Song.48 真実とは



 スタジオを出て、半ば強引に連れてこられたのは近場の落ち着いた雰囲気のカフェ。スーツ姿の大人や、休憩するマダム、友人と遊びに来たのであろう若い女の人など幅広い年齢の人達がいた。

 ちょうど窓際の席が空いており、向かい合うように座る。



「君、コーヒー飲める?」

「飲める」

「そっか。じゃあ、頼もうか」



 慣れた様子で注文する堀岡は、さて、と本題に入る。



「確認だけど、君は恵太さんの息子だろう?」

「……違いますけど。つか、なんでそうなるんすか」

「バンフェスの現場にいたんだ。君たちの演奏を見ていて、曲の構成や演奏方法から

 可能性が浮かんだ。それと、優勝バンドとしてともに彼らMapと演奏することになったとき、予定と異なる曲のはずなのに完璧に弾きこなしていた。そして使っていたピックが、恵太さんのものだった」

「うわ……きっも……」



 そこまで見られていたとなると、もはや気持ち悪い。

 バンフェスの会場は野音。広いステージで、確かに俺はMapと共に演奏をした。だけど、そこでピックまで見えるか? 普通。

 あからさまな嫌悪が態度に、言葉に出ていた。



「そんな顔しないでよ。そういうことをから気づいて追及するのが仕事なんだから」



 苦笑いを浮かべる堀岡。ちょうどそのとき、頼んでいたコーヒーが届いた。

 テーブルにある角砂糖をいくつも堀岡は入れていく。そのたびにちゃぽんと音を立ててしぶきが上がる。



「息子さんならわかるでしょ。事故の直前、一体何があったのか」

「何って、マジで何もねぇし」

「うーん、そんなはずは……じゃあ、聞き方を変えよう。君のお父さんの荷物の中に何か気になるものはなかった?」



 ブラックのままコーヒーを一口飲みながら思い返す。親父の死後に遺品整理はした。音楽に関係するようなもの以外は何もなかったと思う。



「何もない、か。じゃあ、柊木さんから何かもらわなかった?」

「何も。あいつとは会ってねぇ」

「あいつとは、っていうことなら、他の人には会っていたんだ」

「……別に」



 揚げ足をとって来る。余計なことを言うのを避けるべく、口を閉ざす。

 カップを置き、これ以上話すことはない意思を見せつける。



「……君も困るよね。急にお父さんを亡くしてしまって。事故っていわれているけど、本当に? あんな直線道路で運転を誤ることなんてある?」

「直線? え、はみ出した対向車とぶつかったんじゃ……?」



 親父が柊木を助手席に乗せて運転中に事故に遭った。わき見運転していた対向車とぶつかったのでは?

 俺はそう聞いている。ニュースでもそう言っていた。でも、堀岡の言い方では、まるで自分で運転をミスったような……



「事故はお父さんがハンドル操作を誤って起きたんだ。対向車は車線内をまっすぐ進んでいた。お父さんがはみ出して、ぶつかりにいったんだよ」



 知らない。俺が教えてもらっていたのは、何だったんだ。親父は被害者じゃないのか。

 車両同士の事故だって、じいちゃんが言っていた。運転していた親父は、柊木をかばったとも聞いている。自分を犠牲にして柊木を守りぬいた。情けないとも思ったけど、かっこいいと思った。そんな事故だった。


 俺が教えられている話が、事実と違う?

 まさかそんなはずはない。そんなはずは――



「どうしてはみ出すような運転をしていたのか。どうやら二人で何やら機械を操作しようとしていたようだ。事故直後に車内で流れていたのは彼らの曲でもないものだった。かと言って当時、ネットで流れていたものでもない。その時は彼らのデモ曲だと考えられていたけど、しばらくして、それに手を加えられたものがネットにアップされる」



 堀岡はどんどん続けていく。



「作者は『NoK』。かなりのハイテンポで、ストーリ性のある曲。歌詞は自分と憧れの存在との差を唄うもの。それがアップされたのは、ちょうど一年後の命日にあたる日だ。君、学校でいくつか演奏して動画を公開したでしょ? その曲調からして……これ、君なんじゃないか?」

「っ、いや……」



 知らない話のあとに続く、事実。否定も肯定もできず、黙れば堀岡は含み笑いを浮かべる。



「君のお父さんが運転を誤ってしまったのは、NoKを聞こうとしたから。それが俺が事故の真実を追っていくうちにたどり着いた答えだ」



 胸が苦しい。

 堀岡の言う通りだったなら、親父が死んだのは俺のせいじゃねぇか。

 何度か俺は親父に作った曲を渡している。ただアドバイスがほしくて、教えてほしくて。


 直接会えなくても、メールでデータを送ったりしていた。あまりにもデータが多いときにはUSBも使っていた。でも、それはずっと前のことだ。死ぬ直前は、何も渡してなかった。


 車で音楽を聴こうなんざ、するかもしれねぇ。スマホに入れて流そうとするかも。それを柊木と一緒に聞こうとすることもあったかもしれない。



 ――俺が、親父を殺した……?



 嘘だ。そんなはずはない。そう考えても、俺を責める俺がいる。

 心臓がうるさい。頭がうまく働かない。苦しい。



「カハッ……ヒュッ……」

「え? ちょ、大丈夫?」



 胸を押さえてかがむ。視界がかすむ。周りの声がうるさい。何を言っているかよくわからない。

 自分が憎い。全て俺が招いたとでもいうのか。



「だ、誰だ君たち!」

「ん? あっれ、おじさん。もしかしてパパ活してるん? 未成年を連れまわすの、よくないんやない?」

「何を言って……」



 急に堀岡が慌てる声がした。間に関西弁をも聞こえる。でも、顔を上げる気力はない。

 呼吸を取り戻そうと何とか肩で息をするけど、なかなか治らない。そんな時、耳元で声がした。



「ゆっくり。落ち着いて」



 肩に手が回される。聞いたことある声だ。それに従って、大きく吸って、吐いてを繰り返す。次第に落ち着いてきたところで、顔を上げる。



「……ゆ、まの、兄貴……?」

「やっほー。おひさ」



 空いていた俺の隣の席でひらひらと手を振ったのは、悠真の兄・奏真そうまだった。

 悠真と同じさらさらの髪に、整った顔。違うのはその性格。緩く気の抜けたような挨拶をしながらも、俺の背中をさすっている。

 そしてもう一人。堀岡の隣に立って関西弁を話す男もいる。そうだ、こいつは悠真の兄貴と同じバンドの祐輔ゆうすけっていったか。バンフェスで会ったときよりも髪が明るくなっている。



「せや。おじさん、名刺くれへん? 俺らのことも宣伝したってや」

「は? 誰がお前たち――」

「ええんか? 記者が未成年誘拐しとったこと、動画でネットにアップしたろ。こうみえてさ、フォロワーそこそこおってな。大バズり間違いなしやな。よっしゃ!」

「ふんっ!」



 堀岡は名刺と千円をテーブルに置き、勢いよく立ち上がるとそのまま店を出て行った。

 元凶はいなくなった。それで、喉のつかえが残るけど心の中で安心する俺がいる。



「あざした」



 何とか苦しさが飛んでいった中で深く息を吐きながら礼を伝える。すると、奏真がびっくりした顔で俺を見た。



「君、ちゃんとお礼も言えるようになったんだね。びっくり」

「……俺を何だと思ってんだよ」

「うーん、我が儘な王様、いや王子様? 王様はうちの弟の方だよね」



 弟、とは悠真のことだ。奏真はかなりのブラコン。なのに、弟の前ではそれを出さない変わりもの。

 こんなところで会って助けてもらうとは。なんだか不愉快だ。でも助かった。が、仮ができたか。



「そんな顔せえへんでもええやん。せっかく助けてあげたのにぃ」



 祐輔が頬杖をついてふてくされていた。


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