、お持ちしました。」
「ありがとう。鈴河ちゃん。もう仕事には慣れた?」
「はい。といっても私がやっているのはほんの少しですけど。なんとかやらせてもらってます。」
土産物屋を営んでいる老婆は優しそうに微笑した。
「そう。よかった。この季節は人が沢山来るから大変でしょう。頑張ってね。」
「ありがとうございます。頑張りますね。」
お代を受け取って店に帰る。最近色々な人とやりとりをするので、地域の人とこんなにも関わる機会があるのかと驚かされたが、叔父と雪花は周囲の人にとても好かれているらしく、親戚の私のこともすんなりと受け入れてくれた。のんびりした土地柄からだろうか。ゆっくりした優しい会話が少し嬉しい。少し浮かれた気分で帰ってくると飲食スペースは思いの外賑わっていた。
「鈴ちゃんおかえりっ!コーヒー10杯お願いっ!」
「10っ!?了解っ!」
急いでポットを火にかけ、豆を計量してグラインダーで挽く。その間にカップと器具を温めなければ。ドリッパーを2つとり、お湯を通して温める。ペーパーをセットし、挽いた豆を入れて整える。お湯を静かに注いで蒸らすと、豆から出たガスが出てドーム状に豆が膨らむ。
ガスの放出が落ち着いたのを見届けて、お湯を少しずつ回し入れる。ゆっくりとお湯が豆の間を通り、コーヒーになって落ちていく。出来上がったコーヒーはスッキリとした香りを放っていた。上出来。攪拌してからカップに注ぎ、トレイにソーサーとセットで置いて叔父さんへ。
「鈴ちゃんいきなりごめんね。団体さんで忙しくて。」
「ううん。良かったよ、まだ来店したばかりで。」
雪花と喋りつつも淹れた後の器具を片付ける。最近作業に余裕が生まれて、コーヒーやスイーツの提供も楽しくなってきた。お客さんも穏やかないい人ばかりだ。
「鈴ちゃん最近ちょっと楽しそうだね。」
「うん。ちょっと楽しいかな。まだこの仕事の本当の苦労を知らないだけかも知れないけど。」
「かもね。まぁそれぐらいが丁度いいよ。」
と雪花は笑った。
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