第5話 <キール>

  イリーナが十四歳になる日の夜には、舞踏会が催される予定だった。この日初めて、イリーナは正式に舞踏会に参加する予定で、それはそれは、ずいぶん前から楽しみにしていた。そして、今日は正式に婚約を発表するとフェオドラ様から言われていたため、嬉しくてたまらなかった。これで、少しはイリーナと一緒にいる時間が増えるのではないかと、密かに期待していたから。


しかし、朝目覚めた途端、イリーナが体の痛みを訴え、床の上を転げ回って苦しんでいる、と知らせを受けた為、急いで駆けつけた。

私の前をフェオドラ様がドレスの裾を持って、全力で走っている。フェオドラ様が全力疾走したのを見たのはこれで二回目だった。


部屋に入り、転げ回るイリーナを抱き上げ寝台に戻し、少しでも楽になればと背中をさすった。

 

「背中が焼ける、助けて」、との訴えを聞いた侍医が、ハッとしてフェオドラ様を見た。フェオドラ様は、イリーナの首周りを探って訊ねた。


「イリーナ、指輪はどうしました?」


イリーナは、苦しんでいるのに、なぜそんな事を聞くのかわからないと言う表情で、なくしてしまったと、答えた。

いつ、どこでと言う問いに、イリーナは覚えていないを繰り返すのみ。フェオドラ様はすぐさま、城の隅々まで探す様に命じたが、指輪は見つからなかった。


 後から駆けつけて来た父であるヴォルコフ公爵とヴォルコフ伯爵、子爵がその言葉を聞いて真っ青になった。ヴォルコフ一族と侍医のニコライが懇願の眼差しをフェオドラ様に向ける。


「……ご決断ください」


「イリーナは、時期女王です……」


フェオドラ様は歯の間から絞り出すように答えた。私は答えを聞きたくなかった。イリーナは力尽きた様に、腕の中でぐったりしている。


「おっしゃる通りですが、それでも、指輪がなければ……」


父が代表してフェオドラ様に箴言した。フェオドラ様は、不意にイリーナの髪を撫で、頬に触れた。


「イリーナ、私の母が『最初は辛かった。しかし、二度目からは痛みはない』と言っていました。耐えるのですよ」


フェオドラ様は手を離した時には、女王の顔に戻っていた。


「できるだけの事はしてあげて。イリーナ、指輪が見つかるまで、何があっても地下から出て来てはなりませぬ。良いですね? これは命令です」


そう言うと、フェオドラ様は振り返らずに部屋から出て行った。私は父に食ってかかった。


「父上! 酷すぎます! イリーナは何も悪くないのに、地下牢なんて……他に方法は……」


「仕方がないのだ。他に方法はない。地下牢ではない。専用の地下室だ。地下の準備が整い次第、お前がイリーナ様を地下まで運ぶのだ」


信じられなかった。次期女王であるイリーナを地下牢に閉じ込めるなどとは……。思わず叫んでいた。


「嫌だ! 同じじゃないか! 地下室も地下牢も!! イリーナが可愛いそうだ!」


「イリーナ様がこれから滞在するのは、調度品も今のお部屋と遜色なく整えられた部屋だ。ただ、場所が地下にあることと、そこから出てはいけない事だけが違う。指輪が見つかるまで一時期滞在して頂くだけだ。お前がやらぬなら、他の兵士に頼むか? それでいいのか? しっかりしろ!! お前は近衛隊長ではないか!」


 指輪はどこにもない。一時期ではないことくらいわかっていたが、何も言えなかった。

意識が霞み始めたイリーナをしっかりと抱きしめた。すぐに準備が整ったため、抱き上げて、密かに地下に連れて行った。イリーナは夜の間だけ、外から鍵をかけられ地下室に閉じ込められる事になった。苦しんでいるイリーナに、告げなければならない事を告げた。イリーナの耳に届いているのかわからなかった。

私が付き添おうとすると、今日だけは誰もそこにいてはいけないと言われ、父に引きずられる様に王宮での自分の部屋に戻された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る