Song.69 Sick


 ライブのミスは全くない。少なくとも俺はそう感じた。

 練習通り。テンポも音も狂いはない。全力で見せたステージは、あっという間に終わりを迎えた。


「はぁ、はぁ……」


 たった一曲だけど、汗が止まらない。照明のせいもあるけど、体力のなさが毎回ライブ直後になった痛感させられる。肩で息をして、何とか立ったまま顔を上げればフロアからは、拍手が送られた。


「ありがとうございましたっ!」


 ステージセンターで、大輝が伝えた声。マイクなしで言ったのに、その声はフロア全体に届いている。大輝の後ろにいる俺の耳にもはっきり聞こえた。

 そしてパチパチとなる音の中、照明が落ちる。暗闇の中で撤収をしなければならない。まだこの後が続くからだ。ベース、エフェクター、アンプ。それぞれを切って、撤収しないといけない。やり方も流れもわかっている。けど、思うように体が動けない。

 目がかすむ。汗でも入ったか。


「おい、野崎」


 すぐ近くで鋼太郎が呼ぶ。声が聞こえた方へ顔を向けようとしたとき、視界がぐるりと回った。


「ばっ……あぶねぇ。って、すげえ熱出てんじゃねぇか。作間っ」


 床に体を打つことはなかった。とっさに鋼太郎が支えてくれたからだ。鋼太郎の手が俺のおでこに充てられた。

 ああ、俺、熱あるのか。いつもライブ終わった直後って熱いからわからなかった。


「キョウちゃん。ベース――」


 瑞樹の声がした。そのあと何か言っていたけど、聞き取れなかった。瞼が重くなってきて、鋼太郎に全体重を預けたまま、目を閉じた。



 ☆



「――って怖いものだな。昔もこういうのあったし。あ、起きたか?」

「ああ。喉、乾いた」


 声が意識を呼び戻す。何度も目をこすってあたりを見たら、知らない部屋の知らないベッドに寝かされていたようだった。そしてベッドサイドにはバンドメンバーではなくて、親父のバンドメンバーである神谷がいた。

 なんでお前が。そう考えたのは一瞬で、保護者代理だからだろうという仮の答えがすぐに出てくるほど俺の頭は働いているらしい。


「ほい、水」

「あざ」


 常温の水が入ったペットボトルを渡されて飲む。乾いた体に潤いが返って来た。


「マジでさ、体調管理はしっかりしといたほうがいいぞ? 恵太もそうだったけど、親子そろって自分に興味がなさすぎる。後で、みんなに謝ってお礼も言えよ?」

「ん」


 神谷の話を適当に聞き流しつつ、自分の荷物を探した。すぐ隣に俺の荷物全部あったから、そこからスマホをとっていじる。カーテンが閉まっているからわからなかったけど、もう夜の十時をすぎていた。ライブをやって、そのまま倒れて神谷のとこまで連れてこられたか。


「なあ、聞いてんの? おーい。現代っ子はすぐスマホいじるな」

「聞いてる。聞いてる」

「それ、全然聞いてないときの返し方だからな。はい、スマホ没収。とりあえず、薬飲んで寝ろ。お前、インフルっぽいから」


 アプリ通知を確認しているところで、神谷にスマホを回収された。そして肩を軽く押され、ベッドに戻される。


「おい、ちょ、返せよ」

「だーめ。インフルマンは、寝ろ。そのまま帰っても、おばさんたちにうつす危険があるから、完治まで俺んちで待機。どうせ、学校にも行けねぇんだからどこで療養してようが関係ないだろうしな」


 しれっと俺がインフルエンザにかかってたってことを知らされ、ここが神谷の家だと知らされた。たしかに、家に帰ってうつしてしまったら危ない。出席停止になっているんだし、ここで寝ているほうが安心か。って、バンフェスはどうなったんだ? つか、どうやって俺、ここに連れられたんだ?

 天井を見ながら、疑問がわく。


「じゃ、おやすー。朝になったらまた来るから」


 神谷が部屋を出る際、電気を消して去った。

 完全に一人になった。神谷に文句を言うほどの気力もなくて、だるさに負けてすぐに寝た。



 ☆



「やっと寝たか。子供のくせに無茶ばっかり。手のかかるやつだ」


 神谷はこっそり恭弥が眠るベッドに近寄り、眠っていることを確認する。額に手を当て、熱が下がっていることを確かめてから、カーテンの隙間から外を覗いた。

 都会の星空の元で、集まっている人だかり。面倒な記者の集団である。


「少しは減ったみたいだけど、こりゃまた朝になりゃ増えるだろうなぁ……」


 呟きながら自分のスマホでSNSを見た。溢れる情報の渦。その中央に浮かんでいるのは、『息子』というワード。数多の人が話題にしていたのは、故・野崎恵太に息子がいたこと。そして、その息子がバンドフェスティバルに参加しており、前回大会で優勝しているということ。それが、コネで勝ち取ったものなのではないかという記事が波紋を呼んだのだ。加えて、今回の三次選考中に倒れたことで、保護者代理として迎えに行ったのが神谷自身だったこと。その場にいた他の参加者が、目撃情報を広めた。それにより、広まってしまった関係性に疑惑や尾ひれがついて、トレンドワードの首位を占めている。

 この状況を当事者である彼が見たならば、心を痛めるだろう。

 せっかく少しずつ階段を上っているというのに、そこから突き落とすわけにはいかない。スマホを取り上げた理由はそこにある。


「こんなこと望んでいないのにな。親が死に、好きな事を続けていたら好奇の目を向けられる。つくづく大変な運命をたどってるわけだ」


 そっとカーテンを閉じてシャットアウトする。まだ恭弥は子供。音楽の才能に溢れていることはわかっている。本人が望むのなら、それを活かした道を進めるように手助けするつもりでいる。邪魔するものがあるのなら、取り除いてやりたい。そう願うのは、親代理だからではなく、本当に息子のように思っているからだった。


「さて。何人たりとも未来を潰すのは許されないんだから、ねじ伏せていこうかね。俺だって伊達にこの業界に身を置き続けていないさ」


 肩を回しながら神谷は何かを決意しているように見えた。

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