Song.61 一夜の過ごし方


 本当に瑞樹は宿題を片づけるまでずっと帰らなかった。というか、帰っていない。結局俺の家に泊まっていった。それで早朝に一時帰宅。荷物を整えて、しっかり俺を迎えに来た。だから学校をさぼるなんてことはできなかった。



「キョウちゃぁん……」

「あ? 大輝、お前……」



 溜まった宿題と教科書類を無理やりバッグに詰めて、ベースを背負えば大荷物で登校した俺を見つけた大輝が泣きついてきた。

 何だかその顔がやつれているように見えるのは、会うのが数日ぶりだからというわけではないと思う。多分、俺と同じ――



「コウちゃんにね、宿題全部やらされたの……泊まり込みで」

「俺と同じかよ……」



 瑞樹が俺に付いて、鋼太郎が大輝に付く。俺と大輝の成績改善を図ったな。これはおそらく悠真の指示か。



「キョウちゃんが来ない間さ、ユーマがおこで勉強させられたぁ……キョウちゃん、休まないでよぉ」

「わりわり。曲作ってたら時間忘れた」



 そんな話をしていたら、大輝がはっとした顔を浮かべた。その目は俺ではなくて、俺の後ろを見つめている。振り返ったら、腕を組んで立つ悠真がいた。



「おはよう。さぞかしよく寝て勉強できたみたいだね」

「よう。瑞樹にしごかれたからな。悠真が瑞樹に頼んだんだろ?」

「まあね。君ら二人、成績が酷すぎて先生が困っていたから」

「返す言葉もねぇな」

「だろうね」



 ツンとした話をしている傍ら、悠真のファンらしき女子集団が俺らをじっと見ている。人数としては五、六人か? 付きまとわれていたからか、悠真の眉間に皺が寄っている。それで少し不機嫌なようだ。



「後ろのは放っておいて。それより、曲。送ったから確認して。今日の放課後までに」

「できたのか!」

「徹夜で作ったんでしょ? だったらこっちもそれに応じるまで。それに、本番までそう時間はない。早く譜面にして、あちらの方にもお渡しして相談しないとだし」

「大輝、聴こうぜ」



 大輝を連れて席に行く。悠真が何か言いたそうだったけど、俺らが離れたら悠真も自分の教室へ向かって行く姿は見えた。その後ろに女子がぞろぞろ続いていたけれど。


 自分の席でスマホを見れば、悠真から曲データが送られてきていた。

 イヤホンを大輝とシェアして、曲を確認する。

 俺が作ったときと比べて、アレンジは多くないようだ。歌詞は少し変えられていたり、間奏部分の間が変わっている。それが曲に厚みを持たせている。


 今回の曲は短い。三分もない。

 新境地に踏み出すにあたって、軽めにしたかったから。それでも。



「すげー! キョウちゃん、なんかこう、キョウちゃんが見え隠れする!」

「意味わかんねぇよ」



 曲を一通り聞き終えたあとに、大輝のテンションがぐんと上がった。目を輝かせて、顔が明るくなっている。餌を待つ大型犬みたいだ。



「歌詞だけど、これが俺が作った奴で、悠真がここを変えているから……」

「ふむふむ」



 ホームルームが始まるまで、大輝と話した。

 歌詞の解釈を説明し、どう唄えばいいのかを話しあう。その間にやつれた顔はすっかりどっかにいった。



 ☆



「曲はこれでいい?」

「意義ナーシ」



 部室である物理室に集まって、一つの机を囲うように座った直後に悠真が本題に入った。

 悠真は俺と同様、グループチャットの方に完成した曲データを送っている。各々休み時間に聴いていたみたいだ。



「じゃあ、譜面だけど……」



 曲を譜面に起こすのも時間がかかる。今回ひまわり会分のものも用意しないといけないからそこそこ時間がかか――



「ここにある」

「まじか」



 俺がデータ送ってから一日しか経っていない。なのに、悠真は曲のアレンジを終わらせて、全員が納得するものになっていることを見越して譜面にまで起こしていた。それがどれだけ大変かっていうのはよくわかっている。ひとりで、しかも一日で終わらせられるほど簡単ではないはずだ。


 自分のバッグから譜面を取り出す直前、悠真が小さくあくびをして目をこすっていた。悠真も徹夜していたかもしれない。メンバー全員睡眠不足だけども、思考回路は正常だ。



「わあ、さすが悠真先輩です」

「どうも。君も馬鹿なリーダーのお世話してくれたからね。僕もこれくらいやらないと」

「いえいえ、なんのこれしき。キョウちゃんのお世話はいつものことですから」



 悠真と瑞樹の言葉に棘がある。



「そっちの馬鹿の方も見てくれて助かったよ。おかげで、僕の仕事がスムーズに進んだ」

「そりゃよかった。でも正直きつかった」

「だよね。大輝のレベルは小学生ぐらいだから」



 大輝に付きあっていた鋼太郎は、顔を手で覆い疲れを見せた。悠真はそのぐらい疲れることをわかっていたからか、ディスっているけど、当の本人である大輝はへらへら笑っている。こいつの底なし体力のおかげか。その点から見ても小学生と言われて納得がいってしまう。


 悠真から譜面を受け取り、軽くさらう。自分で作ったものがベースとなっているから、弾きにくいとかそういう点はない。俺たちにとっては、今までの曲の中でも簡単な部類に入るし。特に念入りに練習が必要になるのは、ひまわり会とのバランスか。というか、弾けるか微妙だ。年寄りが素早く手を動かせるかどうか。



「思っていたより、みんな弾いたり叩いたりすんのすぐできんね! 俺が歌詞を覚えるより早い!」

「それは必死こいて覚えろ」

「昨日コウちゃんに教えてもらった勉強が抜けそうだけどいい?」

「いいんじゃね」

「うーし! 頑張るぞー」



 大輝が音を聞いて体を揺らし始めた中、鋼太郎がまたしても顔を覆って肩を落としていた。

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