Song.71 それでも傍にいる


 案の定、学校だけじゃなくて、近所やらネットやらで俺の存在は目立つものになっていた。

 今までだったら、変わったことをしている人っていう認識で見られていたけれど俺の親父が有名な野崎恵太だっていう情報が出回ってからの目は変わった。

 有名人の息子っていうフィルターがかかって、偏見が強くなっている。


「おい、野崎。お前、Mapの野崎の子供ってマジ?」


 ろくに話したことのないクラスの男がからかい半分で聞いてくる。これが朝からずっとだ。めんどくさいことこの上ない。

 本当だから何なのか。それを知ったからどうなるのか。有名人のサインでも欲しがるのか、それとも有名人に合わせてくれとでも言うのか。頬杖をつきながら、男の顔を見て、思わずため息をついてしまった。


「んだよ、その態度。こっちはただ聞いてるだけじゃん。答えろよ。親の力を借りて大会出てるんだろ?」


 親父が死んでいることは広く知れ渡っている。この男が知らないわけがない。なのに、死者の力を借りる? 馬鹿かこいつ。


「なあなあ、本当にそう思ってるん?」

「あ、スガ!?」


 男の後ろから大輝がぬるっと現れて、逃げようとする男の肩に手を回す。


「学校でもライブしてるから、俺らの曲を知らないわけないよね? っていうか、俺、ステージからあんたがライブ中にはしゃいでるの見てるんだよねぇ。それでも親の力とか言うの?」

「い、いや、それは……」

「ただ認めたくないだけじゃないの? キョウちゃんがすげー曲作ってさ、すげーライブをしてさ。みんなに認められているのにさ。ずっと見下してきたのに、上位に立たれて怯えてるんでしょ? 俺、知ってるよそういう感情」


 蛇ににらまれた蛙のように、身動きひとつできなくなった男。大輝は大真面目に低く小さな声で続ける。


「嫉妬だ」

「っ! うるせ!」


 男は大輝の手からなんとか逃げ出し、顔を真っ赤にして教室から出て行く。

 クラス中の視線を集めたが、大輝はスッといつもの明るさを表すかのように、口角を上げた。


「キョウちゃん、やほ! インフル治った?」

「ああ。おかげさまで。悪かったな、色々と」

「謝んなくていいよ! 誰でもインフルかかっちゃうんだし」

「いや、それもだけど。さっきのも」


 男が出て行ったドアの方を見る。クラスメイトではあるから、いつかは教室に戻って来るだろうけど、しばらくは来れないだろう。


「だって、キョウちゃん悪くなくない? キョウちゃんは誰も傷つけていないのに、あの人がキョウちゃんを傷付けるのっておかしいっしょ?」

「まあそうだな。あいつと話したことないし」

「でしょー! ユーマから教えてもらったやり方だけど、効果抜群っしょ! また来たらもっかいやるから任せとけ!」


 力こぶをつくって見せる大輝。大輝があんな流暢に言うなんてとは思ったが、悠真の受け売りだったか。それなら納得がいく。


「ちなみにみっちゃんも同じやり方で追い払えたって言ってたよ。コウちゃんはただ目を向けたら黙られたって。面白いっしょ、みんな。あははっ!」


 どうやら俺は仲間に恵まれている。俺に向けられた目を、圧を。みんなが散り散りにさせる。ひとりじゃないってことがよくわかる。


「どったの、キョウちゃん。しみじみしちゃって」

「つくづく恵まれたなって思っただけだ」

「わぁお。キョウちゃん、まだ熱あるんじゃない? 大丈夫?」

「下がってるわ。完治してっから」


 大輝と話していると、何だか元気が出る。自然と笑うし、居心地がいい。うるさいと思われているだろうけど。


「あ。そだ、そだ。俺、キョウちゃんを呼びに来たんだった」

「なんで?」

「なんでって……ユーマが呼んでたからって、ユーマが呼んでるんだよ! 部室集合! もうすぐ三次の発表だもん! 行くよ!」

「ちょまっ!」


 大輝に引っ張られて物理室まで猛ダッシュ。俺と大輝なら、圧倒的に大輝の方が足が速い。もつれて転びそうになるのを何とか堪えて、物理室に着いた。

 すでに部屋では俺らを待ってましたと言わんばかりに、みんながいた。


「二分前。もう結果出るよ?」


 悠真がスマホ片手に言う。確かに壁の時計を見れば、あと二分ほどで十三時を迎えるところである。


「たん、ま。走って、疲れた……」


 フラフラと近い席に座る。スマホを見るよりも息を整える方が先。病み上がりに全力でのダッシュはきつい。


「大輝先輩、遅かったですね」

「キョウちゃんが絡まれてたんだよー、まったくもう」


 大輝は息を切らすことなく、瑞樹と話している。体力の差は明らかだったけど、大輝は本当に体力お化けすぎる。


「野崎、スマホは?」

「教室……」

「ったく……ほれ、ここに置くぞ。見えるか」

「おう」


 手ぶらの俺に鋼太郎が寄ってきてくれた。

 机に自分のスマホを置いて、バンフェスのサイトを開いて見せてくれる。


「時間になった」


 悠真の声を聞き、ページを更新する。

 アクセス集中しているのか、ぐるぐると回る更新ボタン。いつもよりも時間がかかるけれど、『三次選考結果』のバーナーが出た。

 すぐさま鋼太郎はそれを押して、開かれるのを待つ。これまた時間がかかるわけだが、さっきよりも早くページが表示される。


『最終選考バンド』


 大きく書かれた文字の下に並ぶのは、いくつかのバンド名。べたつく手をズボンで拭きながら、画面を見つめる。


「あった……あんじゃん!」

「やったー! 二年連続ぅ!」

「っしゃ」

「わーい!」


 Walkerの名前はリストの最後にあった。

 最終選考に残ったのは立ったの七組。そのうちの一つに入れた喜びは、一年ぶりだ。

 みんなでハイタッチを交わして、笑い合う。


「っと、イリヤたちもいる! 俺、おめでとって言ってくる!」


 自分たちを探すのに夢中で気づかなかったけど、リストの頭に『√2』の名前があった。興奮した大輝は走って物理室を出て行く。


「これだけの応募があった中で、上位七組中二組が羽宮とはね。学校の宣伝になるね」

「御堂の視点が校長かよってレベルなんだが」

「これでも生徒会長やってたから仕方ないでしょ。色々うるさいんだよ、学校の評判について。でも、これで軽音楽部に文句は言われないだろうね」


 生徒からしたら、評判なんてどうでもいい。けど、軽音楽部が今後も存続できるようになるのはきっといいことだと思う。


「キョウちゃん、キョウちゃん」

「んー?」

「練習しよ! 僕、キョウちゃんが休んでる間も練習したんだから! きっとビックリするよ!」


 瑞樹がここまで言いきるのは珍しい。いつも流されて、周りに合わせるように笑っているというのに。続けてやってきて、やっと自信を持てたか。


「たりめぇだ。ベース取って来る」


 教室に置いてきた機材を取りに行こうとしたとき、予鈴が鳴った。

 今はまだ昼休み。午後の授業が残っている。


「練習は後。放課後すぐここ集合。一年生たちも呼ぶから」


 ここは悠真に従うしかない。みんなでライブの振り返りを歩きながらして、教室に帰った。

 いつもの眠い授業は、今日だけうずうずして起きていられた。

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