Song.57 外の人気


「初めまして。突然失礼いたします。僕たち、羽宮高校軽音楽部です。相談があって、今回お伺いさせていただきました」


 悠真が前に出る。この場で交渉に特化しているのは、悠真しかいなかった。


「羽宮? 軽音? なんの用……――お、あんちゃん、元気にしとったか!?」


 嫌そうというか、めんどくさそうな反応だったのもつかの間、目線が悠真を通り越す。その先を追ったら、鋼太郎が顔をポリポリ掻いて目を泳がせていた。


 鋼太郎の家が和菓子屋で、そこの上客であることまでは聞いていた。だが、この如何にも親しげな反応を見る限り、それ以外の何かがありそうだ。


「そこそこには、って感じです」

「そうかい! 元気なら何よりだ! あんちゃん、またやらねぇかい? みんな老いて逝っちまったやつも多くて、若いやつはいないし、人が減ってくばっかりなんだよ」

「いや、俺、こっちで手一杯なんすよ。勉強もあるし」

「んなこと言わずにな! これから練習もあんだ。久しぶりにあんちゃん、叩いてくれたって、減るもんじゃねぇだろ? みんな喜ぶしな!」

「ええ……」


 館長の強引な勧誘に、鋼太郎のつり上がった目が助けを求めて俺を見る。


「おい、鋼太郎。お前、何かやってたんかよ」


 鋼太郎の肩を引っ張って、こちらに引き戻す。すると館長は邪魔するなと言うように、またしても嫌そうな顔をしていた。


「昔だ。うちのじいさんに連れられて、ここで太鼓やってた」


 なるほど?

 だから、鋼太郎をドラマーとして誘ってからどんな曲でも叩けるリズム感があったのか。てっきり練習がものをいったのだと考えていたが、リズム感はずいぶん前から鍛えられていたようだ。それが今の鋼太郎に通じている。


「ほえー。コウちゃん、太鼓似合いそー」


 納得したように、我に返った大輝がつぶやく。すると、館長は顔を明るくして言う。


「似合うぞ。若ぇ衆が誰もいなくて、困ってたんだが、あんちゃんが小学生と思えない迫力で叩いていたからな。祭りでも大活躍だった」

「祭!? 俺、見てみたい! コウちゃん、やって!」

「はあ!? ふざけんな。何年やってねぇと思ってんだ。もう無理だって」

「無理無理言うもんじゃなーいの。やってみなきゃわからない、でしょ?」


 大輝が乗り気になってしまった。館長も大輝と気が合うと感じたのか、ワイワイと話している。


 すまん、鋼太郎。俺にヘルプは無理だった。俺もどちらかと言えば、鋼太郎が叩いているところを見てみたい。

 軽くジェスチャーで謝ったが、睨むように鋼太郎はこちらを見ていた。


「キョウちゃん、後で鋼太郎先輩に怒られちゃうよ? すごく怒っているもん。キョウちゃん以上に目で人を殺しそう」

「瑞樹もなかなかの言い方だぞ。ま、そん時はそん時だ。誠心誠意謝る」

「それで許してもらえたらいいね」


 こっそり瑞樹とそんな話をしている間に、鋼太郎たちは館長に連れられて二階につながる階段を上っていた。俺たちもついて行こうとしたとき。


「ねえ、ここに来た理由、忘れてないよね?」

「あ」

「馬鹿なの。馬鹿だけど」

「馬鹿馬鹿言うな」

「はいはい。思い出したなら、もう忘れないでよね。あくまでも目的は、交流会の相談なんだから。軽く聞き流して、本題に入るよ。ダメならダメですぐに引き下がる。いいね?」

「りょーかい」


 悠真とそんな話をしていたことを、ほかのメンバーは知らない。



 ☆



 公民館の二階には、いくつか部屋があった。一つは小さな図書館のような部屋。あまり質や量、新鮮さもないくたびれた本が並んでいる。

 その奥にある部屋に、館長は入って行く。

 年期が入った薄い扉を抜けた先は、くすんだ白い壁に覆われた空間。そこに俺の背より高い大きい和太鼓から、小ぶりな太鼓、琴に三味線……和楽器が置かれているあたり、練習スペース兼物置にもなっているのだろう。


「最近はみんな歳とっちまったから、でかい太鼓は使えてない。あんちゃんがやってくれれば助かる」

「うーん、そすか……」


 高齢館長に対し、断ることができなくて。鋼太郎は苦い顔をしている。

 その横を大輝が駆け抜けていき、目を輝かせて楽器を眺めている。


「俺、本当にできるかどうか……」

「できるって。ほら、まずは準備してくれ。壁際に太鼓、手前に他の楽器で置いてくれればいいから。そこの少年たちも、ほら」


 言われれるがまま、俺たちは動いた。それぞれの楽器に重量があり、これを年寄りだけで運ぶのはなかなかきついものがあるだろう。

 普段自分の楽器とアンプ、スピーカーを運ぶことはあるけれど、和太鼓重い。腕がちぎれそうになりながらも、何とか準備していたとき。にぎやかな声がどんどん近づいて来ているように聞こえた。


 手を止めてドアの方を見ると、そこには五人の老人が足を止めてこっちを見ている。その目に捕らえられたのは――。


「あっらあ! こうくんじゃないのぉ!」

「やだ、ほんっと! おっきくなったわねぇ」

「おお、かたやの!」

「久しぶりだねえ。あれ、いくつになったんだっけかい?」

「じいさんは元気か?」


 五人が各々好きに鋼太郎に迫って囲む。すっかり逃げ場を無くしてしまった鋼太郎は、身長では負けてないから頭は飛び出ているから、戸惑って慌てふためく様子が丸見えだ。


「先輩、人気者ですね!」


 ふふ、と笑う瑞樹は手助けすることもなく、ただただ離れて見守っていた。

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