Song.52 記録
柊木はせっせとノートパソコンを持って戻ってきた。
それをテーブルに置き、俺の隣に座って二人でも見える位置に開いてセットする。
シャットダウンしてなかったらしく、明るくなった画面。ロックがかかっていたようだったが、カタカタとパスを入れてあっけなく開かれた。デスクトップにいくつものフォルダが並んでいる様子は司馬の几帳面さが出ている。
人のパソコンだというのに、柊木は何食わぬ顔で操作する。いいのか、そんなセキュリティ体制で。
俺の心配なんて気づかぬままにUSBを指すように指示されてさせば、ポップアップが表示された。どうやらここにパスワードを入れろということらしい。
セキュリティが緩い司馬と比べて、親父はしっかりしていたのだろうか。
「色々試したんだ。恵太や奥さん、恭弥くんの誕生日とか記念日、僕たちの結成記念日とか。でも全部違った」
じゃあ知らねえよ。って言うことはしなかった。
何故なら俺の中で、思い当たるものがあったから。
体を前のめりにして、キーボードに打ち込んでいく。
カチカチと入力をし終えて、エンターキーを押せば、あっけなくファイルは開いた。
「ん」
「そんなすぐに開くなんて……パスワードは何だったの?」
「『live for music』」
家出して帰ったときに『俺は音楽のために生きているけれど、恭弥のために生きているんだ』と言われて抱きしめられた。
当時は意味わからなかったけど、きっと親父は音楽ぐらい俺を大切にしていたんだろう。今になって言葉の意味がわかった。
「確かに恵太の口癖だ。君を大事にしながら、音楽も大事にしていて。親馬鹿で純粋で。恵太らしいワードだ」
ロックが解除されたデータを懐かしむ柊木と共に見れば、四つのフォルダが分けられて作成されていた。
『NoK』
『demo』
『写真』
『変更点』
そんなフォルダ名になっており、ひとつひとつ見ていく。
頭にあった『NoK』のフォルダに入っていたのは、NoK名義で俺が作ってネットにアップした完成品の曲たち。ファイル形式、そしてタイトルと数からみて、全曲コンプリートしている。
二つ目にある『demo』には、完全体にする前までの段階で親父に聞いてもらった曲が入っていた。なんでそれがわかったのかと言えば、これもタイトルが俺がつけたままになっているから。今までに何曲渡したか覚えていないが、ずらっと並んだものを見る限り、没になったものも全部残っているんじゃないだろうか。
三つ目の『写真』フォルダ。これを開いたら、柊木がにやついた。
というのも、ここにしまってあったのは俺の写真。まるでアルバムだ。
生まれた直後の素っ裸の赤ちゃんから、小学生、中学生の俺が写っている。なんでここに残しているのか甚だ理解できない。
すぐに戻るを押して、フォルダを閉じる。そして最後の『変更点』フォルダを開いた。
並ぶのは文書ファイル。タイトルは全て数字だ。
流石にそこから中身を予測できない。『1』のタイトルファイルを開いてみた。
「これ、親父のメモ?」
かなりの長文になっている。文書の冒頭に書いてあったのは、俺が作った曲のタイトル。NoKとして公開した完成版の曲だ。
そのタイトルと隣にURLが書いてあるから間違いないだろう。
続いて書いてあるのは、何分何秒の部分の音について。
ギター音高すぎ、響きが濁っている、変調で乱れている、歌詞が刺さらない……親父の立場じゃなくて、プロアーティストの観点で見た改善点のようだ。
かなりの文字数だ。これだけを記録するのに相当時間がかかっているだろう。ただでさえ忙しい身だったはず。会う時間さえあまりなかったっていうのに――。
画面をスクロールさせ、文書の最後に記されていたのはその曲の総論。
いい点、悪い点をまとめて記したあとに、書いてあったのは。
『恭弥の世界に引き込まれるいい曲だった。もっと恭弥の世界を広げれば、まるでその世界にいるような音楽を作れるはず。頑張れ、恭弥』
「クソ親父ッ。んな事、先に言えよ」
アドバイスを求めたことはあるけど、そうやって言われたことなかった。
ズズッと鼻をすする。
俺はどうやら、親父に愛されていたらしい。
次のファイルを開こうとしたとき、柊木が画面を指さした。
「これ。これだけ、番号じゃないし、何だか違くない?」
番号がタイトルになっていない文書ファイルが一つあった。
一つだけ違うともなれば、中身は曲に対するコメントではないかもしれない。
とりあえず開いて見る。
そこの残るは親父の願望だった。
『いつか恭弥と一緒にライブに出る。生涯現役』
たったそれだけ。そのためだけのファイル。
「データの無駄遣いすぎんだろ、親父」
思わず顔が緩んだ。
俺も親父と一緒のステージに立とうとしてきた。まさか同じ考えだったとは。
親に似るとはこういうことか。
「っ?」
「やっと笑ったね」
俺の頭に柊木の手が置かれた。
そして傷が残る顔で、ほほ笑む。
「俺、やっぱ音楽やる。今度こそ迷わない」
親父がいないのは現実。親父が死んだ過去は消えない。そんな壮絶な記憶はかなり痛い。心を疲れさせる。
でも、親父が思い描いた未来に進みたい。
親父がいないMapと同じステージに立ちたい。
「
言いきって見せる。すると柊木は目を細める。
「それはいいね。じゃあ、武道館で対バンしよう。僕らも君たちも、それができるほどの実力をつけてね」
「ああ、やってやる。絶対っ!」
新しい目標ができた。
デビューすらしてないのに、Mapと同じステージに立つっていう。しかも武道館で。
何年先になるかわからない。でも、俺は絶対やってやる。
「うん。じゃあ、まずはみんなに合流して、下でライブしようか」
目先のことからコツコツと。
俺はひとりじゃない。
目標を掲げて、みんなのところへ向かった。
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