Song.64 先


 練習を積み重ね、交流会がやってきた。ひまわり会からの連絡はいっさいないままに。

 もちろん、教師陣からの圧力は変わりない。廃部にさせたいと願うあまりに、大人の権力で廃部にさせようと無理やりにねじ伏せようということはないけれど、いい目では見ていないし、期待もしていないようだ。


「改めて今日の流れを確認する」


 平日のいつもの登校時間よりも早く、七時半に学校へ登校して全員が集まった物理室で、悠真が言う。

 まだ眠気が残る頭で、その話に耳を傾ける。


「トップバッターはひまわり会だ。ステージ準備には生徒会も協力して行うし、僕らも強制的に支援することになっている。マイクセッティングとかね」

「は? ぱしり?」

「キョウちゃん、言い方悪いよなー」

「うるせ」


 強制的な支援と言い換えてはいるが、雑用を押しつけられているということだ。練習やライブを学校でもやっているから、音響に関しては確かに俺らの方がいいだろう。が、タダ働きになるのは気にくわない。


「……琴は二つ、三味線は一つ、尺八一つに和太鼓が一つ。それが今回ひまわり会が使う楽器構成。それらをステージの前方に、横一列に並べる予定」


 悠真は黒板におおまかな図を描く。

 余りにもステージ前に寄りすぎている。複数の楽器を一列に並べたら、ステージの魅せ方としてもあまりに平面的だ。こんな風に並べるのは、悠真らしくない。


「気持ち悪い並べ方だな」

「コウちゃんまでも言い方悪く!? 俺、コウちゃんをそんな風に育てた覚えはないよ!?」

「ああ、俺もお前に育てられた覚えはない」


 大輝と鋼太郎で茶番を繰り広げたが、すぐに悠真によって収束させられる。


「無駄話は後。ひまわり会の楽器を前にしたのは、その後ろで僕らが準備するためだ。ステージの前と後ろの間に幕を下ろしておく。だから、ひまわり会の演奏が終わったら、すぐに僕らがひまわり会の後ろから大音量で鳴らす。ひまわり会のご老人たちが逃げられないように――」



 ☆



 誰よりも先に、他の生徒がくるよりも前に体育館へ入り、先に俺らの準備をした。

 体育館のステージなんて、広いわけない。いつもよりセンターよりにぎゅうぎゅうに寄せて、ステージの後ろ寄りにセッティング。かなりメンバーとの距離が近い。

 そしてその前に、上から幕を下ろした。これによってステージの広さは半減。舞台袖から見れば俺らは丸見えだけど、正面から見ればわからない。


「外部の人は袖からステージに出るんじゃなくて、その手前……この階段からあがる。だから、僕らに気付くことないだろうね。歳だし」


 この階段、と指さしたのはどこからか持ち出してきた木製の階段。入学式では見たことがある、正面からステージに上がるためのもの。


「僕の権限で、このステップを買わせた。このために」

「うわ、権力の乱用……こわ」

「最初に権力でつぶしにかかってきたのは大人だもの。これくらい可愛いものでしょ」


 さすがに悠真の大胆な行動と強引な面に引く。でも、悠真もそこまでして成功させようとしていることが伝わって来る。


「悠真先輩さすがです! でも、ここまでやって先生たちに何か言われたりしないですか?」


 計画的な作戦に瑞樹が一抹の不安を聞く。すると。


「司会進行は生徒会。ステージ運営とか、基本的な作業も生徒会に一任されている。大人が、教師が関わってきたところはなにもないよ。せっかく僕が生徒会長なんだ、使えるものなら何でも使っていかないと。ひまわり会の人達に逃げ場はないし、教師の待ったもかからないよう、生徒の協力も得た。誰も僕らを止めさせないさ」


 そう言ってレンズ越しの瞳を輝かせていた。



『みなさん、おはようございます。これから地域交流会を開催いたします』


 ステージ袖で待機し続けていると、どんどんにぎやかな声が入ってきていた。それが生徒のものだっていうのは、声色からわかる。来たくて来ているわけでないことも、時々飛び交う「めんどくさい」、「だるい」なんて声からわかった。俺も自分がステージに立つ側じゃなければ同じ意見だ。

 そんな声もマイクで拡散した生徒会の人の声でかき消される。


『司会進行は我々、生徒会が行います。よろしくお願い致します』


 パチパチと乾いた拍手が数秒鳴らされる。


『まず初めに、生徒会長より開会の言葉です』


 声の直後、同じ舞台袖にいた悠真がスッとステージへ向かって行く。

 ステージ上にはまだ俺らの楽器を隠すように後方に幕が下りているだけ。他に何も広げていないステージは、一人だけが立つには広い。

 ステージ中央に立ち、一礼した悠真はマイクを通して淡々と話す。


「この度は参加いただきました皆様に、厚く御礼申し上げます」


 相変わらずの営業スマイル。それを崩さずに続ける。


「地域交流会は、長くわが校に残る行事です。どうしても閉ざされた空間になってしまう学校と、地域の方と関わりを持ち、年齢を問わない交流で見聞を広め、皆様の生活によい刺激になればと思います。皆さんが抑圧もなく、思い思いに楽しむことができるものにしていけるよう、努めますのでよろしくお願い致します」


 再び頭を下げた時には、黄色い声と大きな拍手が送られた。それを背にして、悠真が俺らのところに戻って来る。

 さっきまでの営業スマイルが一転、ざまあみろというような顔をしていたから笑いそうになったのを何とかこらえた。


『ありがとうございました。それではさっそく始めます。ひまわり会の皆さま、ご準備の程、よろしくお願い致します』


 アナウンス直後に、年寄りがとぼとぼとステージへと上がり始める。そうなったら楽器の準備だ。生徒会の人達が楽器を運んでいる中を、俺らがマイクセッティングに動く。

 音が小さくなってかき消されないように、かつ、演奏の邪魔にならないようにせっせとマイクを準備したらすぐにはける。その間に、館長が申し訳なさそうに俺らを見ていたけれど、何食わぬ顔でやり過ごした。


 準備が整ったら、とくに事前の紹介もないまま、演奏が始まる。

 ひまわり会所属の老人たちの演奏は、相変わらず眠くなりそうなほどスローテンポで、ぎこちないような音だった。

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