Song.51 贈り物


「え? そんなわけないよ。むしろ僕が……いや、あれは事故だ。避けられない事故だったんだ」



 目を見開いてすぐ、うつむく柊木。柊木が親父が死んだことを自分のせいにしていた、っていう話は聞いたことがある。でも、本当は柊木でもなくて、俺のせいなんだろ?

 俺が親父に曲を渡していなければ、起きなかっただろ?



「ねえ、本当にどうしたの? 外で何が……もしかして変な記者に会った?」



 頷いて返す。



「あの人か……他に何を聞いたの? 何かされてない?」

「俺に聞くより、俺の質問に答えてくれよ。俺が親父を殺したんじゃねぇのか? 俺が親父に曲を渡さなきゃ、死ななかったんじゃねぇのか? なあ、教えてくれよ」

「っ……僕からは……」



 柊木は顔の傷に手を当てた。

 その傷も、俺が作ったも同然。俺がMapを壊した。

 もう二度と帰ってくることはない。俺が親父みたいになろうなんて夢、おこがましい。

 ベースも。

 俺が音楽に関わるべきじゃなかった。


 記憶が、過去が痛い。

 失くしてしまったものばかりで、痛い。



「地獄だ……こんなことなら、はなから音楽なんざやらなきゃよかった。そうすりゃ親父だって。親父もさぞかし俺のこと恨んでんだろ」



 考えるのもしんどくなって言葉を吐く。

 柊木は何も言わない。それが答え。

 認めたくない。でも認めるしかない。

 今までやってきた音楽。それを手放した方がいい。俺が関わっちゃいけないものだった。


 ここにいる理由がなくなった。

 家にも帰りたくない。あそこは音楽に溢れている。

 行く場所がない。けれど、ここにも居たくない。

 どこか違うところに行こうとしたとき、それを止めるように柊木が口を開いた。



「それは違うよ」



 親父の名前を言いながら、柊木が首元のネックレスを外し始めた。



「恵太が君をどれだけ大切にしていたか、恵太が君の音楽をどれだけ好きだったか。死ぬまで本人に言うなよって話していたから黙っていたんだ。でも、伝えるべきだったね。それに、恵太の最期の言葉も」



 柊木の手に収められたネックレス。見た目は普通のシルバーチェーンと、同じ色の細長い長方形の物体がついている。

 それがなんだっていうんだ。



「こう見えてこれ、恵太に渡されたUSBなんだ。これを渡してきたとき、恵太言ったんだよ。血まみれで、焦点もあっていないのに、絞った声で『恭弥を頼む。自慢の息子なんだ』って」



 心臓が大きく音を立てた。今まで止まっていたのかと思うぐらい、熱い血が全身をめぐっていくようだ。

 これが、あの記者が言っていたUSB――?



「恵太と移動中、NoK……つまり君の作った曲を聞いてみようっていう話になった。恵太の息子自慢はいつものことだしね。それで音楽を流してしばらくしてから、対向車と衝突した。理由は相手の運転操作ミス、というより、運転手が心臓発作を起こしてしまい突っ込んできたんだ。ニュースでは取り上げられてないけれど、相手の運転手も亡くなった。僕だけが生存者になってしまった――それが僕だけが知る真実。誰にも言わなかった真実だ」



 震えた声で話しながら、USBを握りしめる。



「恵太は君の曲をこのUSBに入れて持ち歩いているって言ってた。文字通り、肌身離さずね。それでいつも自慢してたよ、恵太は」



 俺の手にUSBを置く。



「君を頼むと言われたけれど、僕は事故から立ち直れなかった。僕だけが死ななかった罪悪感。恵太を失った喪失感。全部に悩まされたけれど、君たちの音楽を聴いてまた、ステージに立ちたくて音楽を続けようと決めた。君たちの音楽はそれだけの力があるんだ」

「力……それがあっても、親父は……」



 死者は生き返らない。

 失くしたものは返ってこない。もう二度と。



「僕ね、このUSBの中身を見てみようとしたんだ。でも、ロックがかかっていて開けなかった。だからきっとこれは、君のためのものなんだ。なかなか渡せなくてごめんね。これを手放したら、恵太がいない現実が受け入れられそうになくて」



 柊木の話は終わった。

 渡されたUSB。この場では中身を見ようがない。

 中身はないかもしれない。データは破損しているかも。

 そんなものを見て何になる。



「もう、わかんねぇよ……何しても親父はいねぇんだ。俺のせいで。今更こんなもの渡されたって……」

「ううん、恵太は不慮の事故。誰も恵太を救うことはできなかったし、誰のせいでもない。もちろん君のせいでもない。恵太は君をずっと愛しているよ。昔からずっと変わらずに」



 握りつぶしそうになった手を柊木が両手で包む。

 まるで、そんなことをするなというように。



「覚えてる? 昔、君が家出した日のこと。あの日、恵太は仕事で外せなかった。僕に電話がかかってきたとき、聞いたことないぐらい焦った声だった。『恭弥がいなくなった。あいつがいないとやっていけない。やる意味がない』って叫んでいた。見つけたって電話したときは、電話越しでもわかるくらい泣いてた」



 そんなこともあった。でも過去の話。そう割り切れたらどれだけよかったか。

 家出した前後の記憶が走馬灯のように流れていく。

 あのあと、親父と久しぶりに会ったときには苦しいぐらいに抱きしめられた気がする。その時何か言っていたような……。



「ただのUSBだけど、これは恵太の気持ちが詰まっていると思うんだ。壊してしまう前に、まずは中身を見てほしい」



 拳を開く。

 擦り傷だらけのこの中に何があるのか。俺の曲が入っているとさっき言っていたはずなのに、どうして見てほしいというのか。



「あ、パソコンが必要だよね。ちょっと待って。亮吾から借りてくるから」



 パタパタと足音を立てながら、柊木は駆けていく。

 静かになった空間。俺が一人になって、ここから出て行くなんてことは考えはしなかったのだろうか。

 そんな気力はないが。



「俺は……」



 ソファーに背中を預ける。

 手に残されたネックレス型のUSBを見ながら。

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