Song.74 √2


 ステージ中央はベースとボーカル担当の藤堂が立つ。

 茜色ボディに、特徴的なナチュラルとブラックのダブルカラーヘッドのジャズベース。その目立つ色合いが人目を集める。


 上手にはギターの小早川。ストラップも含めて全てが真っ白のテレキャスターを背負って、腕をまくる。鋼太郎並みに背が高いこともあって、センターじゃないのに目がいってしまう。


 下手には小早川と同じ。テレキャスタータイプの深いグリーン色をしたギターを久瀬の姉が構える。少し長い髪を降ろしたままに、いつもの生意気な態度じゃなくて、唇を固く閉ざしている。

 

 そんな姉と瓜二つの顔をした久瀬弟は、ドラムを前に何度も位置を確認しては座り直す。ドラムセットは運営が貸し出ししているものであるが、足の位置やシンバルの位置を微調整が必要だ。細かく位置を直してから、弟は準備ができた事を示すよう、藤堂に顔を向けた。


 メンバーの顔を見て、準備が整ったことを確認できたのだろう。藤堂は深くうなずいてから、正面を向く。


「羽宮高校、√2。よろしくお願いしますっ!」


 藤堂の声で曲は始まった。

 演奏し始めた曲は、春に俺も演奏に手を貸した曲だ。

 俺とやったときはトリプルギターの構成だったが、今回はそうもいかない。ギター二本で作らないと。

 複雑に重なる音をどうやって見せるのかと思ったら、一本分の音を二人で分けたようだ。前よりも少し音が減ってはいるが、それでも厚みが生まれている。

 だが、やはり難しいところもあるのか、小早川は手元に注目しながらかき鳴らしている。あの騒がしい小早川から出る音がこんなにも激しいとは思えないほど、重みがある。


 世間一般の曲は基本構成は変わらないのだが、藤堂の場合は違う。

 サビがくるかと思いきや、Aメロが来るみたいな、展開が読めないのが特徴だ。だから聞いていて飽きがない。


 プロの明るいライブから一転、地に落ちるようなとがった曲へと百八十度変わった空気に戸惑う人は多い。けれど、そこは音楽好きが集まっただけのことがあって、すぐに順応できるようだ。


 手を振り上げ、頭を振って。

 曲に合わせて盛り上がっている。


 曲が進むにつれて勢いが増していくと、現実を強く叫び唄う藤堂から久瀬姉へとボーカルがチェンジする。

 久瀬姉のハイトーンボイスには、高校生らしさはないドスの効いた力強い声だ。それが曲のアクセントにもなる。


 そんな二人の声を支え、重なるギターを支援するのが、ドラムの久瀬弟。

 全員の背中を見つつ、狂ったように笑いながらドラムを叩く。


 そんな音を感じながら、藤堂はベースを弾く。

 AメロもBメロもサビも。順番通りなんてことはない。読めない展開を広げていく曲を、いつもの困ったような顔は見せず、力強い目で訴えるように唄い、曲は終焉を迎えた。


「ありがとうございましたっ!」


 たった四分半ぐらい。一曲に与えられたその時間で、出せるものを出し切った√2は、深く頭を下げれば、客席からは拍手が送られる。


『いやぁ、ありがとうございました。一風変わった曲かと思いましたが、圧巻の素晴らしいライブでしたね。改めて、√2に拍手を!』


 ハヤシダを含めてさらなる拍手が鳴る。それに背中を押されながらも、√2はステージから降りて行った。


「また腕を磨いていたね。僕も頑張らなきゃ」


 鼻息を荒くして瑞樹は言う。

 √2のライブに感化されたようだ。


「おうおう、頑張れ。お前の方が断然うめえんだから」

「ありがと、キョウちゃん。僕もやれるんだっていうの、見せるからね」


 陽だまりのような笑顔で、瑞樹はまた、ステージを見た。

 他のバンドの演奏を見ようと思ったが、何だか視線を感じる。振り返ってみたら、他の出演者や客ばかり。どこからの目だったのか……。


「どうした、野崎」

「いや。なんか見られていたような……」


 俺らを見ている人の姿はない。みんなステージで準備している次のバンドや、合間のハヤシダの声を聞いたりしている。会場の端っこの俺、いや、俺たちを見ている人は――。


「あ。いた」

「誰が」


 頭が飛び出ている鋼太郎が振り返ってみていたところ、ハッとしたように言うと、頭をぺこりと下げる仕草を見せる。

 知り合いか? でも、ここに来る知り合いなんざ、たかが知れてるはずだが。


「で、誰がいたんだよ」

「あーっと……言えない」

「は?」


 意味わからない。誰がいるか言えない理由なんてあるのか?

 鋼太郎が口が堅いし、言えないというならば、何を言っても口を割らないだろう。追及するだけ無駄。


「それより次はじまっぞ。前見てろ。勉強になるんだろ?」

「おう」


 誰がいようが今は関係ないか。ひとまず俺たちは出番が近づいてくるまでは、他のバンドを見続けることにした。

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