第3話

少しずつ秋が深まり、日の出が遅くなる。元々夜型だった鈴河は日の光が入る時間が遅くなるにつれて起きる時間が遅くなっていた。働いていた時は毎日目覚ましをかけて起きていたのだが、無職になった今では煩わしい目覚ましは切っていた。それでも遅くて7時半に起きられるのはバイクというモチベーションがあるからだ。バイクに乗って何処かに出掛けるだけで時間がどんどん過ぎていってしまうので、午前中一杯眠って棒に振るという選択肢は無かった。家から出ると先日より気温が下がっているのを感じる。バイクで走り出すと風が予想以上に冷たい。ジャケット自体は風を通さないものだが、バイクのカウルからはみ出している袖口から入ってくる風が容赦なく体温を奪っていく。

「やばい、手の感覚が無くなる前にどうにかしないと。」

急遽予定を変更してバイク屋に寄る。手首を寒さから守れるものがないかグローブの棚を物色する。その中から冬用のインナーグローブを見つけ手に取った。よく伸びる素材だが、手首から上の生地が厚めに作ってあり防寒性が高そうだ。

「店長、これお願いします。」

「ありがとう。寒波のせいで急に寒くなったよね。寒さで体が固まって事故が起こりやすくなるから気をつけて。」

「ありがとうございます、店長。じゃあ行ってきますね。」

一度停めていたせいでタイヤが冷えてしまっているのでゆっくりと走り出す。それでもインナーグローブが手首を守ってくれるお陰で先程から悩まされていた寒さはどこかへいってしまっていた。通常の状態を取戻し、運転に支障をきたすことはなくなった。住宅街や学校が密集している丘を通り、郊外へと抜け出す。田んぼの間の道路をいくと目的の神社が見えてきた。入り口近くの駐車場に停めて境内に入ると、木が生い茂っていて外の世界の明るさと比べ、一段暗くなっていた。薄暗い境内をさらに奥へいくと池があり、数人が紙の上に硬貨を置いて池に浮かべていた。この神社で有名な占いだろう。境内の雰囲気と合わさって不思議な感じがした。少しの間見ていると、硬貨を載せた紙は次々と池の底に沈み込んでいった。人が去った後で池を覗き込んでみると、沢山の5円玉が沈んでいる。おもしろいな、と思ったが占いはあまり信じないタイプだし、1人でやっても面白味に欠けると思ったのでそこを後にした。あまり信仰心とは縁は無いが神社や仏閣の雰囲気は好きだ。特にあまり人が来ていない時に行けば、社会から離れた静かな空間に浸っていられる。神秘的な雰囲気を楽しみつつ、昔の人が遺した建物や仏像を見ると、自分が普段気にしていることなんて小さなことの様に思えた。

時々、来た時と反対側の車線を走っているだけなのに世界がまるで変わって見えることがある。来る時気づかなかったものにふと目が止まる。何の建物かわからなかったがに、洋風で漆喰で作ってある建物に看板が出ている。何かのお店かな?と気になったので、バイクの機動力を活かして駐車場に入る。軒先には観葉植物が並び、その隙間に見える窓から暖かい光が漏れている。扉を開けるとドアチャイムのカランカランとこ気味良い音が店内に響く。店内には所狭しと家具や雑貨が並べられ、御伽の国に迷い込んだ様だった。陶器で出来たうさぎ、金色の鳥のブローチ。アンティークの戸棚には綺麗な花の絵があしらわれたティーカップが整然と並べられている。店内を歩き回っているだけで小さな世界を旅している気分だ。カゴの中にあった宝石の様な色をした石鹸を手に取って見ていると、

「その石鹸は天然素材にこだわって作られているんです。保湿成分も入っていてこれから乾燥する季節にとてもいいですよ。」

と店員さんが教えてくれた。あまり嵩張らないものだし、シートバッグにも入りそうなので自分と母の分をひとつずつ買っていくことにした。帰ってから使うことを楽しみに、傾いた太陽を横目に寒空の下を走る。帰る頃には夜みたいな暗さになっていた。帰ると、

「おかえり。今日は寒かったでしょう。先にお風呂に入ったら?もうお湯は入れてあるから。」

と母が気を利かせてくれたのでお言葉に甘えることにした。

「ありがとうお母さん。あ、入浴用の石鹸買ってきたからよかったら使ってみて。」

と買った石鹸を手渡し、風呂へと向かった。シャワーがゆっくりと寒さで強張った体を温めてくれる。新しい石鹸を早速使うと、柑橘系の香りが体を包み込み、1日の汚れも疲れも全て溶かしてしまった。

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