Song.72 セットアップ
日本全国から応募があったにも関わらず、バンフェス最終選考に残ったバンドのうち二組が羽宮高校である。さらにその片方のバンドは、昨年の優勝バンド。音楽界隈の注目は羽宮に集まるのはもはや必然だろう。
最終選考日。天気は晴れ。まだ空気が冷たい時間から、優勝をかけてライブをするために日比谷公園大音楽堂に来てみれば、マスコミが集まっている。まだ出演者である最終に残ったバンドだけがこの場にいる状態。集まったマスコミの目がチクチク刺さる。
「野崎恵太さんの息子って……」
「今のうちにインタビューを」
嫌でも聞こえてくる大人のひそひそ話が耳障りで気が散る。これからライブだっていうのに。
「去年より、大人が多くない? 俺、ちゃんと唄えるかなぁ……」
確かに去年よりもマスコミが増えた分、がやがやしている。原因は俺かもな。
「大輝先輩なら大丈夫ですよ。いつもの調子で頑張りましょう!」
「みっちゃん……! さすがみっちゃん! 出来すぎた後輩ちゃんだよ!」
「僕はもう何も言わないからね」
「そのへんにしとかないと、御堂が切れるぞ」
マフラーに顔をうずめながら言う瑞樹に、大輝は飛びつく。それを止めることを諦めている悠真がそっぽを向く。しびれを切らした鋼太郎が代わりに止める。
この流れ。この雰囲気が楽。それに落ち着く。耳障りな声も消してくれる。
「せんぱーい。こっちこっち! 受付してくださいって!」
先に到着していた藤堂たち√2が、テントの前で大きく手を振っている。
どうやらあそこが受付らしい。
部長である悠真が代表して受付をやってくれて、バンフェスのスタッフが同世代が集まったスペースへと案内してくれた。
男女比率で言えば、八対二ぐらいか。バンドごとでなんとなく分かれている様子からして、男女混合バンドが二つ。他は男だらけだな。
『お集まりのみなさん、これから大会の説明を始めます』
メガホンを持ったスタッフがそう言えば、一気に静まり返って話をきく体勢になる。
『身分確認のため受付時にお渡しした、参加者用の札は着用をお願いします』
悠真がみんなに『バンフェス!』の文字とバンド名が書かれた札を渡す。ネックストラップになっており、全員首から下げる。
これを付けていると、ライブ感が強くなれる気がする。
『ご協力ありがとうございます。通例としましては開会式のゲストライブののち、順に演奏を行っていただきます。前半四バンドが終わりましたら休憩をはさみ、再度ゲストによるライブ後、後半三バンドに演奏してもらうはずでしたが、急きょ変更となりました』
去年と同じ流れだと思っていた。話の途中までは同じだった。スタッフは手元の資料をみつつ、続けていく。
『予定していたバンドのメンバーが体調不良につき、今回はゲストライブは開会式のみとなりました。なので、休憩直後に後半戦が始まります』
ゲストとは、プロのことだ。
人気アーティストによるライブを目的にバンフェスに来ていた人もいるだろうに。体調不良とは。見に来た人にとっても、ライブ予定だったバンドにとっても残念なことだ。
さすがに前日に情報は出ていただろうけど。そう言えば、誰が出るはずだったのだろう。
『……本日の演奏順ですが、平等にくじ引きで決定します。各学校代表者の方、こちらへ来てください』
ここも悠真がいくと思っていた。でも悠真は首を横に振った。
順番によっては、しらけた空気感になるかもしれない。その責任を負うのは嫌という意思表示だ。あとでとやかく言われるのも嫌だし。
「んじゃ、コウちゃんよろ」
唐突に大輝が鋼太郎を推す。
「は!? なんで俺が!」
「だってコウちゃん、強そうだし。だーじょぶ、だーじょぶ。どの順番でも変わんないんだから! な! よろしくっ!」
「はああああ……」
しぶしぶ鋼太郎は歩いて行った。タッパが圧を出していたのに、今はその背中が小さく見える。
くじを引くため集まった七人。√2の代表として小早川が出てきたおかげで、羽宮の高身長組が存在感を出している。
意気揚々と鋼太郎に話しかけている小早川は明るい。
少しスタッフと話したのち、代表が各々くじを引いて戻ってきた。
その鋼太郎の口から魂が抜けている。
「すまん……」
それだけ聞いた直後、メガホンを通してスタッフが声を出す。
『トップバッター。羽宮高校、√2』
あー。藤堂達、トップか。
小早川が何故か嬉しそうな顔をしているけど、他のメンバーはめちゃくちゃ暗い。
トップって緊張するよな。プレッシャーもあるしな。それをわかっているはずなのに、小早川は平常運転すぎる。あのメンタルすげえ。
「ああなりたいとか思わないでよ? 手に負えないから」
「思って、なんかねえし?」
「今の間。思ってたでしょ、絶対」
悠真と話していたら、大輝がイリヤのところに行っていた。応援でもしにいったのだろうけど、少し離れているから会話の内容までは聞こえない。
でも、盛り上がっているのはわかるし、ハイタッチをして肩を組んで……何してるんだ、あいつ。
「あんのっ……」
「お、悠真が怒った」
「ぼ、僕。大輝先輩を呼び戻してきますねっ」
静かに怒りを声にした悠真を恐れて、こそこそと瑞樹が大輝を回収しに行っては、何とか連れ戻す。
『……そして、最後は羽宮高校。Walkerになります』
「げ。まじかよ。俺らラストなのかよ」
ごたごたしている間にも、順番発表は進んでいたらしい。二年連続、俺たちがバンフェスラストの出番に決まってしまった。
トリともなれば、締めを飾ることになってトップバッター同様にプレッシャーがかかる。
会場の空気はすでに熱くなっているだろうが、疲れも退屈も溜まっている人もいるだろう。
さらに盛り上げることもできるし、疲れのせいであまり聞いてくれない可能性もある。
どちらに転ばせるか。腕の見せ所だ。
「どの順番でもやることは決まってんだ。な」
誤りながら戻ってきた理由が、ラストになったからだったのだろう。顔が暗い鋼太郎に声を掛けたら、つり上がった目を見開いて驚いたようだった。
「……野崎、強くなったな」
「そう見えるなら、みんなのおかげだろうな」
ひとりじゃない。血だけじゃない。俺が作った曲を気に入ってくれて、一緒になって弾いてくれるみんなのおかげで、この場にまた来れたのだから。
「野崎らしくねぇ言葉だな」
「違いねぇや」
そう二人で笑い合った。
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