第5話

快晴の空の下鈴河は1人高速道路を走っていた。本当は結と2人で行く予定だったが、結が2日前に受けたワクチン接種の所為で手が上がらなくなってしまい泣く泣く諦めたのだった。私も今日は家に居ようと思っていたのだが

「土産話と美味しいものよろしく✌️!」

といつもの調子で結に押し切られ、遠距離おつかいツーリングになってしまったのだ。しかも母まで便乗し、お金を握らされて

「ご当地の美味しいお菓子買ってきてね。」

と圧をかけられては今更行き先を変更することもできない。

「ソロツーも楽しいけど、数時間真っ直ぐな道を進むのもけっこうツラいんだよなぁ…」

せめて高速道路にも絶景スポットとかあればいいのに。基本的に人のいない山道を走るのが好きなので、ほぼ真っ直ぐな高速道路の単調さは好きではない。景色も道路沿いの木が全部隠してしまう。走れども走れども見えるのは空と木、木、木、木。長い間会っていないわけではないのに、結の騒がしさが懐かしくなってきた。唯一楽しいのはデイトナのジェット機の様な吸気音のみ。

早く目的地に着いてくれ、と念じながら走っていると向かいの車線からハーレーの集団が地響きの様な音を立てて走ってきた。一応挨拶はしとくか、と左手を挙げる。しかし集団は鈴河のことなど見ていないかの様に通り過ぎていった。

「あはは..やっぱりね。」

アメリカン乗りはなかなかヤエーしてくれないんだよなぁ。ただの経験則に基づく偏見だけど。

2時間ほど走って少し疲れてきたのでサービスエリアに入る。今日は日差しが暖かいのでバイクが多く駐車場に停まっていた。

「やっぱり多いな…」

人混みは好きではないけどここを逃すと次のサービスエリアはだいぶ先になってしまう。バイクを停めた後トイレに行き、売店を見て回った。だがサービスエリアの売店はお土産としてオーソドックスなものが多く、母と結にお土産として買えるものはなかった。外のベンチに座ってコーヒーを飲んでいるとサイドカー付きの大きなハーレーが入ってきた。相当長距離を乗るらしく、リアシートやパニアを付けてしっかりと積載している。運転手の男性はヘルメットを取ってサイドカーから犬を抱き上げた。小さな体でふわふわの尻尾をぶんぶんと振り回している。何より飼い主とお揃いの犬用革ジャンを着ているのがとても似合っていた。

「かわいい…」

じゃれつく1人と1匹を見て癒されていると不意にその男性と目が合う。男性はニコッと笑みを浮かべ、犬と一緒に芝生の方へと歩いていった。

「私もちょろいなぁ」

赤くなった頬に缶を当てて熱を冷ました。

3時間は走っているけどまだ道半ば。こんなに長い距離を走るのは学生の時以来かもしれない。あれから何度か休憩をとったがSSの前傾姿勢では疲労は溜まる一方だった。

「長距離ツーリングだとクルーザーとかネイキッドのバイクが羨ましくなるなぁ。」

背筋を伸ばしてゆったりした姿勢で景色を観ながら旅を楽しむ。そういった情緒ある旅に憧れがないわけではなかった。最初はもう少し楽な姿勢で乗れるバイクを探していたが、一目惚れで今のバイクを買ってしまっただけなのだ。腰にかかる負担を逃そうと体を動かしてみるものの、やはり痛みは引いてくれそうにない。旅はなるべく安全に。だけど早く。知らず知らずのうちにスピードが上がる。自分にしては、の話だけど。警察に捕まらないギリギリの速度で目的地へ急ぐが、国家権力を恐れない無法者にビュンビュン追い抜かれた。


昼過ぎになり、目的地は海峡にかかる橋を渡ってすぐの所まで来ていた。橋を渡る前に昼食を取ろうと、魚市場で食事処を探す。施設内には海の幸をふんだんに使った料理を出す店が立ち並んでおり、観光客でごった返していた。入れそうな店を探してぶらついていると、海が一望できるカフェらしき店に出くわす。中に入ると少し寂れた感じの喫茶店という感じだった。にこにこしたおばちゃんに海鮮丼を頼み、海峡の向こう側を眺める。白波がたつ海の向こう側ではまだ知らない土地が広がっている。運ばれてきた海鮮丼には分厚く切られた刺身にわさびと海苔が加えられ、まさに港のご飯という感じだった。醤油とわさびが魚とご飯に絡みまったりとした食べ応えながらもわさびと海苔のお陰でどんどん食が進む。予想していたより大盛りでお腹がパンパンになってしまったがとてつもない満足感だった。

少し海沿いを歩くとヤシの木が幾つか並んでいる。自分の住んでいる場所より大分暖かいのだろう。実際、数時間南に走っただけで少し汗ばむくらいの気温になっていた。

しばらく歩いて体を軽くしてから目的地へ向けて出発した。あとは海峡を渡り、都市の中心部にあるホテルに向かうだけだ。海を渡るため大きな橋の上を走る。風が強く吹いているので、バイクに体を密着させていなければならない。景色が見づらかったが、それでも大きな橋から見渡す海原はどこまでも続いているようで、まだ見たことのない場所に行けることに期待と興奮を覚えた。

高速道路が中心部に近づくにつれて複雑になってくる。ビルと同じ高さで人の上を縫う様に通っている道は、さながら空中散歩をしているようだ。流石に都会というだけあって車が多く、速度を落とさざるを得ない。

「速度出ないと熱いな…」

スローペースで流れる道路にバイクの冷却水の温度がどんどん上がる。くるぶしにバイクの熱が当たり、エンジンをさらに冷やそうとファンが回り出す。やっぱり人混みはニガテだ、とげんなりする鈴河。元々結と2人で予約したホテルだったが、自分もキャンセルして別のホテルを探す時間もなかったので、人混みの少ない場所に変更出来なかったのだ。結がいたら渋滞中でもお喋りで乗り切れたんだけどな、という考えが頭をよぎるが、たらればを考えても何にもならない。せめてリッターバイクじゃなかっただけマシかな、と自分を納得させて数十分バイクの熱さと渋滞に耐え続けた。

ホテルにチェックインして部屋に入り、ベッドに倒れ込む。

「うおぉ疲れたぁぁ〜。」

ホテルに着いたらすぐにシャワーを浴びて街に出かけようと思っていたのだが、数時間前傾姿勢でバイクに乗り続けた疲労感に瞼が重くなる。まぁ、少しくらいなら寝てもいいだろう。


目を覚ますと時計の針は10時過ぎを指していて、あたりはすっかり暗くなっていた。ただビルや街頭など町の明かりが煌々と辺りを照らし出し、私の住んでいる田舎よりも数段明るい。

「こんな時間じゃ空いているのは居酒屋くらいだろうし、街をぶらぶらしようかな。」

シャワーは帰ってから浴びることにして外に出る。仕事終わりの会社員たちがスーツ姿で思い思いの店に入っていく。今のところお金に困っているわけではないが、ニートだから安めの店にしよう。数分歩いたところで飲み放題千円の居酒屋があったのでそこに入ることにした。店内は大勢の客で賑わっていた。カウンターに座り飲み放題とフライドポテト、焼き鳥をセットで頼む。先に届いたリンゴサワーを一気に呑み干す。炭酸とリンゴのすっきりした甘味が渇いた喉に染み渡り1日の疲れが癒やされていく。焼き鳥とポテトに合わせてビールも頼んでおこう。頼んですぐビールと焼き鳥が出てきた。よく冷えたビールとこってりしたタレのついた焼き鳥があう。塩も頼んでおけば良かった。焼き鳥を食べ終える頃には、炭酸と焼き鳥だけで満たされた感じがしていたのだが、ポテトを折角頼んだので他のお酒を飲みながらちびちび食べることにしよう。

頼んだ食べ物を食べ終え、何杯か酒を追加で頼んだあと鈴河はその店を後にした。夜の灯りの中を人混みに紛れて歩く。親しげに話す男女や、千鳥足の同僚の体を支えながら笑うサラリーマン。都会の夜は田舎と違ってかなり賑やかだ。しばらく歩いたあと酔いが覚めてきたのでコンビニでアルコールと肉まんを調達して食べながら夜の街を歩いた。心地よい夜風に吹かれながらリズム良く。少しずつ喧騒から遠ざかる。今の私は社会から切り離された存在だけどもう少しこのままでもいいと思った。


ぐっすりと寝て、起きた時にはもう昼前だった。あと1日泊まるのでチェックアウトの心配はしなくていい。昨日は少し飲み過ぎたので、歩いて街を散策することにした。そういえば結と行こうとしていた明太子を使った食事をメインとした店のことを思い出した。

「場所はホテルからあんまり離れてなかったはず…」

スマホを出して位置を調べようとすると結から電話がかかってきた。

「Hey,鈴河!今どの辺!?」

「ホテルの近くを歩いてるよ。前に調べた明太子のお店に行ってみようと思ってるんだ。」

「おっけー。じゃあそこで集合ね!」

「へ?」

切られた。とにかく行ってみよう。

15分ほど歩くと目的の店が見えた。駐車場の方から結が出てきて声をかけてきた。

「鈴河!おーい!」

「結!何でここにいるの!?」

「昨日痛みが引いたから今日の朝早起きして来たんだよ。旦那が友達ひとりで行かせてないで私も行ってこいよって。それにしても早起きキツかったわ〜。」

結構距離あるのに昨日の今日で来るとか…相変わらず凄い行動力だ。

「お疲れ様。休憩がてらご飯食べようか。」

「そうだね。流石にSS6時間は疲れるわ。休憩も少なめにしてぶっ飛ばして来たんだけどなぁ。」


店の中に入ると店内は照明を抑え目にした、少し薄暗い、落ち着いた雰囲気だった。2人ともお腹がペコペコだったのですぐさま一番人気の明太子重を頼んだ。

「鈴河今日はバイクに乗ってなかったんだね。」

「ちょっと昨日夜遅くまで飲んでたからね。飲酒運転になってもまずいし。」

「鈴河お酒好きだもんね。どうせコンビニでも安酒買って飲んでたでしょ。まぁバイクに乗ってなかったおかげで早めに合流できてよかったわ。」

「人を酒カスみたいに言わないでよ…」

少しお喋りしているうちに明太子重が届いたので2人とも喜び勇んで蓋を開ける。中には艶々の白米の上に丸ごとの明太子、刻み海苔が添えられていた。出汁をかけて早速一口目を頬張る。白米のモチモチ感に明太子の丁度良い辛味、プチプチとした食感がプラスされ口の中が楽しい。出汁が米と明太子に絡みつき、全体的な統一感を演出している。酒を飲んだ翌日の体に嬉しい味だ。

結の方を見ると何やら難しい顔をしている。

「どうかしたの?」

「うちのカフェのランチでも明太子パスタを出してるんだけど、ここみたいにもっと明太子の味を活かした味に変更出来ないかなと思って。うちのも美味しいと思うんだけどまだまぁ上を目指したくて。」

「洋風テイストも悪くなかったと思うけど。やっぱり日本人だから出汁を使った和風の味付けに親しみが湧くのかな。」

「取り敢えず研究用に帰りがけに明太子買って帰るよ。」

と言うと小難しい表情を変え、結は夢中で明太子重を食べ進めた。


「鈴河、この後どうするの?」

「近場を歩いて回ろうかなって思ってたんだけど、結が来たからプラン変更かな。天満宮でもいく?」

「鈴河あんまり人の多いとこ好きじゃないじゃん。こことかどう?」

結が見せてきたのは中心部から離れたところにある温泉だった。

「朝早くからずっと走り通しだったからお風呂に浸かってのんびりしたいんだよね。」

「いいよ。じゃあ私もバイク取ってくる。」

「ありがと!じゃあそこのコンビニで待ってるから。よろしく。」

バイクをとって合流し、温泉に向けて走り出した。

温泉は思いの外近く、30分ほどで目的地に着いた。温泉は住宅街を抜けて丘を登ったところにあり、丘の上から見下ろすと住宅街の向こうには高架と中心街が見える。

「都市の中心に近いのに結構静かなんだね、ここ。」

「公共交通機関がこっち側にはあまり来ないからね。自走できた者の特権ってやつ?」

「お風呂から街全体が見渡せるのにこんなに空いてるなんて得した気分だよ。教えてくれてありがとう、結。」

満足気に結が笑みを浮かべる。

2人は少し温めのお湯に浸かりながら、しばらく無言で遠くの景色を見つめていた。

風呂上がりに牛乳を飲んでいると

「そろそろホテル戻る?」

と訊いてきた。

「そうだね。早めに帰って飲みにいこ!」

「酒飲みめ…」

ホテルに戻りバイクの装備を部屋に置いて私たちは街に繰り出した。


数時間後。

「重い…」

ぐでんぐでんに酔っ払った結を支えながらホテルへの道のりを進む。

居酒屋に着いた後、鈴河があまりにもハイペースで飲むため、それに張り合って泥酔したのだった。

「まだ気持ち悪い…」

「当たり前でしょ!自分の限界も無視して飲むなんて!取り敢えずこれ飲んどいて!」

結に水を差し出す。

「もうお酒やめる〜うぇぇぇ…」

「はいはい。一体いつになったら本当にやめるんだか。もう少しだから頑張りなよ。」

やっとのことでホテルのベッドまで結を運んだが時刻はまだ午後8時。基本的にザルの鈴河にとってはまだ物足りない。

「コンビニ行くけど何か買ってくるものある?」

「味噌汁…」

「了解。でもちゃんと落ち着いてから飲みなよ。」

しょうがないな、と言うふうに少し呆れた様な笑みを浮かべてコンビニへ向かった。

カップ付きインスタント味噌汁、ポテチ、チーズ鱈、あとはストロング系の酒とビール。袋一杯に詰めてホテルの部屋に戻る。思いの外結は元気になっていた。

「おー、おかえり。」

「気分は良くなった?」

「うん。吐いたらスッキリ。」

「これからまだ食べようとしてるのにそんなこと言わないでよ。」

ホテルの備品のポットでお湯を沸かして味噌汁を作り結に手渡す。

「さんきゅー。他に何買ってきたの?うげっ、ほとんど酒ばっかりじゃん。」

「しょうがないでしょ、誰かさんのお陰であんまり飲めなかったんだから。」

「飲めなかった?あれで!?!?」

1缶めを開け勢いよく飲み干す。

「人それぞれでしょ。結がカフェやレストランで私の倍以上頼むのと一緒だよ。」

「食べ物は気持ち悪くならないもん。チー鱈もらうね。」

「まぁ明日帰らなきゃいけないわけだし、私も程々にするよ。」

一瞬程々とは?と言う様な顔をしていたが、やれやれといった感じで結はソファに座りなおした。

向かい側の椅子に座って外の景色を見る。

「2人で観光出来なかったね。」

「また来ればいいんじゃない?2度と来れないような距離じゃないし。」

「そうだね。でも長距離ツーリングはしばらく遠慮しとこうかな。明日また背中が痛くなりそうだし。」

「私たちのバイクはしょうがないよ。でも楽しいからいいじゃん?」

いつもと変わらない新鮮味の無い会話。でも1人で来た時よりもっと楽しい。

「今度は北の方に行ってみようか。見たことのない場所を見に。」

明日で別れを告げる都市の灯りをみながら鈴河は呟いた。

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