Song.65 Back Live


 進化も退化もない音楽とは、刺激にもならないと思ってしまった。

 舞台袖で聞いていて眠くなってくる。早く終わって俺らの出番にならないかと待つ時間がとてつもなく長く感じる。

 音楽は好きだ。どんな音楽であっても、聴くようにしていたけれど、こんな眠くなるのは久しぶりだ。


「キョウちゃん、キョウちゃん。もう移動するよ」

「ふわぁ……うい」


 あくびがでそうなタイミングで、瑞樹に体をゆすられる。閉じそうな目をこすって、首肩まわりをほぐす。それでもってベースを肩にかけてから静かにスタンバイする。

 前で演奏するひまわり会にも、聴いている生徒や先生たちにも気づかれないように移動し始めたら、反対側のステージ袖にいたどっかの先生がぎょっとした顔をしていた。

 今すぐ戻りなさいというように、手を払う動作をしているけれどお構いなし。悠真の息がかかった生徒会メンバーや、計画を知っている立花先生に止められている。


 そのおかげもあって、邪魔されずに上手から前方に瑞樹、大輝、俺。後方に悠真と鋼太郎。いつもの位置に並んだ。

 互いの距離は近いし、アンプとの距離も近い。やや窮屈だけど、ベースはワイヤレスで接続しているから始まったら動ける。早く弾きたいやりたい


 肩からかけたベースが、今か今かと圧をかけてくる。はやる気持ちを抑えつつ、みんなを見れば、思い思いに体を伸ばしていた。

 俺も体を伸ばして、始まりを待つ。すると。


『――ひまわり会の皆様、ありがとうございました』


 和な音が終わり、アナウンスによって閉められる。それを遮るは我らが特攻隊長。


『ちょっと待ったぁぁぁ!』


 大輝が握ったマイクを通して叫んだ。

 新入生はわからないけれど、二、三年の中で大輝を知らない者はいないだろう。賑やかだから、成績がよくないから、元気だから。そういう理由の他にも、バンドボーカルっていう立場であるからこそ、名前も声も知られている。声だけで気づいた人、何がなんだかわからない人、戸惑う人。いろんな人の声が入り混じる中で、舞台の幕は上がる。


「わあ!」

「やば」

「誰?」

「わかんない」


 俺らを見た生徒が騒がしくなってきた。

 俺らのことを知っているのは主に上級生。新入生たちにとっては春以来で少し久しぶりだから、忘れられていても仕方ない。これから脳裏に焼き付けてやる。


「先輩っー! がんばってくださーい!」


 床に座らされていた生徒の中で、一人立ち上がって叫ぶ人。見てみればそれは、小早川で、他の一年たちから向けられる視線を気にせず応援してくれていた。それに瑞樹は小さく手を振って返している。


「君たちは……!」


 すぐ目の前にいる演奏を終えたばかりのひまわり会を率いる館長がつぶやいた。その声に答える大輝は意気揚々とマイクを使って言う。


『はいはーい! 俺ら軽音楽部、Walkerだって交流会でもライブすっぞ! ひまわり会と一緒に!』

「え、ちょ? え? だって私達は君たちに――」


 できないと伝えたはず。そう続きそうな館長の言葉を遮って、鋼太郎がハイハットを鳴らしていく。

 これが曲の始まり。

 次第に大きくなる音に悠真のキーボードを重ねてすぐ、大輝が唄う。そもそも和楽器と合わせるということで、歌詞に英語は含ませていない。静かに、落ち着いた声。いつもとなんだか違っている、そう錯覚させてから瑞樹と俺が入る。


 館長は俺らを見て戸惑っているようだが、お構いなし。

 一歩前に出て、ひまわり会と並んで弾く。

 耳の遠い高齢メンバーだけれども、流石にこの距離で聞こえないわけはない。煽るようにベースを鳴らしていたら、ひまわり会のばあさんが琴を弾き始めた。

 一人が弾けば、自分もと次々に弾き始める。戸惑っていた館長もついには一緒になって演奏に加わってきた。


 曲自体は決してハイテンポではないけれど、ひまわり会にとっては普段より早め。だから弾けるかどうか不安だったけど、ちゃんと練習していたみたいで、全員演奏できている。

 互いに互いの音を尊重して。メリハリをつけて奏でる曲は、今までの俺らにはない新鮮さを主張していく。

 サビに入ったときには、一層盛り上がりを見せる。

 俺らを知っていても、知らなくても。手をあげ、叫んで盛り上がっている。まあ、先生らはきょどっているけど。


 座って眠そうにしていた生徒はもういない。興奮させるライブを見せつけて、一曲弾き終えた。


『はぁ、はぁ……ありがとうございましたーっ! Walkerとひまわり会でしたっ!』


 今度こそ、ライブの締めの挨拶をした大輝に合わせ、みんな頭を下げたら、拍手が鳴り響きつつ、ステージを隠すように幕は降ろされていく。

 完全に降りきったところで、舞台袖から教頭が汗をかきながら、鬼のような顔で出てきた。


「君たち! 何をしているんだ!」

「え? 何ってライブ?」


 とぼけたように大輝は言う。すると教頭は怒りを見せつけてくる。


「そんなのはわかってる! 私がききたいのは、どうしてやっているか、だ!」


 怒鳴り散らしてはいるが、怖くなんてない。声よりも、俺は剥げ散らかった頭に目がいってしまって気になって仕方ない。そう言えば教頭、ヅラ疑惑があったんだよな。ヅラ、どっかに落としてきてんじゃん。あ、もうだめだ。笑いが。


「そこ! 何を笑っているんだ!」

「キョウちゃん! ダメだよ、笑っちゃっぷぷぷっ」

「無理、俺、無理もう駄目。頭見たら駄目っ……」

「ななななななっ!」


 大輝までもが気づいて笑いだす。つられて笑わないように鋼太郎は顔を逸らしているけど、肩が震えている。瑞樹もだ。唯一、悠真が作り笑顔で固めて堪えている。そんな俺らを見て、教頭が顔を真っ赤にする。


「あの、教頭先生……マイクが……」


 教頭の後ろから生徒会メンバーが恐る恐る声をかける。それでさらに顔が真っ赤になっている。

 そのまま教頭はステージから離れていった。


 多分後で何かグチグチ言われるだろうけど、知らね。ライブを潰そうとして来た向こうが悪い。それに対抗したまでだし。

 ひとまず、今回は大成功……でいいだろう。たった一曲しかできなかったけど、新しい曲ができたし、ゲリラライブ感があって楽しかった。

 反応も上々。満足のいく出来だ。

 やっぱりライブは楽しい。もっとやりたい。やれるように、曲を作ろう。それでもって、また、バンフェスで優勝してやる。


「野崎。とっととはけるぞ。撤退、撤退」

「おう」


 交流会はまだまだ始まったばかり。人形劇やら朗読が後に控えているようだから、急いで機材を片づけた。


 この後のステージは全然見ていなかった。片づけながらひまわり会とお茶会したり、反省会していたから。

 館長からは謝られた。身勝手で申し訳ないと。でも俺ら的には終わりよければすべてよし。俺らのことをもっといろんな人に教えてあげなきゃと言いながら別れたから、きっとひまわり会から年寄り層に俺たちの存在が広まっていくと思う。

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