Song.56 ひまわり


 どんな風にライブを行うか。それに対して、大輝の説明はこうだった。


『高齢者の人達のバンドがあったはずだから、その人達と一緒に演奏する。俺たちが若い人たちの、高齢者バンドは高齢者たちの注目を集められる。だったら一緒に合わせれば両方の注目を集められてみんな楽しい』


「知っていたけど、大輝って馬鹿だよね。そう簡単にいかないに決まってる」

「やってみなきゃわかんないじゃん! ユーマの石頭!」


 石橋を叩いて渡るタイプの悠真は、呆れていた。


「ばかばかしい。そんなにうまくできっこないでしょ。君からも何か言ったら?」


 大輝の意見に乗り気ではないようで、意見を求められる。


「いいんじゃね。俺、大輝の意見に乗る」

「はあ?」

「他に案がねぇんだし、やってみないとわかんねぇだろ。やる前から否定するなって。まずはやってみてからだ」


 そう返したら、悠真は頭を抱えた。


「僕もです。何事もチャレンジですから」


 瑞樹は相変わらず人の意見に反対しない。まあ、いつものことだから気にしないことにする。


「そっちは?」

「みんなが乗るなら乗る。ただし、スガの話をそのまま鵜呑みにするんじゃ失敗が目に見えてると思うが」


 周りに合わせる鋼太郎までも乗ってきたので、悠真がさらに悩み始めた。腕を組んで唸って、そのまま一分の沈黙が過ぎたとき、とても大きなため息を吐き出した。


「わかった。なら僕が前回の地域交流会に出た有志団体を調べてくる。連絡先まで調べはつくと思うけど、その先の交渉は任せるよ」

「やるやるー! いぇーい!」


 生徒会長をしている悠真の権力で、ある程度情報は得られるようだ。そのあとの交渉って……話がうまいような奴、いないけど? まあ、なるようになるか。


「つかなんでお前、そんなテンション高えんだよ」

「え? だってライブできるんでしょ? 嬉しいじゃん。キョウちゃんもワクワクしない?」

「……半々ってところだな」

「じゃあ、一緒にやろ? いぇーい!」

「いえーい」


 常にハイテンションを貫く大輝の声に続いて、棒読みで合わせたら、大輝は満足そうに笑っている。それにつられて、俺の口角も上がる。


「んじゃま、まずは唄おー! さん、はいっ!」


 方針が決まったから。しまりのない掛け声で気持ちを切り替えて、ベースを鳴らした。



 ☆



 悠真の手配のおかげで、どんな人達が交流会でステージに立っていたのかという情報が手元の紙に書かれている。


「あー……バンドって、あれ? 和楽器グループのべんべんする的な……」


 書かれていた情報によると、おやじバンドではなく、さらに歳のいった老人バンド。名前は『ひまわり会』。楽器は尺八に三味線、琴に和太鼓。和楽器の集まりで、所属メンバーは多数。あくまでもお年寄りによる趣味の会。平日に公民館に集まって練習して、街のイベントや老人ホームで披露しているらしい。

 ボーカルなんてものはなくて、古風な曲を演奏していくスタイルのようだ。


「そう。平均年齢七十九歳、男女混合の和楽器集団。僕らとはジャンルが違う。前回の交流会では、二曲……古典の曲をやっていたみたい」


 あやふやな記憶で話しているのではなく、過去の記録を遡ったことで分かった情報。おととしのことだ。俺も思い出そうとしたけれど、どんな曲だったかとかどんな雰囲気だったかとか、ほとんど思い出せない。そんな団体があったな、ぐらいの記憶だ。


「あ」

「どったの、コウちゃん」


 さっと目を通した鋼太郎が声をあげる。

 ほんの一瞬の反応だ。それを大輝はすかさず鋼太郎に近寄って聞く。


「この練習場所、よく行ってるところだし、代表もお得意さんだ」

「んじゃ、コウちゃんを先頭にして、お願いしにいこー!」

「あ、ちょっと待てって……おい」


 今日は放課後に練習するんじゃなくて、はなから一緒にやらないかという提案をしにいくつもりだった。だから身軽に、楽器は持ってきていない。

 大輝にいたっては、毎日軽そうなバッグ一つで登校している。おかげで今日も意気揚々と鋼太郎を引っ張って先陣切って物理室を出ていく。


「待ってください、二人ともっ!」

「ほら、僕らも行かないと。大輝の暴走が何を起こすかわからないし」

「おう」


 瑞樹がすぐに追いかけていき、そのあとに俺と悠真が急がず続いて、俺たちは『ひまわり会』が練習場所としている公民館に向かうことにした。

 もう今は夕方四時になろうとしている。その時間まで、年寄りが集まっているか考えると微妙だ。年寄りは朝が早いし、寝るのも早い。暗くなったら危ないからって、日が傾き始めたらすぐさま帰る。これは、一緒に暮らしてる俺のじいちゃんとばあちゃんを見てればわかる。

 まあ、運が良ければ、誰かいるだろう。いなかったら日と時間を改めるまで。

 公民館に着いたときにやっとそんな考えが浮かんでいた。


「こんにちはー……ここにひまわり会の人、いますか?」


 公民館に入るなり、大輝は受付にまっすぐ向かって聞く。

 受付奥の事務室にはいくらか人がいるが、館内は静かで何も音が聞こえない。今日は外れか。


「えっと、その制服は……羽宮高校の生徒さんかしら?」


 受付のおばさんは、俺らの制服を見て羽宮の生徒と判断したのか。俺らの制服はありきたりの黒の学ラン。ボタンに校章が刻んであるが、そこまでよく見ないとどこの学生かなんて判断しにくいだろうに。


「そうっす! ひまわり会の人に会いに来ましたっ」

「ひまわりの……もしかして、音楽やっているのかしら?」

「んん? そうです! 俺たちバンドやってて、今度の交流会でひまわり会と一緒にやりたいなーって思って!」

「そ、そう……少々お待ちくださいね」


 おばさんは引きつった顔をしながら立ち上がると、さらに奥へと行ってしまった。それから戻ってくるまで、十分ほどかかった。

 受付の隣にある通路から出てきたおばさんと、もう一人の老人。短い白髪で固く口を閉ざしてムッとした顔で俺たちを見るじいさん。


「お待たせしました。こちらが――」

「ここの館長とひまわり会責任者をしている、鈴木すずき邦夫くにおだ」


 低い声で名乗った。その声で大輝が身を固くする。

 フランクに接するのはできても、かしこまって対応するのは大輝には苦手。怖気づいて、黙ってしまった。

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