Song.50 身代わり


 四人で向かったのは、あのスタジオ。入ってすぐのところで、みんなが様々な顔で俺たちを出迎える。



「キョウちゃんっ!」

「ぶぐっ……」



 先陣を切って歩いた柊木たちの背中に隠れていたにも関わらず、人の目を気にすることなく真っ先に瑞樹が飛び込んできて、その頭が腹に刺さる。思わず鈍い声が出た俺を見上げた瑞樹の目は潤んでいて、今にも泣きそうというよりもはや泣いている姿に胸が痛む。



「ほんとよかったぁ……僕、キョウちゃんが何か事件に巻き込まれたんじゃないかって思ったんだから……」

「おう、悪ぃな」



 巻き込まれてはいる。けれど、それを今ここで言うべきではない。

 余計な心配をかけないよう瑞樹の頭をぐしゃぐしゃにしながら、言葉を飲み込んだとき、渋い顔をした鋼太郎がゆっくりと寄ってきた。



「お前な……ガキじゃねぇんだから、勝手にどっか行くなよ」

「ああ、悪かったって。反省してるって」

「その反省があいつに伝わるといいな」



 頭をポリポリ搔きながら鋼太郎が指さした先。そこには腕を前で組んで俺を見通す悠真の姿が。今にも怒鳴ってきそうな様子に思わず身構える。

 だってその後ろで大輝が珍しくおろおろしているんだ。いつでもうるさいほどの声で話し、我先にと動くあの大輝が。


 これは相当怒っている。

 俺が勝手に出て行ったのが悪いんだけど、こっちもこっちで理由があったんだ。でも、それを話すわけにもいかない。

 話したらMapの活動にも影響があるだろう。それに俺の醜態をさらすことになる。親父の話でパニックになったなんて、知られたくない。



「何か言わなきゃいけないこと、あるんじゃない?」



 周りが安堵で包まれる中、悠真が俺の前に来て言う。

 眼鏡越しの瞳が冷たい。

 どう言い訳するか、考えた結果。



「えー、っと……悪かった」

「そういうことじゃない」

「ええ……合ってるって。ぜってぇ合ってる」

「そうだけど、そうじゃない」



 悠真が認めない。どうするか。

 きっと悠真は引かない。俺も引くわけにはいかない。Mapの話はすべきじゃない。

 せっかく悠真がバンドに戻ってきたっていうのに、喧嘩になるのは駄目だ。何か言わないと。



「いやあ実は俺がさ、連れ回しちゃったんだよ。ごめん、ごめん」



 孤立無援大ピンチ。そう思った矢先、奏真が急に割って入った。

 俺の肩に左手を回して、空いた右手はごめんのポーズで軽い謝罪を示している。



「ちらっと見かけてさ、お茶しようって誘ったんだよね。そうしたら話がはずんじゃって。ね?」

「そ、そう。お前の兄貴に……」

「祐輔もベーシストとして、テクニック聞いたりとかしてたらあっという間。ほんと、みなさんすみませんでした」

「ほんと、すんまへん」



 助け船が出た。全然悪いことなんてしていない、奏真と祐輔が二人そろって頭を下げる。納得できない顔をしていたけれどもそれでみんな、これ以上何かを言うことはなかった。

 悠真もだ。

 兄貴が苦手な悠真は、眉間の皺を深くして奏真を睨む。それに屈せず、奏真は爽やかな笑顔を返す。


 不穏な空気に包まれたのち、神谷が話題を振った。



「ま、まあ坊ちゃんも見つかったことだしよかったってことだろ。マジでほっとしたわ、あやうく俺らが怒られるところだった。で、お二人さんはどちら様? どっかで見覚えあるんだけど」

「俺は悠真の兄で、彼らと同じバンフェスに出て準優勝だっ『Logログ』って言います。よかったら対バンしませんかーっていうお誘いにきた次第です」

「あー、なるほどなるほど。対バンいいじゃん。今からなら……下のライブハウス、今日空いてるんじゃね? 客は俺らしかいねぇけど、やって損はないだろ」

「ぜひぜひ。こちらも残りのメンバーがすぐに来ますので、空気感とか互いの進捗を知るためにもやりたかったんです。バンフェスの下剋上してやりますよ」



 話が進んでいく。どうやらこの練習スタジオには地下があるらしく、そこがライブハウスになっているらしい。

 神谷がノリノリで奏真と段取りを決めていく後ろで、司馬がスマホで何やら電話をし始める。

 こんなすぐにライブが決まるなんて、信じられない。もっと細かく決めるものだろ、普通は。



「下、使っていいって。僕たちの午後もあけてもらった」

「え。午後の仕事って確か雑誌インタビューじゃなかったか?」

「全部明日の朝に詰め込んだ」

「過密スケジュールだ、明日……ま、いっか! うっしゃ、やろうぜライブ! 案内すっから来いよ」



 どうやら先ほどの電話で司馬が手配したようで、一瞬顔を曇らせていた園島だったがすぐに動き出す。

 続いて他のみんなも移動し始める。さっきまで泣いてた瑞樹までもが。

 まじでやるのか? こんな急に。よくそんなすぐ受け入れられるな。



「何はともあれ、行こうか。恭弥くん」



 突っ立って残された俺の背中を押したのは、柊木。

 周りを見ればこの場所に、他の人はもう残っていない。信じられないけど、あいつらすぐにライブを受け入れやがった。

でもそれならそれで好都合。二人切になった今なら聞けるかもしれない。


 俺の中でひっかかっていたもやを晴らしたい。

 あの写真は本当なのか。

 親父が託したUSBって何だったのか。

 俺が親父を殺したんじゃないのか。


 Mapの荷物になりたくない。

 親父の足かせになっていたら。

 俺が、俺の曲が親父を殺したのだとしたら。


 あの記者の話を思い返すと胸が痛い。知らない方がよかったって思うかもしれない。でも、今のままだと俺は今までの音楽を続けられる気がしない。



「恭弥くん?」



 覗き込んできた顔に、大きな傷が目立つ。

 ああ、そうだ。親父と事故に遭ってできた傷だ。

 それもこれも、俺のせいだとしたら。


 息がしにくくなってきた。落ち着け、俺。思考を正せ。

 情けない姿を見せるな。



「恭弥くん、座ろうか」



 脂汗が出てきたところだった。小刻みに体が震えてきていた。

 柊木に支えられて、近くのソファーに腰を下ろす。

 ゆっくり息を吸って、吐いて。さっき奏真に言われたような呼吸をし続けることで、苦しさは軽減していく。



「……外で何かあった?」



 ソファーに座ることなく、しゃがみこんで聞かれる。

 何かあったことは見てわかるだろう。

 わかっていても聞くんだ。昔からこいつはそうだった。



 小学生になる前、親父が忙しくしている中、寂しくて家出したことがある。

 親父は俺のことが嫌いなんだと思っていたし、俺がどっかに行ったところで親父は探しもしないだろうと思った。


 一人で遠くの公園まで行ったら、雨が降ってきて帰れなくなった。唯一屋根があった滑り台の中で、寒さに凍えた。


 そこに来たのが柊木だ。

 仕事を抜けられない親父に代わって、息を切らしてやってきた。

 俺を見つけるなり、抱きしめられたな。あの時すごく温かかった覚えがある。

 そのあと何を話したのかは覚えていない。でも、柊木はずっと「僕が居るよ」と繰り返していた気がする。



「恭弥くん?」



 顔を上げて柊木を見る。

 歳はくったけど、あの時と変わりない声。

 大きく息を吸ってから問う。



「なあ、俺が親父を殺したのか?」

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