Song.68 Closed Live


 試験勉強は必死にやった。悠真も鋼太郎も自分の勉強で手いっぱいだから、自分で何とかするしかない。だから、睡眠時間を削ってどうにかした。その結果は何とか赤点回避できた。大輝も悠真に脅されて泣きながら勉強したとかなんとか。何はともあれ、無事に二学期を終えて、年を越し、三次選考会場である東京のライブハウスにまで来た。


「ねえ、キョウちゃん。なんか顔、赤くない?」


 駅を出て歩いていたとき、瑞樹が顔を覗いてきた。


「あ? さみいからだろ。もっと着てくればよかった」


 天気は快晴。でも、気温は低い。コートを着ていても顔は寒い。マフラーもしてくればよかった。耳当てまでしている瑞樹を見習うべきだった。


「確かに寒いよね。カイロ使う?」

「気持ちだけもらっとく」


 ポケットに手を入れながら歩く。そして着いた会場は前回も来たライブハウス。一年前の記憶を呼び起こして、早め早めに会場入りした。

 受付を通って、厚い扉をくぐればそこはもうステージとフロア。黒い床と壁に囲まれた箱だ。すでに何人ものバンドが来ていて、時間より早めにきたのに俺たちがビリだった。


「えっと、羽宮高校のWalkerの皆さんですね。お待ちしておりました。こちらにどうぞ」


 スタッフの一人に指示されて、並ばされる。そしてスーツ姿のスタッフにより、流れの説明を受ける。

 ここでは五組のバンドが披露する。

 本番とは逆の順番でリハーサル。それを追えたら客を入れて、本番を始める。自分たちの出番以外は行動は自由であると。

 審査方法は、客として参加する音楽好きな学生。彼らの投票に加えて、プロによる投票。総合して点数が高い上位一組だけが、最終ステージに立つことができる。

 プロとして今回呼ばれたのは――


「お待たせしましたぁ! エソラゴトでっす! 今年も俺たちが審査しまっす!」

「よろしくお願い、します」


 エソラゴト。

 過去のバンフェスで優勝し、メジャーデビューしている人気バンドだ。

 そのボーカルがこの騒がしい人物。赤が混じった髪がトレードマークの男、金井かない遙人はると。その隣で静かにコメントするのが、同バンドのギタリスト樋口ひぐち隆太りゅうた。目元を隠すほど長い真っ黒な髪と真っ黒なニットを着ていて、二人は明暗ハッキリとしているように見える。


 二人が頭を下げた直後、樋口と目が合ってしまった。


「あ。去年の」

「ども」


 軽く頭を下げたら、二人は耳打ちしながら何か話している様子だった。それを見た他の参加者がざわざわし始める。


「あれって、優勝してた人達じゃ……」

「それってさ、俺らに勝ち目なくね?」

「無理ゲーじゃん」


 今まで気づいていなかったのかと思う。会場ごとに参加するバンド名は最初から公表されていたはずなのに。

 そんな声をスタッフの人はかき消すように、どんどん流れを説明していく。俺たちも周りの目を気にしつつもその話を聞き続けた。



 ☆



「いい? 過去の過ちは繰り返さないこと。無茶もしない、全力でライブをするよ」


 本番直前、ステージ袖で言う悠真の目は真剣だ。

 悠真らしいと言えば悠真らしいけど、この場で一番緊張しているのだと思う。だからこんなに硬いこと言っている。


「ユーマ! 顔固い! ほら、もっと笑って笑って」


 自分の楽器はマイクだけだからと、身軽な大輝が悠真の口角を無理やり上げさせる。ぎこちない笑顔を作ると、満足そうに大輝は笑う。すぐにその手を払いのけると、気合を入れるべく、大輝が手を前に出す。

 その手に次々と自分たちの手を重ねていく。


「よっし! Walker、全力ライブ、やってくぞ」


 大輝の掛け声に、声をそろえて「おー」と答える。それで気合を入れて、俺たちは久しぶりのステージに立った。


 リハーサル通りに暗闇の中で楽器を準備する。

 体育館と比べて、メンバー間の距離はかなり近い。それに加えて、弾きながら動くほどのスペースはない。そんな中で、自分たちの音楽をここにいる人達にぶつけるにはどうしたらいいか。

 簡単な答えだ。全力で弾けばいい。

 俺らの音楽は、人に刺さる。心を掴んで揺さぶることもできるし、動かすこともできる。その自信が全員にあるのだ。


 慣れたベースを肩から下げて、開始を待つ。

 今回はあくまでも審査だから、開始前にアナウンスが入る。それが終わったら照明がつき、自由なライブが始まる。

 いくら緊張を解くために直前でみんなでふざけたからって、緊張しないわけじゃない。手汗はすごいし、ピックが落ちないか不安になるほどだ。でも、緊張以上に期待する自分がいる。この心臓の高鳴りは、緊張じゃなくてワクワクから来ている。


『それでは、続いて羽宮高校、Walkerです。どうぞ』


 名前を呼ばれてすぐ、真上からのライトで、一瞬視界が白くなった。それもつかの間、すぐに鋼太郎がカウントをとって曲を始める。


 やると決めた曲は、今までの経験を踏まえてバンフェスに向けて作ったもの。

 曲の始まりはドラムとギターが揃う。ハイテンポを維持しながら、ベースが加わって、キーボードも入る。

 最初から爆音だ。鼓膜を裂くんじゃないかってぐらいのボリュームで、会場を刺激する。


 前奏の中、会場を見渡す。

 満員なんじゃないかってぐらい人が密集したフロア。その目がみんな俺たちに向いている。

 気持ちいい。

 これからその人たちの心をつかんでやるって言う勢いで、弾いていく。


「俺たちがWalkerだぁ!」


 まだ唄が入るところではないというのに、大輝がマイクを強く握って前を見たかと思えば、強く叫んだ。

 俺らは別にライブ中の流れなんて何一つ決めていない。曲の中でどう動くとか、この時はどれくらい余韻の残すとかも決めず、その時のテンションでやることにしている。この自己紹介も、全然決めていないものだ。

 でも、それがちょうどいい。

 大輝の調子も知れて、緊張も解けてくるというもの。


 前奏が終わって、大輝が唄い始める。

 今回の曲のテーマは『闘争』。勝っても負けても、全力で立ち向かうことをイメージして作った。強い心を持って、前に前に進む様を唄う。


 時に問うような歌詞も入っている。本当にそれでいいのかと。

 聞いている人も、考え直させるようなものにしている。


 曲調はいつも通りのハイテンポでゴリゴリのロック。

 一年のやつらと、年寄りたちと。その時求められたことに合わせて、いろんな曲をやってみたけれど、俺たちの一番の武器はこのテンポのよさ。心が動くように、誰かの背中を押せるように。強く激しく弾む音が、俺たちらしさだ。


 唄いながら大輝はフロアを煽る。マイクを持っていない手で、ジャンプしろと求めれば、音楽好きな客はリズムに合わせて飛び始める。

 会場が狭いだけあって、その振動が伝わって来るようだ。

 俺もその場で跳ねながら――瑞樹も一緒に――全力で今の俺たちの音楽を魅せつけた。

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