Song.59 毛色の異なる音楽



 和楽器とロック。どうやって組み合わせればいいか。

 和楽器で演奏するひまわり会は、既存の曲で存在している楽譜通りに奏でている。対して俺たちはオリジナルで作った曲を奏でる。しかも、その曲は俺が作って悠真がアレンジしている。つまり、俺と悠真にどんな曲になるかは任せられている。


 ジャンルの違うバンドを組み合わせて魅せる曲なんて、どうすりゃいいんだ。



「らしくねぇな」

「あ? んだよ」



 ひまわり会との打ち合わせをした次の日の部活。部室で鋼太郎が来るなり、すぐに言ってきた。

 詳しく聞かなくても言いたい事はわかる。



「進まねえんだろ?」

「よくわかってるな。正直、あのじいさんたちと合わせるのはきつい。思ってたよりも音が違うし、曲も違う。おいそれと曲を提示して合わせられるもんじゃねぇ」

「合わせる、ね。確かに年寄りの体力だと、Walker俺らのテンポはキツいだろうな」

「だろ? 俺、そもそもスローな曲は得意じゃない」



 テンポを落とせば俺たちらしさが無くなる気がする。

 有名バンドが稀に異色の曲を披露すれば、ファンにとって珍しがられて受け入れられるだろう。

 俺たちはまだ、そんなバンドではない。

 自分たちのカラーをやっと見つけて進み始めたところ。今、ブレてしまったら、今後迷子になりそうな気がしてならない。



「俺らのスタイル崩したくないけど、崩さねぇとやれねぇ……あーっ! わっかんねぇ!」



 考え詰まってしまって、先に進めないまま時間だけが無情に過ぎていく。



「……野崎らしくでいいんじゃないのか?」

「それが出来ねぇから困ってんだよ。今までのままじゃ合わせられねぇんだから」



 それが出来ていたらこんなに困っていない。鋼太郎の言葉に、イラッとしてしまった。


 勝手に出そうな舌打ちを下唇を噛んで飲み込んでから、顔を上げる。すると、鋼太郎はつり上がった目を見開いて、俺を見て言う。



「野崎は人に合わせるの、苦手だろ? だったら合わせることを考えて作るより、作ってから合わせる形に作りかえればいいだろ?」

「あー……あ?」



 頬を掻きながら言われたことをかみ砕いてみるけど、頭が追い着かない。



「ま、作りたいように作ればいい。それが野崎らしさなんだから」



 そう言うと、俺の理解も返事も聞かないまま、背を向けてドラムの準備に取りかかった。


 俺はまたしても机に向かって考えてみる。

 俺らしさ。

 それがどんなものなのかは、バンドを組む前から曲作りをずっとやってきているから、何となくわかっているつもり。それを表に出したら、コラボが出来なくなるから困っているんだが……。



「ねえ」

「あ?」



 入れ替わりに悠真が静かにやって来て、俺の前に立つ。

 眼鏡の位置を正しながら、俺の手元に開かれたままの真っ白なノートを見た。



「テーマは?」

「何も決まってねぇ。悩みすぎて」

「そう。じゃあ、提案していい?」

「提案?」



 悠真から最初にテーマを挙げられたことはなかった。

 今まで一年間、作った曲に関して、俺が基本的な土台を作っている。曲調から歌詞、テーマを含めてだ。それを踏まえて悠真がアレンジを加えてやっと、曲が完成する。


 悠真がテーマを言うなんて珍しい。



「ジェネレーション、世代、バトン、タスキ……」

「ちょっ、ま!」



 まさかひとつだけじゃなくて、いくつも言うものだから慌ててペンを取る。

 殴り書きで悠真から出た言葉をメモしていく。



「文化、繋ぐ、歴史、混合、セッション……古、今、橋。どう?」

「どうって……メモで必死」

「うわ、字汚い」



 何とか記録できた単語を覗き込んで悠真は冷たく言い放つ。仕方ないだろ、慌てて書いた分、字が汚くても。俺が読めればいいんだよ、うん、読める、多分。



「君が人のことを考えて曲を作るのは無理だと思うから、まずはありのまま作りなよ」

「それ、さっき鋼太郎にも言われた」

「そ。なら、僕と彼は思考がよく似ているんだね。それに、君のことをよく知っているつもりだ。たまには人の意見を取り入れてみれば? 君ならもっといいものを作ることができるだろうし」



 悠真が俺のことを買ってくれている……?

 いつも俺を冷ややかな目で見ている悠真が。俺を。



「――ッシ!」



 顔を両手で叩く。

 ここで詰まっている場合じゃない。まずは手を動かせ。

 それで作った曲が、俺ら以外に演奏できないようなものであったなら、悠真がうまいこと手を加えてやってくれる。俺だけで作る訳じゃないんだ。



「何、その顔。気持ち悪。というか、怖い」

「るせぇ。待ってろ。明日には渡すから」

「そんな猛スピードで作って、クオリティ下げないでよ」

「下げるものか。上げてやる」



 悠真の挙げたテーマ候補をもう一度見て、ピンとくるものを選ぶ。

 ひまわり会とWalker。年齢差がある二つのグループが異なる楽器で一つのものを作る。二つをフュージョンさせてできるものは、今までにない新しいもの

 過去から未来を拓く曲に。

 過去に置いてきた人たちに別れを告げて、今いる人たちと共に未来へ進めるように。



「わり! 俺、今日帰る!」



 頭に浮かぶメロディーを曲にしたい。

 ごっそり荷物を掴む。

 練習をするものだと思ってドラムを準備していた鋼太郎が、何度も瞬きをしていた。その隣で悠真はふっと笑う。

 二人に帰宅することを止められなかった。


 物理室を出てすぐに大輝と瑞樹が談笑しながらゆっくり物理室へ向かっているところに出くわしたが、さっき同様に「俺、帰るから!」と言ったら鋼太郎と同じような反応をする大輝に代わり瑞樹が口を開く。



「頑張ってね」

「おう」



 瑞樹との付き合いは長い。俺のことを一番わかっている。だから、みんなに説明してくれるだろう。


 練習は俺以外のみんなでやってもらって、俺はすぐさま家で曲作りに没頭した。

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