Song.58 予定


「みなさん、ひとまず練習をしましょう。君もできるなら加わってくれると助かるんだが……」


 君、と館長に呼ばれたのは鋼太郎。年寄りたちに囲まれてタジタジしていたところから、やっと解放された。

 鋼太郎以外はこの場で部外者。何もできないし、見学しかすることがない。おとなしく壁際に鋼太郎以外が集合。そうしたら年寄りたちが各々独り言を言いながら自分の楽器を前に準備を整えた。


 琴と三味線は二つずつ、尺八は一つ、そして和太鼓が一つ。

 鋼太郎は自分の背と同じぐらい大きい和太鼓を前に顔をしかめている。

 この構成でどんな曲を始めるのかと開始を待つ。すると。


「みなさん、準備はよろしいですか? 今日は学生さんがいるけど、いつもどおりやりましょうか」


 そんな館長の話の直後にポロンと琴が鳴らされる。

 途端、空気ががらりと変貌する。

 さっきまでのまるで老人ホームのひとときから一転、張り詰めた空気の中を静かに琴が流れる。

 そこへ加わる他の楽器。主旋律が琴と尺八で交互に奏でられていき、バックを残りの楽器が固めて演奏されたのは――


「さくらさくら、だよな?」

「……そうだね。間違いない」


 ぼそっと言ったら、悠真もそうだと言った。

 ゆっくりと静かな曲と言えば聞こえはいいけれど、眠気が来そうなほどテンポが遅い。もともとの曲が遅いのもあるが、さらに遅いと感じるのは普段練習している曲に慣れているからだろう。


 こんなスローな曲、鋼太郎がどうしたらいいかと挙動不審に立って慌てているのは見ていて面白い。

 けど、このスタイルの曲を交流会で見せられて、大人たちは素敵だったなんて言うかもしれないが、生徒は寝るに違いない。そして記憶に残らない。何も残らない演奏になると思う。そんなステージはつまらない。


 っと、思っている間に曲が終わったようだ。年寄りたちはかなり満足した顔をしている。


「こうくん、もっとどんどんやってかなきゃだめよぉ。叩き方忘れちゃった?」

「あ、いや。それもありますけど、驚いたっていうかなんというか……」


 またしても囲まれている鋼太郎は置いておいて、悠真に目線を送って、本来の目的を果たすべく動く。


「演奏、ありがとうございました。自分たちにはない、新鮮さがありました」


 館長に近寄り頭を下げる悠真の後ろで俺も軽く礼を伝える。


「そこでなんですが、鈴木さん。ご相談がありまして」

「ああ、そう言えば話を聞いてなかったな。なんだったか?」


 館長に会ってすぐ、鋼太郎との再会で盛り上がってしまっていたからまったく本題に入っていなかった。

 俺と悠真は交渉して無理ならすぐに引き下がると決めている。この調子だとあまりうまくいく未来が見えないから、表向きは依頼して断られて終わり。そんなシチュエーションを予想していた。


「羽宮で行われる交流会についてなのですが、よろしければ僕たち軽音楽部と一緒にステージに立ちませんかという相談をしに来ました」


 平坦な声だ。悠真もほぼ諦めているのだろう。

 俺たちの音楽とひまわり会の音楽は、あまりにもかけ離れている。セッションすら難しいほどに。だから本来の目的を伝えて断られて帰る。それで終わり。


「一緒に……」


 館長は腕を組んで口をへの字の曲げる。ほら見ろ、やっぱり無理そうだ。ならとっとと帰る支度をしよう。

 年寄りに紛れて鋼太郎に絡みに行っている大輝を呼び戻そうと口を開いたときに、館長が大きく手を叩いた。


「いいじゃないか」

「え」

「は」


 嘘だろ。え、本気で言ってるのかこのじいさん。


「私らもみんな歳いってて、やってることも同じになってるんでね。新しいことに挑むこともなくマンネリ化していたところだ。若い子と一緒にやるとこっちまで若返りそうだ」


 賛同するなんて予想外だ。

 ちょっとこの人らと一緒にやるのは骨が折れるぞ。


「やることになった?! わーい! なんの曲やる? 俺、楽しいのやりたーい!」


 いつの間にか近寄ってきた大輝が犬みたいに騒ぐ。声を大にしているんだが、年寄りにはちょうどいいボリュームらしく、年寄りに囲まれてこっちの話は届かないくらいあっちで盛り上がり始めている。


 なんかめんどくさい気がしてきた。

 今更だけど、この老人会と一緒にやるとなるとかなりペースを落とさないといけないだろ。曲すら思いつかねぇよ。あー、大輝の提案に乗るんじゃなかったな。


「あー……」

「キョウちゃん!」

「あ?」

「顔に出てるよ。しゃきっとしないと!」

「俺にそんな顔できると思ってんのか」


 瑞樹が背中をつついて言う。俺、そんないい顔はできねえから。


「……ありがとうございます。では、今後についてご相談をしてもよろしいですか? 流れとか曲とか、その他もろもろを」


 そう言った悠真は、外面を固めてきた。

 眼鏡越しの目は笑っていない。引きつった口元は、何とか繕っている感じだ。


「おお、そうだな。私らの顔ぶれはここにいる者で全員だ。君たちの演奏も見せてもらえるかい? それから今後を考えていこうじゃないか」


 まさかの一緒にやる方向で進んで行く地域交流会でのステージ予定。前途多難な行く先に不安しかない。

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