Song.73 Guest Live


『お集まりの皆さん、お待たせいたしました! バンドフェスティバル、開幕でっすっ!』


 リハーサルを終えて少し経ったら、バンフェス最終選考を告げるアナウンスが響く。

 野音の客席は満員。Tシャツにマフラータオル、それにうちわ。バンフェスのグッズで身を固めた人達が、身震いするほどの大きな声をあげる。


 全身の毛が逆立って、これから始まるライブに心臓が高鳴る。


 出演者は全員ステージの上。横並びになった各バンド。

 こんなに大勢の人の前で演奏するのは滅多にあったもんじゃない。高校生のバンドなんだから、せめて小さなライブハウスや学校行事ぐらいしかないだろう。

 俺たちだってこんなに集まった人の前でやるのは一年ぶり。歓声に溢れた中に立つのは、いつだって気分がいい。


「馬鹿面やめてよね」


 悠真がぼそりと言う。それは俺に向けてか? 俺よりも大輝に言った方がいいと思うが。


「ふんふふーんっ♪ ライッブッ、ライッブッ♪」


 変な鼻歌を歌っている大輝に目をやる。すると悠真は頭を抱えた。


「ライブッブ~♪」


 加えて隣に並んでいた小早川までもへんてこな鼻歌を歌い始めてしまった。

 部長としては頭が痛くなったのだろう。


「イリヤっ、静かにっ」

「ふんふーん♪」


 藤堂に注意されている様子が、まるっきり大輝と悠真と同じで笑いが込み上げてくる。


「緊張感のなさがすげえよ」


 いつもより強張った顔をした鋼太郎の意見には頷けた。

 そろいもそろって笑って呆れていると、アナウンスが続いた。


『司会進行はワタクシ、ハヤシダが今年も務めさせていただきますーよろしくお願いします!』


 ステージ下手で司会者がバンフェスを進めていく。

 去年もこの人が司会をしていた。動じることなく淡々と進めるのが受けるのかもしれない。


『今年はゲスト審査員が急病のため、開会式のみゲストライブを行うことになりましたこと改めて謝罪いたします……ですが、盛り上がっていきましょう! これよりゲストライブ開始します! 今年のゲストはーっ――……Laylaレイラ!』


 展開早っ。まだ開会宣言しただけだけだろう。時間がないのかと疑うぐらい進めるのが早すぎる。

 まだ会場も開催に盛り上がり始めたぐらいで、急に登場したプロアーティストのLayla。

 毛先をピンク色に染めた髪を揺らし、手を振りながらステージに現れた。


 Laylaは全国ツアーを満員で埋めるほどの人気がある。

 熱狂的なファンならば、このゲストライブを目的にバンフェスに参加した者もいるだろう。

 その人気を示すかのように、言葉を発していないにも関わらず歓声と一緒に、太い叫び声が上がった。


「キョウちゃん。ほら、下がらないと。僕らはこの後の√2のライブを応援しよう?」


 Laylaのライブはすぐに始まってしまう。邪魔にならないように、参加者はそそくさとステージからはける。

 瑞樹の言うように、Laylaのライブが終わってからのトップバッターは後輩の√2だ。リハで曲は聞いているけど、どんなライブをやるのかの全貌は知らない。


 俺たちの出番はラスト。出番は当分来ない。ひとまずステージを下りてから、会場の隅でステージを見上げることにした。

 出演者である俺たちには、客席に席はない。だから本当に端っこからの見物だ。でも、ステージ全体が見られて、音もしっかり聞けるいい場所でもある。


「今年もバンフェス開幕だぁーっ! テンション上げていくよーっ!」


 ステージの準備が整い、Laylaが叫ぶ。

 彼女の後ろでバックで楽器隊が音を鳴らす。去年も彼女が開幕ライブをやっていたのを思い出した。

 どうやら今回の曲は、少し前にリリースしたばかりの曲で、アニメ主題歌になっているもののようだ。


 冒頭は控えめなピアノの音から。

 それに合わせて力強い声で始める。

 今回は鬼の面をつけたダンサーも登場し、曲に合わせて踊る。

 ダンサーをステージセンターに置いて、彼女はステージを左右に移動しては、客席を煽って盛り上げて唄いきった。


「ありがとー!」


 ギターの音で曲が終わったころには客席のボルテージはかなり上がっていた。

 Laylaは頭を下げて、ダンサーたちとともにステージからおりていった。


『いやぁ、かっこよかったですねぇ。Layla、ありがとうございました。盛り上げてくれましたねぇ。さらに盛り上げていきましょうか。トップバッターはー……羽宮高校、『√2ルート2』! よろしくお願いします!』


 さらっと進行させるハヤシダは、拍手の中で演者を呼ぶ。そしてステージに登場した小早川達一同。強張った顔で楽器片手に歩き出てくる。


「見てみて。珍しくイリヤが緊張してる!」


 大輝が指をさした先、ギターを抱えて出てきたイリヤが手足が同じ動きをしている。

 そしてそのまま楽器の準備をし始める。見てわかるほどの緊張具合だ。いつもの調子が出せるのか、あれで。


『ええーっと、今年はなんと羽宮高校からは二バンドがここに残っていますねぇ。そして彼らは後輩バンドであり、中学生の時に出場した大会で好成績を残した実力派バンドであります』


 準備ができるまでの時間をハヤシダがつなぐ。


「緊張するもんなー、大丈夫かなー……つか、俺の方が緊張してきたんだけどっ」

「僕も緊張がうつってきました……どうしよう」


 おろおろし始めた大輝と瑞樹。この二人がこっちも緊張がうつりそうだ。


「御堂は全然緊張した様子がねぇのな」

「そりゃね。あれだけ緊張した人を見ていたら、不格好だもの。ああなりたくないし、僕は間違える不安なんてないっていう自信があるし」


 おお、と感嘆な声を上げた。


「さすが悠真。頼りにしてんぞ」

「ユーマさいきょー!」


 俺と大輝が言えば、悠真は嫌そうに眉間に皺を寄せた。


『それでは準備が整ったようです。よろしくお願いします!』


 ステージからは緊張が伝わるまま、バンフェスの幕が切って落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る