Song.70 いつだって現実は敵する
「おっはおはりーん」
うるさい声と一緒に眩しい光が当てられる。逃げるように毛布を頭からかぶったけど、一気にはがされた。もちろんすべて行っているのは神谷である。
「あたーらしい、あっさがきたっ! ほれほれ、起きて熱を測れ」
「さぶっ。起きてくねぇよ……ねみぃ」
「朝なんだから起きろってーの。寝起き最悪かよ。飯だ、飯。食って飲んでから寝ろ」
無理やり起こされて歩かされて。このときやっと、自分の服が着替えさせられていることに気付いた。上下セットのスウェットだ。神谷の私物だろう。サイズが大きくて歩くたびにズボンがずり落ちる。それを引っ張りながら、リビングへ行ったらテーブルに朝食が並んでいた。
「俺特製、スクランブルエッグだ!」
「あ、うん。そう」
「おいおい、もっとリアクションをくれよ。この神谷様が作ったんだぞ」
「あーうん。そう。あざ」
「反応うっすい! その薄さ、マジで恵太そっくりだわっ……!」
頭を抱える神谷をよそに、手作り朝食をいただく。結構砂糖が多いから、甘い。忘れていた腹の虫が、久しぶりの飯に反応してどんどん飲み込める。あっという間に間食すれば、神谷が満足気な顔で俺を見ていた。
「んだよ」
「べーつに。そんないっぱい食べるなら、もっと作ればよかったなって」
「血糖値ヤバくなりそうだからいらない」
「えー」
ふざけた会話をしつつ、準備されていた薬を飲む。壁にかかった時計を見れば、朝八時。俺にとってはかなりの早起きだ。
「なあ、俺のスマホは?」
「まだ駄目ー。完治するまで没収」
「は? 連絡とれねぇじゃん。あいつら、返事しねぇとうるせぇんだよ」
「大丈夫、大丈夫。俺が状況伝えといたから。インフルマンは隔離だろ。一週間は俺の家で隔離。完治する頃には、バンフェスの結果も出るだろ?」
にたにた笑っていいやがって。
まあ、別にスマホが無くてもそこまで困らない。いつも家に置き忘れるぐらいだし。ただ、心配をかけたくなかっただけだ。神谷がその辺うまくやってくれるなら別にいい。
バンフェス三次選考の結果が出るまで一週間ぐらいかかるだろう。その間に早く隊長回復しねぇと、練習もできやしない。打ち合わせもしないといけないのに。
「わかった。じゃあ、練習すっから場所貸せ」
「物分かりいいねぇ。防音室あるから、使いなよ。ただ、熱が下がっていればね」
はい、と渡された体温計。計ってみれば、三十八度の表示が。
「はい残念。ベッドにお帰り」
ここで逆らうほどの気力がない。きっと熱のせいだ。仕方なく俺はベッドに戻って療養することになった。
解熱して練習できるようになったのは、三日目の朝から。一人で練習している間に、神谷は外へ出たりしていた。食材買ったりなんなりしているのだと思う。
隔離されながらも無理やり規則正しい生活を強いられること一週間。
万全の体調に戻った頃、神谷はリビングに俺のスマホを持ってきた。
「あざ。世話になった。帰る」
「待て」
出されたスマホを受け取ろうとしたが、神谷は手を離そうとしない。真剣な目で俺を見ては口を堅く閉ざしている。
「んだよ。離せよ」
「渡す前に話がある。聞く覚悟はあるか?」
「は? なんだよ、今更」
「いいから。あるかないかで答えろ」
訳がわからないけど、この場で話を進めるには頷くしかないのは確か。
「あるある。なんでも聞くって。だから早くスマホくれ。帰るから」
沈黙。何をそんなに言い渋っているんだ。ただじっと見返していたら、やっと神谷が答える。
「お前がここにいた一週間。外でお前の存在を公にしようとしてる記者がわんさかいた。『野崎恵太の息子がバンドをやっている』、『バンフェスで優勝した』、『コネで勝ち取った』……嘘でも真実と混ぜ込めば、大衆は騙される。あることないことを書かれ、お前の音楽をも否定する奴らがわんさかいる。野次を飛ばしたり、誹謗中傷してくる奴も」
神谷は目を伏せる。現状に対してよくない感情を抱いているのだろうか。真意はわからない。
「お前のことを誰も求めてくれないかもしれない。誰も認めてくれないかもしれない。否定され、傷つけられても、お前は音楽を続けるか?」
「当たり前だろ? 俺は辞めねぇよ。何があっても」
普段ふざけている神谷が何を言い出すのかと思いきや、そんなことか。
俺からスマホを取り上げたのは、外界からの情報を俺が見ないようにするためだったのだろう。俺が親父のことで傷つくとでも思ったのか。ありえない。だって、俺は。
「俺は親父の息子だ。死ぬまで音楽を続ける。そんでもって、俺はMapと武道館に出るんだから」
親父は死んだ。道半ばにして。
親父の背中を追ってきた。でも今はその背中はない。
けど、俺はひとりじゃない。みんながいるし、音楽もある。いくら外野が何と言おうが、俺は親父が胸を張れるような息子であり続ける。
それで親父のバンドと。Mapと一緒のステージに立つ。それが目標。達成するまで止まってなんかいられない。
神谷は俺の声を聞いて、目を見開いていたものの、すぐに笑った。クスクスなんてレベルじゃない。腹を抱えるほどの笑いだ。
「はははははっ! 俺が馬鹿だった! お前は恵太の息子だ! どんな壁があっても、回り道とか昇ってくるんじゃなくて、真正面からぶち壊してくるタイプだ!」
「は? 何だよ、馬鹿にしてんのか?」
「まさか! 褒めてるんだよ。神は乗り越えられる障害しか与えないというけど、お前は本当に乗り越えてくるよな。その勢い、好きだぜ!」
「おっさんに言われるとすごく気持ち悪い」
笑いが止まらない神谷。ひぃひぃ言いながらも、何とか呼吸を整えたところで、真っ赤な髪をかきあげてから、ぐっと距離を縮めてきて俺の胸倉をつかんだ。
「その意気だ。その調子で今の音楽業界をぶち壊せ。お前なら、いやお前らならできる」
低い声で。真面目な声で。
神谷が本当にそう思っているのだと伝わってきた。
「わかんねぇけどわかった」
そう答えると神谷から解放される。スマホも返ってきた。
画面を付けたら通知が溜まっている。大半はメンバーのメッセージだが。どれもこれも、心配する内容。その中に埋もれていたのは、きっと一番不安だっただろう鋼太郎の一言。
『戻ってくる場所は守っとく』
グループじゃなくて個人メッセージで送られてきている。というか、みんな個人で似たようなことを送っている。きっと、学校じゃ大変なことになっているんだろう。でも、みんながどうにかやってくれていて、待ってくれている。一刻も早く帰らなくちゃ。
「家まで送ってやるよ。行くぞ」
「ああ、今行く」
鼻をすすって神谷について行く。三次選考結果も残っているし、面倒な人に絡まれることも予測できるけど、ひとりじゃないから何だか乗り越えられる気がしていた。
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