Song.63 策略家は笑う



「ああ、ありがとう。助かったよ」



 廊下で女子生徒に囲まれながら、笑顔で対応する悠真を見たのは、ひまわり会との話がなしになった日の翌日。

 あんなに女子に対して、嫌そうな顔で無視し続けていた悠真が、爽やか営業スマイルを見せている。それがどうも気味が悪い。



「こえぇ……」



 そんなときは逃げるに徹する。変に声かけられて巻き込まれるのはめんどくさい。すぐに教室に逃げようとしたが、喧騒に負けない足音が近づいてくる。



「キョーちゃーん!」

「うわ、タイミング最悪」

「ん?」



 大輝の声が、近くの人の目を奪う。もう高校三年にもなると、声の主が誰なのかあらかた検討が尽くのだが、このよく通る声はそれでも注目を集めるのだ。


 ライブのときはそれでいいのだが、今はタイミングが悪すぎる。気付かれないように気配を消していた俺の努力が一瞬で泡となった。


 なのにこいつは、平然とした顔で俺の前に立つ。悪気がないのはわかってる、常にこの感じなのも。せめてこう、空気を読んでほしかった。



「ねね、何して……あ、ユーマ。何してんの?」



 大きく手を振って悠真に声をかける。すると悠真は女子の輪の中心で、おしとやかに笑顔で手を振り返す。それで女子がキャーキャー言う。俺にとって気味が悪い以上の感想はない。



「珍しいね、ユーマが女の子の中にいるなんて」

「だからこっちは逃げようとしてんだよ。見ろ、あの営業スマイル。普段使わない表情筋をフルに使ってるからヒクついてるぞ」

「あ、ほんとだ! よく見てんね、キョウちゃんってこっち来たよ、満面の笑みで」

「げ」



 見れば悠真が営業スマイルを維持したまま、こちらに近寄ってきている。その後ろには女子の鬼の目が。背筋がゾクゾクする。


 姿勢良く歩み寄ってきた悠真は、俺と大輝の肩に手を回して引き寄せた。互いの顔が近くになる距離で、悠真は静かに言う。



「放課後、時間厳守で部室に。一秒でも遅れたらただじゃ済まないから」



 低い声で周りに聞こえないよう言う声は、背筋を伸ばさせた。



 ☆



 授業の終わりを告げるチャイムののち、ホームルームを流し聞きした。というより、何も頭に入らなかった。ただただ早く、部室に行かなくてはいけないと思っていたから。俺だけじゃなくて、大輝も同じ考えだったようで授業中そわそわしていた。


 晴れて自由の身になった放課後、すぐさま大輝と物理室に走る。

 道中他の生徒が何度もこっちを見てきたけれど、いちいち反応していられない。



「あ、来た来た。お疲れ様ですー」



 誰よりも早く来たつもりだったが、すでに物理室には瑞樹の姿があった。

 先に練習の準備をするわけではなく、机に譜面を広げてさらっていたようだ。



「ユーマはまだ?」

「まだ来ていないです。鋼太郎先輩もまだですので、ホームルームが長引いているのかもしれません」

「よかったあぁ……」



 安堵の息を吐いた大輝に続いて物理室に入る。

 その時に何か音が聞こえた。



「どったの、キョウちゃん」

「いや……」



 足を止めて耳を澄ませる。大輝も瑞樹も気に留めていないようだが、いつもと違う音が聞こえたのだ。

 生徒の騒がしい声じゃない。ガタっという物音。聞こえたのは隣の部屋……そう、物理準備室の方から。

 音がした方へ顔を向ければ、準備室の扉が開いた。



「あ、珍しく来てる」

「悠真、お前いたのかよ……」



 平然とした顔で現れた悠真とその後ろで青ざめている鋼太郎がいる。それに続いて、先生までもが顔を引きつらせながらやってきた。

 二人がどうしてそんな顔をしているのか、それを知っているのは悠真しかいない。

 あれだけ営業スマイルを振りまいていたんだ。何かを企んでいるに違いない。俺なんかよりもずっと手の込んだ何かを。



「前置きはなしだ。大人に圧をかけられて僕らの計画が潰されないような、交流会の計画を説明する」



 そう始めた悠真と共に一つのテーブルを囲んで座ると、詳しく説明していく。

 その計画は緻密で秘匿な悠真とは思えない大胆さをねじ込んだものだった。



「アウトじゃねぇの、それ……さすがに当日、ストップがかかるだろ? 交流会なんざ生徒主体っていうよりも、教師主体なわけだし」



 計画が成功すれば、当初に想像していたステージができるだろう。だけど、成功する保証はない。さすがに俺でもそのぐらいわかる。



「だから僕が仕切る。伊達に生徒会長をやっていないよ。交流会の司会進行は生徒会に任されている。表向きの当日のスケジュールは提出済み。生徒会メンバーに協力を仰いで、そこに当初の計画通りな共同ステージを行う。ただ、ひまわり会にも知らせていないから、一緒にやってくれるかはわからないけれど。そこは向こうを信じるしかない」

「博打じゃねぇか……」

「まあね。でも好きでしょ、そういうの」



 含ませた笑みで俺を見る。

 わかってるじゃねぇか。そういうチャレンジは嫌いじゃない。



「他に意見は?」

「なっしんぐ。ユーマがそれだけ自信あるんじゃやるしかないね!」

「僕もないです」



 大輝と瑞樹はすんなりと受け入れた。

 ほらねと言うように悠真は鋼太郎を見る。すると、鋼太郎は納得したように頷いて返した。



「なら決定だ。当日、計画通りに動いて。遂行を邪魔する大人は、僕が何とかする」



 いつも冷静な悠真の、子供のような無邪気な表情はメンバーを震わせた。

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