Song.53 New Style
スタジオの地下へ続く階段を下りていくと、分厚い扉が開かれたままになっていた。
これは防音扉だろう。その先には、ライブハウスとして申し分ない空間が広がっている。
今はまだ、照明をつけているため、全体的に明るい。ステージ上にはアンプやドラムセットにマイク等、一通りセットされている。そんあステージとは反対の壁際には音響を確認できるスペースがある。
どちらにも先にMapのメンバーが立って、環境を整えているところのようだ。
ダダンとドラムを叩く園島の音が、部屋を駆け抜けていく。
「わあ、もう準備がかなりできているみたいだね」
一通り見渡した柊木は嬉しそうだ。
「オッケー。サウンドチェック終わったよ。どっちのバンドからやってみる?」
音響チェックは司馬がしていたようだ。
いつでもライブを開始できる状況になったらしい。
「
「せや。タイムイズマネーや。おたくらが先に準備していた方がええやろ」
奏真と祐輔が続けて言う通り、向こうはまだ全員揃っていない以上、俺たちが先にステージに上がった方がいいだろう。
「僕、すぐに機材を持ってきます」
「俺もスティックとか取って来る」
瑞樹と鋼太郎は練習していた上の階のスタジオに各々楽器やらなにやらを置いてきてしまっている。それを取りに向かった。
俺はこのスタジオを出るときにベースもエフェクターも持って出たから、今手元に機材は全て揃っている。だから行く必要はない。
「何ぼーっとしてるの。あいつに言われて動くのは癪だけど、僕らは上がるよ。君がいない間にどれだけ変わったのか、見せてあげる」
ほら、と悠真がステージに向かって歩きはじめる。
「キョウちゃん! 俺もひーらぎさんに唄い方とか教えてもらったからさ! 聞いたらビックリして腰抜かすかもよ!」
続けて大輝が弾むような足取りで続く。
その背中を見送る。
今まで――といっても一年前から――は、ライブをするときはだいたい俺が指示したり、気合を入れたりをしていた。俺だけがプロになりたいっていう目標に固執していたようにも見えただろう。
今回は。
今ならば。
全員で同じ目標を共有した今なら。
同じ勢いで、気持ちで、
前を向いて、胸を張って歩いて行ける。
俺たちWalkerならば。
「お前らだって、俺の音聞いてビビんじゃねぇよ? 俺がこの場にいるやつ全員まとめて曲の中に引っ張り込んでやるから」
親父が残した言葉のように。
悠真も大輝も意味が分からず不思議そうな顔をしたけれど、一緒にステージに上がる俺を見て追及することはやめたようだった。
バンフェスのときと違って、ステージは広くない。照明が近いし、フロアも近い。体育館よりもずっと狭い場所だけれども、設備がうんといい。
ケースから出したベースを肩からかける。エフェクターもアンプにつないで、いつでも弾ける準備を整えていく。
一通り準備をし終えるまでに、鋼太郎や瑞樹も戻ってきた、各々準備していく。その間にLogのメンバーがフロアに来て、四人が揃っていた。
「準備ができたらいつでもどうぞ。照明とか音はこっちで何とかするから、好きにやっていいからね」
まだ明るかったフロアの照明が落とされる。ステージも真っ暗だ。
うっすらとしかみんなの姿が確認できない。こうなってやっと、思い出す。
なんの曲をやるか事前に話し合っていないことを。
誰かが曲名を言えばいい。だけど、誰も言わない。
声の代わりに瑞樹がギターをかき鳴らした。
とがった音。かなりカットがきいている。
刻むようなリズムが、どの曲なのかを教えてくれる。
この曲は一年のやつらと三本勝負したときの曲だ。俺が好きなように作ったもの。
これをここでやろうとした瑞樹のセンスは間違っていない。
だって曲のテーマとしてこれは、どん底からの立ち上がりがある。それを裏付けるかのように、ベースやドラムの低音を轟かせて底から押し上げる。
瑞樹の音からみんなが曲を把握するまで、ものの数秒。イントロのワンフレーズをギターソロにし、その後楽器が全て加わる。
曲が始まってから、ステージの照明がついて、熱が伝わる。真正面を向けば、MapもLogも俺らを見上げている。
その耳を裂くような音で、俺たちは今の全力を出しきった。
たかが数分の音楽。
その中で、俺たちが作った音がフロアを支配する。
立ち尽くして聞くんじゃなくて、体を動かして叫びたくなるようなリズムと、プロから学んだ腕で作り上げた世界が目の前に広がっていくようだった。
「あざっしたっ!」
大輝がそう言って頭を下げる。
たった一曲しかやっていないが、みんな終わったときには汗だくだった。
照明の熱だけじゃない。集中による体力消費もあるだろう。
袖で汗をぬぐって前を向けば、フロアではパチパチと手を叩く様子が――なかった。
瞬きしないで、ただじっと俺たちを見ている。
今までになかった光景に、俺らは顔を見合わせる。
「えっとー……下りればいい?」
「まあ、それしかないだろ? わかんねぇけど」
俺に聞かれても次に何すりゃいいかなんてわからない。とりあえず、大輝に返したが不安になってきた。
「あ、ああ! ごめん、ぼーっとしちゃった。なんかこう……君たちの曲がペースメーカーみたいな感じがして……」
「わかる。曲が終わったら心臓止まるみたいな」
柊木と園島が共感しているが、俺には何言ってるんだかさっぱりだ。それは汗だくの俺たちみんな同じだった。
「負けてられへん! ほな、こっちも見せたろ!」
「祐輔うるさい」
我に返ったかのように、次々と話し出していき、にぎやかになった中で祐輔が切り出した。その隣には、Logのギターボーカルであるあいつの姿が。
冷たい顔をしながら、俺を見ている。
「君らの音はよくわかっている。今度はこっちもやらせてもらうよ」
挨拶もなしに宣戦布告。
Logを率いているこの男――三ツ
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