Song.62 潰させやしない



 ひまわり会への相談は、その日の放課後に再び公民館で行った。

 顔が知られているということもあって、すんなり館長に会えて譜面を渡したが、渋い顔をされた。「弾けないわけではないと思うが」と言うが、気が進まない様子だった。

 他に利用者もおらず、夕陽が差し込む部屋で、何度も唸られる。この前までは乗り気だったのに、数日で変化するなんて。



「難易度を下げたものの方がいいのであれば、そのように再度書き起こしますがいかがでしょうか」

「うーん……そういうわけでは……」



 悠真が提案をするが、何を言ってもさっきからこんな返答ばかりだ。

 曲が悪い、譜面が難しすぎる。そういう理由ではないように見て取れる。なら、なんで館長はこんなに反応が鈍いのか。一体何が。



「あの、鈴木さん。正直言ってください。曲じゃなくて、他に何があるんすか。何が気がかりなんです?」



 しびれを切らして、鋼太郎が強めに言う。すると、眉をピクリと上げた館長は目を泳がせてはまた、「うーむ」と繰り返す。

 これでは話がまったく進まない。



「この前のときはかなり乗り気だったじゃないすか。曲に不満があるわけじゃなさそうだし、他に何があるんすか」

「それは……いや、その……今回のこの話、なかったことにしてもらえないだろうか」

「はあ!? 急になんなんすか?」



 突然すぎる。たかが数日だぞ。頭を下げられても、納得がいかない。

 館長に何があった。何がそんな判断をさせたんだ。

 みんなで顔を見合わせて、どうしたらいいか考えを巡らせる。あまりにも急なことで、うまく考えられない。


 そんな中、イスの背もたれに背を付けて腕を組みながら顎に手を当てていた悠真が静かに口を開いた。



「……教頭、ですか?」

「なんだ、知っているんじゃないか」

「いえ。推測です」

「そうか……」



 館長となんの話をしているかわからない。というか、教頭? 教頭が何か言ったというとでも?

 ジッと悠真を見ていたら、説明をしてくれた。



「軽音楽部の廃部を進めているんだよ、教頭が。それで圧をかけてきたんだと思う」

「まじかよ……」



 軽音楽部は設立からまだ二年目。設立できたのは、去年の文化祭で教師生徒が納得できるようなライブをすることだった。それができたから今があるわけだが、最後の最後まで教頭は設立に反対していた。

 でも、結局部活として成り立ったわけだし、何より今回の交流会で演奏するようにと言ってきたのは顧問の立花先生だが、その先生はと言っていたから校長や教頭から指示されたものだと思っていた。


 だから今更になって、廃部にさせたい理由がわからない。



「チッ……これだから大人は嫌なんだよ」

「ちょっと、キョウちゃん!」

「ふんっ」



 大人はいつだって勝手だ。その下にいる俺らを強制してしばりつけてくる。生徒の自主性を重んじるなんて学校はうたってはいても、実際はそんなの建前だなんて言う。見た目だけよくして、中身がないのと同じ。そんな大人、くそくらえだ。



「ちなみに、教頭からどんなお話があったんですか?」



 悠真が外面を作って聞く。



「……わが校の生徒が勝手な行動をしているから、相手にしなくていいと」

「それだけじゃないですよね?」

「……っ! 君はなかなか鋭いね。そうだ、続きがある」



 館長は間を作ってから話す。



「今回もし、生徒と共に出るならば、今後交流会への参加依頼をすることはなくなる。各施設との協力も控えさせていただくと。遠回しだったが、そう言われたよ。ひまわり会が演奏する機会は、教頭先生から紹介いただいた場所が多いんだ。それを絶たれてしまえば、我々は人前に立つことができない……すまない。保身のために、君たちの努力を無駄にしてしまうことになってしまって……」



 納得できるわけない。

 理不尽な大人に。身勝手な大人に振り回されるなんて。

 交流会は没か? 完成させた曲は無駄になるのか?



「……わかりました。それがそちらのご判断であるのなら、僕たちは引き下がるしかありません」

「おい、悠真!」

「仕方ないでしょ。僕らが何を言っても、鈴木さんの意見は変わらないよ。君もわかるでしょ、大人のやり方を」



 すっと立ち上がると、悠真は荷物を肩にかける。食って掛かるようなことはしない。ただ冷たく頷いて、俺らに「帰るよ」と言う。

 こういう交渉とか話し合いに、俺は向いていない。悠真や鋼太郎が冷静に対応してくれるから、任せている。俺だったら感情的になってしまうから。

 そんな悠真が帰るというんだ。それに従うしかない。



「僕らは僕らで。この曲を、この音楽を。僕らの信じるものを糧に続けます。たとえ大人に反対されても……それでは失礼します」

「……ああ。すまない……」



 意味深に言い残して、悠真は全員を連れて公民館を出る。

 外へ出るまで誰も口を開くことはなかった。

 公民館を出て、駅の方へと歩き始めたとき、やっと言葉を発したのは瑞樹だった。



「あの、本当にいいんですか? せっかく曲まで準備したのに……」



 おどおどと離れていく公民館をチラ見しながら悠真に話す。すると悠真は、瑞樹の不安をかき消すかのように強気で言い放つ。



「まさか。僕がそんな簡単に引くわけないでしょ。譜面も置いてきたし、僕らは続けることも伝えた。裏で手を引く大人の言いなりになんてならないよ」

「先輩……」

「ひまわり会が練習してくれるなら、当日にぶっつけ本番でやることもできるし。ただネックなのは今後の演奏ステージについてだろうから、そこの手引きをすれば何も不安になることはなくなるよね。なら、教頭をねじ伏せるのが一番。それなら――」



 悠真は色々考えを巡らせているようだ。



「んじゃ、教頭を一発殴ればいいんじゃね」

「キョウちゃんのパワー1の力で? やる前にすぐ倒されちゃいそー。力なら俺とコウちゃんの方がよくない?」

「んじゃ頼むわ」

「よし、いくぞ。コウちゃん!」

「ふざけんな。俺を停学にさせる気か」



 ふざけつつワイワイしながら歩くこと十数分。公民館から駅までやってきた。

 もういい時間だ。これでひとまずは解散する。今後の予定については、また明日話し合うことだろう。

 電車通学の大輝と悠真を見送るときに、何やら悠真が含みを持たせた笑みを浮かべたのに気づいたのは俺だけだったようだった。

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