今日、死にゆく君を助けるために

新田光

大切な君を助けるために

『速報です!今日、佐藤栞さんが何者かに刺され死亡しました。犯人は未だ逃走中で、詳細はわかっておりません』


 そんなナレーションがニュースで流れている。それをテレビの前で動揺しながら、渋谷歩夢は見ていた。信じられない。そんなことあるはずがない。そう声に漏らしながら、号泣もしていた。そこで感情が耐えきれなくなった彼の意識はポツリと途切れ……


「嘘だ!」


 ベッドから目覚めた。


 今の出来事は彼の見た夢だった。それに安心して、胸を撫で下ろす……なんてことは歩夢にはできない。何故なら、彼には予知夢という不思議な力がある。しかも、彼の見た夢は百パーセント現実に起こるのだ。つまり……


「いずれあれが現実に……」


 恋人の死がいずれ起こってしまう。だが、


「まだ間に合う!」


 そう思い、スマホで彼女に電話をかけた。


「ふぁ〜、何?朝早くから。私、今日友達と約束してるんだけど」


「ダメだ!今日は一日家にいろ。絶対外に出るなよ!じゃないと死ぬぞ」


 家にいればあの悪夢は起きることはないため、強い口調で栞に忠告してしまう。しかし、


「ふざけないで!突然電話してきて、不謹慎なこと言うし」


 歩夢の事情など知らない栞は反論する。その後、


「私が元カレと別れた理由話したよね。束縛したり、プライベートに干渉してくる人嫌いなの!それが守れないなら、歩夢とも別れるよ」


 別れるという言葉に萎縮してしまう歩夢。それ以上は言葉を紡げず、一方的に通話を切られてしまった。


「くそ!やっぱ、わかってもらえないか」


 わかってはいた。突然、死ぬと言われても信じてもらえるわけがない。それでも、自分の夢は現実になる。誰がどう言おうとその現実からは逃れられないのだ。なら、取るべき行動は一つだ。


 自分が行動して彼女を救う。そう思い、歩夢は行動を始めた。


 早くしなければ栞が出かけてしまうので、急いで支度をして家を飛び出した。


 一秒でも時間を無駄にできない歩夢は、いつもはしない全力疾走をして必死に彼女の家へと向かう。


 あれから、五分ほどで家に到着。息切れがひどかったが、栞の家のインターホンを押していく。


「はーい」


 インターホンから色気があふれる声が聞こえてきたが、歩夢には小さい頃から聞き慣れている声なのでその声に胸がドキッとすることはない。


「栞いますか?」


「栞なら今出かけたわよ。もしかして約束とかしてた?」


「いえ、してないですよ。それより、どこに行ったかわかりますか?」


「そうね……渋谷のデパートで友達と買い物って言ってたかな?」


 どうやら間に合わなかったようだ。それに内心では焦りを見せるが、表面上は取り繕う。


「ありがとうございます」


 母親に居場所を教えてもらい、その場所に向かっていった。


(なんて言われるんだろうな)


 彼女の怒りを買い、しつこく追い回すなど彼女の性格上絶対に別れを告げられる。それでも……絶対に死なせたくない。その理由だけで歩夢は行動することができる。


 目的地のデパートに到着したが、日曜日で人が多くてこの中から栞を見つけるのは困難を極めた。


 栞が行きそうな店をしらみ潰しに探しすが、影どころか気配すら感じない。


 こうしている間にもあの夢が現実になっている可能性に焦燥感が募っていく歩夢。そんな時……友達と仲良く歩いているポニーテールの少女を見つける。


 そのポニーテールに見覚えがあったので、


「待って!」


 急いで駆け寄り肩を掴んだ。


「あのー、誰ですか?」


 しかし、人違いだったようで、その少女は不思議そうな顔で歩夢を見ていた。それを見て歩夢も、「すいません」とだけ一言声を発し、そっとその二人組から離れた。


 やっと見つけたと思ったのに、人違いだったことに更に焦りが見え始め、それが表面上にも現れるようになっていた。そして、再び栞を探そうとしている時、


「何やってんの。そんなムキになっちゃって」


 後ろから聞き覚えのある声を聞き、振り返ると栞がいた。


「栞!」


「近寄らないで!」


 生きている事に嬉しくて近づこうとした歩夢を全力で拒否する。だが、これだけ嫌がられる理由が歩夢にはわからず、困惑してしまった。


「なんで!なんで、俺を遠ざけるんだよ!」


「なんで来たの?私言ったよね。プライベートに干渉してくる人嫌いだって。なんで言ったこと守ってくれないの?」


 彼女の言い分としては、デートやSNSでのやりとり以外は自由にしてほしいというものだった。


 確かに、歩夢もそういう性格なので気持ちはわからなくはない。だから、平時であればその意見に賛同するし、これまでも守り続けてきた。だが、今は緊急事態。それを守ってあげている暇などないのだ。だから……


「頼む!今日だけ。今日だけでいいんだ!だから、俺の言う通りにしてくれよ」


 自分の気持ちをしっかりと伝えていく。でも……


「意味わかんない!」


 それだけ言い放ち、その場から去ってしまった。


 別れるとは言われなかったので、まだ彼氏でいてもいいということだとは思う。


(次見つかったら、本当に別れを告げられるかも……でも、彼女が死ぬのはもっと嫌だ!)


 もし……自分の彼女じゃなくなってしまっても、栞の笑顔が見れるのならそれで構わない。一番最悪なのは、彼女という存在がこの世界から消えてしまうことだ。


 その考えに辿り着いたのなら臆するな。自分を信じ、行動して彼女を救い出すだけだ。


 そして……またも彼女を追いかける。だが、彼とてバカではない。


 今度は真っ向から向かっていくのではなく、尾行する。いつ事件に巻き込まれても守ってやれるように。


 そう思い行動しようとしていると……


「あれ、歩夢じゃん。何してんの?」


 友達のじゅんとその他四人が話しかけてきた。


「もしかして暇?なら、一緒に映画でも見ねぇ」


 その他四人の一人、一番背の低いあつしが声をかけてくる。


「悪い!また今度な」


「ったく、つれねぇやつ」


 友達の誘いを淡々と断り、栞が歩いて行った方へと走っていく。


 友達と一緒にデパートを出る栞の後ろ姿を発見したので、見失わず、見つからない距離を保っていく。


「で、あのコスメ超良くない?」


「うん、今まで使った中で最高だったよ」


 女子同士の会話で話が盛り上がっているが、男の歩夢にとっては意味がわからないので、その話はなんとなく聞いていくだけにする。


 草陰、コンクリートの壁などに隠れながら、二人を尾行していく。


 彼女を救うための行為だが、なんだかストーカーをしているみたいで、罪悪感が彼の胸の中を覆っていく。


 そして、二人が目的の店に入っていくところが見え、しばらく経った後にその店に向かっていく。だが、その店が男性の入りにくい店だったので、仕方なく外で待つ事にした。


 怪しい人物が店に入って行かないかをしっかりと見張りながら、彼女達の帰りを待った。


 それから一時間くらい待つことになったが、無事彼女の帰還を見届けれて、内心安堵で一気に脱力してしまった。


 やはり見えていない間は緊張感が倍かかって心臓に悪い。


 彼女たちが歩いていく。それをまた尾行して行った。そんな時、


「なんかつけられている感じしない?」


 友達の秋が栞に声をかける。その言葉に歩夢の存在を疑い、後ろを振り返った。しかし、誰もいなかったので、


「確か、近くに人が歩いてた場合、いなくなっても少しは気配が残るらしいよ。だから、それじゃない?」


 誰もいなかったことにそういう結論をつける栞。それに秋もそっと胸を撫で下ろし、再び次の目的地へと向かっていった。


 実際は歩夢が見つかりそうだったのだが、間一髪のところで近くの茂みに隠れ、難を逃れる事に成功。


「危ねぇー」


 見つかれば、今度こそ別れを切り出されると思うので、見つからなかったことは幸運だった。


 その後も罪悪感と戦いながら尾行してき、栞が事件に巻き込まれないように周りも注意していく。


 次もおしゃれな雑貨が売っている店に入っていき、女はそういうものが好きだなと思いながら、また外で待つ事にする。


 また、三十分近く店から出てこず、忍耐的にも苦しくなってくる。だが、栞を守ために気力で乗り切る事に成功。


 その後も尾行を続け、彼女たちは二股の道で立ち止まる。


「今日は楽しかったよ。じゃあね」


「うん、じゃあ」


 結局、何事を起きず二人は別れた。その時に、栞は秋に手を振っていた。


 秋と別れた栞だが、まだ家路までにあの夢が現実に起きるかもしれないので、尾行を続行。だが……


「いつまでついてくる気なの?」


 夜道で立ち止まり、急に声を発する栞。その声が自分にかけられているものだと理解した歩夢は観念して、彼女の前に姿を表す。


「いつから……」


「昼頃に洋服店に入った時からだよ」


 あのピンチを凌げたと思っていた時だ。本当はバレていたのだが、秋に心配をかけないように誤魔化したらしい。


「こんなことまでして、私を困らせたいわけ?」


「ちが……」


「違わないじゃない!秋とはなかなか会えないから、とても楽しみにしてたのに……アンタのせいで台無しよ!どうしてくれるの!」


 彼女の本心が静かな夜道に響き渡る。その声は決して鼓膜を刺激するものではなかったが、歩夢にとってはどんな声よりも身体中に刻まれるものだった。それにより、歩夢は言葉を紡ぐ事ができなくなった。


 栞が無言で立ち去っていく。それに声もかける事ができず……それを見ているしかなかった。そして、


「もう帰る。家に着いたら大事な話があるから電話するよ」


 そう一言だけ歩夢の耳に刻まれた。


 大事な話。おそらく別れ話だろう。だが、なぜ今言わないのか、それだけが彼の気がかりだったが、それが彼女の最低限の優しさなのだろうと理解した。


 心の準備をさせるための猶予が今ある。今なら……そう思うが、体が動かない。


 そんな雑念が身体中を支配していると……彼女に近づこうとしている人影を目の端に捉えた。しかし、捉えた時には既に遅かった。


 栞が突然倒れた。


 その横を帽子にマスク姿の怪しさの塊が走り去っていった。


「栞!」


 人影などどうでもいい。今は栞のとこに向かうのが先決だ。


 急いで栞に駆け寄り、彼女の体を起こしていく。


 出血が酷かった。放っておけば出血多量で死んでしまうほどに。


 その時、歩夢は夢に見た最悪を想定した。だが……あの夢と現実では状況が違う。


 確証はないが、あの夢では彼女は一人だったはずだ。しかし、今は……そう思った途端、スマホを起動して……


「救急です。人が刺されました!至急お願いします」


 救急車を呼んだ。幸いなことに近くに大きい病院があり、救急車の到着はそれほど遅くなかった。


 彼女の付き添いとして救急車に同乗して、病院へと向かっていく。


 病院に着き、彼女は手術室へと入っていった。それを待合で待つ形になり……


「栞!」


 ここで夢と同じになってしまえば、何のための自分なんだ。そう思いながら、神に祈りが届くように願っていく。


 手術室の点灯が消え、医者が手術室から出てくる。


「彼女さんですが……」


 医者は間を作ったつもりはない。だが、歩夢にはそのように見え、


「栞は無事なんですか!」


 切羽詰まった表情で医師にとっかかる。


「えぇ、かなり重症でしたが、命に別状はないですよ。でも……あなたがいなければ死んでいたかもしれませんね」


 彼女の無事を告げられ、そのことに安堵して脱力してしまう。それだけ、あの悪夢が心にきていたのだ。それを阻止する事ができて、言葉では表しきれない安心感に包まれている。


「二、三日で退院もできますし、退院後は普通の生活に戻れますよ」


 医師から最後にそう言われた。こうして、人生最悪の日になる予定だった一日は幕を閉じた。


 次の日。栞が入院している病室へと足を運ぶ。


「体調はどう?」


「まぁ、だいぶ良くなってきたかな〜、でも、病院食ってあんまり美味しくないんだよね。だから、売店で買って食べちゃう」


「ハハ、でも、後二日したら普通の生活に戻れるよ」


「うん、それが楽しみ!」


 病室での会話は何の捻りもないものだったが、今ではそれが出来るだけで幸せだ。


「あのね……」


 急に声のトーンを下げ、歩夢の目を見つめてくる。その行為から目を逸らしてはダメだと感じ取った歩夢は、彼女の目を見つめ返した。


「あの時は酷いこと言ったけど、今は感謝してる。あの時、私を追いかけてきてくれてありがとう。だから……これから先も私と一緒に同じ道を歩いてくれる?」


 ストレートな言葉ではなかったが、それが彼女なりの照れ隠しの告白なのだと受け取った歩夢は、真剣な眼差しで、


「当たり前だよ。俺こそよろしくお願いします!」


 彼女の想いに応えたのだった。


 二人にとっては神秘的な儀式をしていると、テレビからニュースが流れてきた。


『今日、午前九時頃、十八歳の少年が殺人未遂の容疑で逮捕されました。少年の供述によると「振られた腹いせに殺してやろうと思った」とのことで、対人トラブルが原因のようです』


 未成年だったので実名報道はされなかったが、動機の点から犯人はおそらく元カレだろう。それは彼女もわかってはいたらしいが、そこを言及したりはしない。


「じゃあ、大丈夫そうだし、俺行くよ。また、学校で」


「うん!」


 そう言って歩夢は病室を退室し、自宅への帰路へと着いた。


 そして時は流れ、二人は高校、大学ともに無事卒業、晴れて結婚した。今は、男の子と女の子の二人を授かり、幸せに暮らしている。

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