第14話 イリーナ

 目覚めると、兄様の腕枕で眠っていた。

否、脚枕で眠っていた。美しい漆黒の毛並みの大きな狼。兄様の髪の色も漆黒だ。閉じられている瞳の色は人の時も狼の時も金色。


 昔から「もふもふで一緒に寝て」もらうと、安心してよく眠れた。これは赤ん坊の頃からの習慣。どんなに泣いて眠らなくても兄様が狼になり添い寝をすると、不思議なほど安らかに眠ったとお母様たちは言っていた。

 私たちは子犬がじゃれ合うように、よく一緒に遊び、出かけ、そして寄り添って眠った。それが当たり前だった。おかげで久しぶりにぐっすり眠る事ができた。



 王家の魔物も、ヴォルコフ家の人狼も両家の当主と次期当主にしか伝えられない秘密だった。だから、兄様が添い寝をする時や、狼となって遊ぶ際には、誰も入らないように部屋の鍵をかけた。お母様や兄様の父のマルティンは私たちの仲の良い様を微笑ましく眺めていたようだ。


 ヴォルコフ家は公爵、伯爵、子爵と三家に分かれていて、その三家の中から時々人狼が生まれる。その後に王家に魔物が生まれる。人狼は歩ける様になるとすぐに狼になる能力があるが、魔物は十四歳の誕生日まで、魔物になる事はない。

 魔物は生まれてきた時に、黒い羽を握って生まれて来る。私は黒い羽を握りしめて生まれて来た。そして、十四歳の誕生日に魔物になった。


 魔物として産まれた者は、優れた才能を持つとされ、王や女王となる事を運命づけられた。そして側には必ず、伴侶や、右腕としてヴォルコフ家の人狼がいた。それ故、人狼と魔物として生まれた者は兄弟のように一緒にいることで絆を深めるように育てられるのだと、分かる。だから、私が生まれた時から、兄様は私の許婚なのだ。

 お祖母様は魔物であり、お祖父様は人狼だった。



「兄様、朝ですよ」


「え、あぁ、イリーナ、おはよう」


寝ぼけているのか兄様は、急に人型に戻ってしまった。狼から人型に戻る時は、何も着ていない。後ろを向いて兄様がくしゃみをしている。毛皮がないから寒くなったのか、そのまま、寝ぼけて後ろからぎゅっと抱きしめられた。小さい頃からよくある事だ。


「兄様、起きて。人型になっていますよ。風邪をひいてしまいますよ、服を着て」


「ん……、そうだね」


兄様は自在に人型にも狼にもなることが出来る。そんな兄様を見ると、私も早く指輪を返してもらって訓練をしなければと、今更ながらに思う。


 

 待っていたルカが指輪を持って、会いに来てくれた。ルカが幼い頃の約束を守ってくれて嬉しかった。待ちわびていた指輪。あの指輪があれば、地下から出ることができる。


 だんだん、指輪を待っていたのか、ルカを待っていたのか分からなくなっていた。天使のようなルカ。けれど、ルカは指輪を持っていると言っただけで、まだ返してくれていない。


 ルカと話すのが楽しくて、つい、返してというのを忘れてしまっていた。ルカは金色の巻毛を揺らし、深い青色の瞳で見つめ、天使のような笑顔で笑いかけてくる。ルカの熱い眼差しを思い出し、不意に心臓が早鐘の様に打ち始めた。兄様は耳が良い。心拍音の変化に気が付いたのか、兄様が人型のまま耳元で囁いた。


「イリーナ、何を考えているの?」


「べ、別に何も……」


考えを読まれたのかと焦って赤くなってしまった。兄様は私を抱きしめたまま、髪に顔を埋めた。


「昔からイリーナの髪はよい匂いがする」


兄様は暫く髪の匂いをクンクンとかいでから、ハッとしたように慌てて立ち上がって、すぐに後ろを向いて、昨日私が拾って籠に入れておいた服を身につけた。そして、挨拶もそこそこに急いで部屋から出て行った。

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