Song.54 Return


 俺たちのスタイルが典型的なロックバンドだとするならば、Logはニュータイプの先進的なバンドといえるだろう。

 ギター、ベース、ドラムのバンド基本構成に足す楽器が異なるからだ。

 その楽器は――ヴァイオリン。

 それでどれだけ曲が変わるかっていうと、主観では白と黒ぐらい違う。



 今ステージの上で披露しているLogの曲は、さっきまで残っていた熱気を一瞬でかき消した。

 暗闇の中で、三ツ口の声がマイクを通して拡散する。その音量は大きくない。けれど、立ったワンフレーズで空気を変える。

 その後、ヴァイオリンが入る。ボーカルと一緒に唄っているように弾くのは悠真の兄貴。その音で幻想的な世界へと引き込んでいく。


 その世界を崩さないように、ベースとドラムが形を維持する。

 ベースを弾くのはあのうるさい関西人の吉田よしだ祐輔ゆうすけ。普段はうるさいのに、ステージに上がった途端に人が変わったように静かに……いや、おしとやかな音を出している。


 ドラムはLogの中では最も常識人(俺調べ)の有賀ありがつばさ。同じドラマーの鋼太郎とは正反対な見た目だし、最初は舐めてた。が、腕は確かだ。

 メリハリをつけた音で、曲を支えていく。


 他の楽器の構成が下手ってわけじゃない。

 あくまでもこの二つの楽器はサポートに徹しているから、目立ちにくい。だけども、この曲調で目立たないようにする方がどれだけ難しいか。


 曲のメインを貫くのはボーカルの三ツ口であるが、こいつはギターも兼任している。唄いながら弾くのは結構難しい。難易度にもよるけれど、Logの曲は簡単じゃない。それでも正確だし、唄もずれない。


 当たり前なんだが、どのパートも寸分の狂いがない。そんな音の重なりが、心を落ち着かせる。



「これで曲終いやけど、なんか足りひんな。そういう顔してはるやろ? な? な? ほな、もう一曲いっとく?」



 静かに曲は終わった。

 じっと見つめてしまっていたから、あっという間だった。


 ……正直、俺たちと比べてLogの方が上だと思う。バンフェスの時は勝ったけれど、今の音を比べれば、すぐにその差がわかるはず。

 俺らは好きに鳴らしていた。曲全体のバランスはそれで保っているけれど、常に一定の重なりで主張が強い。

 Logの場合は、バランスも、メリハリも。バンフェスの時よりレベルが上がっている。それに、聴いている人に対してのアプローチが真正面ではなく、裏をついてくるからか曲に引き込まれる。


 俺らになくて、あいつらにある何かがそう感じさせているのだろう。



「――キョウちゃん。キョウちゃんってば」

「あ、あ?」



 肩を大輝に叩かれ顔を上げた矢先、ステージからにぎやかな声がマイクを通して漏れる。



「駄目だよ。そろそろ時間だから。ほら、Walkerの皆さんは帰るのに時間かかっちゃうし、明日学校でしょ?」

「せやん。まだ高校生やったな。忘れてたわあ。ええなあ、高校生。まだバンフェス出られるやん。出るんやろ?」



 どうなん、とLogの目が俺らに向く。それに頷くと、にんまりとした顔で祐輔は口を開く。



「せやろ! 楽しみにしとるかんな! な?」

「もちろん。俺は兄として弟が広いステージで大恥かかないように見る義務があるからね」

「応援してます! またワイワイしたいですから!」



 祐輔、奏真、翼と続く。そして最後になって、言えと言わんばかりの空気ができた中で言うのは三ツ口。



「僕らと同じステージに立てるように、せいぜい頑張りなよ」



 頬の筋肉がこわばった。

 体が一歩前に出たのを、鋼太郎に羽織いじめにされた。



「あ!? 二連覇でほえ面かかせてやるよ? あ?」

「野崎。ストップ、ストップ。喧嘩に行ってお前即死するだろ?」

「んの離せってーの。あいつむかつく!」



 鋼太郎の力にかなうわけなく、殴りにいくことは叶わない。というか殴ったら駄目なことぐらいわかってる。



「尚の口、悪うてすまんな。これ、いつものことやから。許したってや」

「むぐぐぐ」



 祐輔に口をふさがれた三ツ口は、まだ何かを言いたそうな顔をしている。



「なあ、悠真。お兄ちゃん、応援してるからね」

「気持ち悪い。しゃべらないで」

「照れなくていいんだよ? お兄ちゃんとの再会をもっと喜んで、ほら!」

「気持ち悪い」



 御堂兄弟はこじれた弟愛から、冷戦が起こる。



「翼くん、やっぱりすごいね。鍛えてるの?」

「走ったり、筋トレはしてるよー。瑞樹くんはしてない?」

「僕は全然なんです……おすすめメニューあったら教えてください」

「もちろんだよー」



 瑞樹はステージにかじりつくように前に出て、ドラムセットを前に座っている翼と話している。そこが唯一和やかな空気となっていた。



「ま、みんな仲良しってことだなー! へへっ」

「「「「どこが!」」」」



 揉めている二か所で声が重なる。それで鋼太郎が頭を抱える。

 同時に全てを見ていたMapは楽しそうに笑っていた。


 ☆


「はい。残念なことに時間がないから、これで解散かな。お疲れ様でした」



 俺らとLogをフロアで並べて話し出す司馬。



「感想をどうぞなんて、学校みたいなことはやらないよ。同世代の音楽を聴いて、何かしら感じたことがあったと思うし、これからどうするかを考えるきっかけにもなるだろうから、それはそれぞれ持ち帰ってやってみてほしい。ただ、先輩という立場からして一言だけ」



 全員の目を見て告げる。



「これからも期待しているよ。それぞれの音楽を究めて、同じステージに立とう」

「「はい」」



 こうして進路相談から入った東京訪問は親父の件やLogの介入もあったが、何とか解決して終わった。

 長い一日だったけど、充実感がある。それに新たな目標ができた。


 Mapと同じステージに立つ。それに向けて、まずはバンフェスで優勝してやる。

 曲作りに練習に打ち合わせ。やることは多いが、やる気しかない。まだまだ、親父の背中は遠い。近づくためにも、ベースを弾き続けるしかないのだ。




 ☆



「ところでさ。なーんで坊ちゃんは外に出てたわけ?」



 少年たちを駅まで送った後、ライブをした会場を片づけている最中に神谷は柊木に聞いた。



「恵太のことを聞かれていたみたい。マネージャーに頼んで、あの記者から問い詰めたよ。ほら」



 柊木は涼しい顔で、スマホを見せる。



「なになに……あー、なるほどねぇ。そりゃ、優しい坊ちゃんはひっかかるかあ」



 画面には柊木が誰かに殴りかかる瞬間をとらえた写真。それとともに、マネージャーから「これで脅したようです」とのコメントがついている。



「この時なあ。確かに殴った瞬間だけど、殴られたの俺だしなあ。後姿じゃわかんなかったか……」



 彼のトレードマークの赤髪も、影で異なる色に見えてしまっている。殴られている側が神谷であることは、背中しか写っていない写真から判断するのは困難だった。



「だって清春が抜け駆けするから。ずるいでしょ、一人で恭弥くんの学校行ったり、ライブの手伝いしたりさ! 俺も行きたかったし、教えてくれなかったことに腹が立った!」

「ははははは! だって、お前ボイトレ入ってんじゃん! 偵察に行ったんだよ、俺は。そうしたらライブするの楽しそうでさー。あ、羽宮の一年ズもなかなか面白かったぜ」

「ずるい! 行きたかった!」



 にぎやかな二人のやり取りを、恭弥は知る由もない。

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