Song.60 時間の流れ


「できた……!」



 曲のひな型が完成した。

 メロディ、展開を作って、歌詞を載せて。演奏できるできないは置いておいて、今の俺をそのまま詰め込んだ曲になったと思う。


 作り始めてから何時間経ったのかわからない。

 パソコンに向かい続けていたから、目が乾いた。肩が痛い。腰も痛い。あちこち痛い。


 ひとまず作った曲を悠真に送っておこう。そうしたらアレンジをしてまた送り返してくれる。それが俺らの作曲スタイル。

 グループチャットに曲データを送る。悠真以外も一度確認できるしちょうどいいだろう。

 スマホにデータを送るのは面倒だ。というか、スマホどこいったっけ。まあいいや。パソコンから送れば。



「ふうー……」



 パパッと送信完了し、座りながら手足を伸ばす。ゴリゴリいやな音を立てたが、やっと血が体の隅まで巡った気がする。

 そうしたら途端に疲れが襲ってくる。

 ベッドに体を投げて、埋もれたらすぐに瞼が重くなってきて、意識は飛んだ。




 ブーブーと鼓膜を震わせる音が意識を戻した。

 ほとんど開かない目で音の根源を探す。あの音はバイブ音だろうから、きっとスマホが鳴っているのだろう。

 ……スマホ、どこやったっけか。

 見える範囲にスマホはない。制服の中だったか、それともバッグの中か。はたまた引き出しの中か。



「いでっ……」



 ベッドから落ちた。床を這って一番近くにあったバッグを探るが、ない。面倒だけど立って頭をさすりながら制服のポケットを探ったけれど、そこにスマホは入っていない。なら、引き出しか。

 なんで引き出しに入れたのかは覚えていないけれど、パソコンモニターが並べてある机の引き出しにちゃんと入っていた。


 画面に出ているのは悠真の名前。なんだろう、とても嫌な感じがする。

 躊躇している間にも、ずっと鳴り続けている。これは取らないと永遠と続くだろう。



「っ……はぁ」



 通話のボタンを押して黙って耳に充てる。すると。



『ばっっっっかじゃないの!』

「う……」



 鼓膜を破きそうなほどの悠真の声が聞こえて、耳からスマホを遠ざける。

 ひと叫び終わると声は小さくなったから、また耳に充てると深いため息が聞こえた。



「あのー、悠真サン?」

『……君、時間わかってる?』

「時間? 時間……夜?」

『はあ……今、! 早く学校に来い!』



 ブチッっと通話は切られる。

 画面に残るのは現在時刻。日付が、最後に俺が見た日付よりも二日過ぎている。

 二徹していたか。そりゃ眠くなるわけだ。久しぶりの徹夜だし。

 真面目な悠真に怒られたけれど、学校に行ける体力がない。ぶっ倒れる自信ならある。



「ふあああ……ねむ。寝よ」



 スマホをもう一度あった場所に戻して、ベッドに帰る。

 頭まで毛布をかぶって目を閉じれば、すぐに眠れた。



 ☆



「――キョウちゃん、おはよう……ってそんな時間でもないけどね」



 うとうとしながら目を開けると、親しみある声がして、ベッドの下に座っている瑞樹がこちらを見ていた。

 いつの間に瑞樹が来たのだろうか。



「瑞、樹? 今何時……?」

「えっとねー、もうすぐ六時になるよ」

「ろ、く……夕方?」

「もちろん」

「まじかぁ……」



 寝た時間を考えると頭が痛い。さすがに寝すぎた。夜眠れるか微妙なところだ。

 わかってはいたけれど、悠真との電話をそのまま流して学校をさぼったわけだから、明日めちゃくちゃ怒られるに決まっている。

 夜の睡眠と明日の怒り。二つの理由で頭が痛む。



「悠真先輩から伝言。『明日来なかったら廃部にする』だって」

「めちゃくちゃ怒ってんじゃん……」



 笑いながら瑞樹は言うが、笑い事じゃない。生徒会長をしている悠真ならば、自分の部活をひねりつぶすことぐらい簡単にやる。それに軽音部の部長だし、教師から信頼もある。軽音部自体がそもそも教師からの評判があまりよくない部活だし、悠真が廃部にすると言えばすんなり受け入れられるだろう。そんなの御免だ。


 廃部にされたら、今後参加しようとしている大会に出られなくなるし、自分たちで部活を作って壊したって後ろ指刺されるのも苦痛だ。

 学校へ行っても行かなくても、想像できる悠真の行動に冷や汗が出る。

 あれこれ考えるうちに、頭も冴えてきた。



「ふふ、これに懲りたら明日はちゃんと登校してよね。僕、明日の朝迎えに来るから」

「過保護か」

「だってそうでもしないと行かないでしょ? さながら僕はキョウちゃんのお目付け役ってところかな」

「ぐぬぬ……」



 瑞樹に世話焼かれる立場になるなんて。いや、今までもそんな感じだったけれども。



「――わかぁった、明日は行くから。で、瑞樹、なんで今日うちに来たんだ? 明日来るなら別に今日は来なくてもよかっただろ?」

「僕は伝言を頼まれたのと……あと、これを渡しに。キョウちゃんにとってすごく大切なものでしょ?」



 何かと期待した自分が馬鹿だった。

 瑞樹が自分の荷物から丁寧に出してきたのは、折れ目がほとんどない教科書やノート、そしてプリント類。二年の瑞樹のものではない。俺が教室に放置してあるもの全部だ。

 わざわざ持ってきたのかという驚きと、山積みになった教科書に息が詰まる。



「宿題はしっかりやらないと。立花先生もご立腹だよ」



 笑顔だけれども、目の奥は笑っていない。これは逃げられない。



「こっちが宿題の範囲。ちなみにこのプリントは提出期限が昨日だったやつ。これは……あ、採点済みの小テストだ。え、八点って……十点満点じゃないよね? キョウちゃん?」



 あれやこれやと出てくる宿題の山。それをどういうわけか瑞樹が把握している。

 瑞樹から小テストを奪ってぐしゃぐしゃにして捨てた。勉強なんてやりたくない。こんなためにもならない勉強、やらなくていいだろ。



「もう! 卒業できないとみっともないでしょ。充分眠っただろうから、しっかりやろうね。僕、終わるまで帰らないから」



 悠真だけじゃない。瑞樹はスパルタだった。

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