Song.47 おとなとこども


「おい、坊ちゃんは?」



 悠真と司馬の部屋から恭弥が離れてから二時間後。他の部屋をめぐって様子をうかがっていた神谷が最後に訪れた司馬の元で問う。

 全ての部屋で進捗を確認し終えており、今後の予定を確認しに来たのだ。それぞれが請け負った子供の顔から成長具合も見ながら。

 疲れ切った様子から、生き生きとした様子。子供ではなく教えている大人の方が疲れているなんている場合もあった中、最後はどんな顔をしているかワクワクしていたところである。


 だが、司馬の元にいるのは悠真だけ。五人の子供へ教えているというのに、四人しか確認できていない。



「いや、ここにはいないよ。しばらく前に……そうだな、二時間ぐらい前には出て他の人のところへ向かわせたんだけれども。もしかして来てない?」

「来てない。他の部屋全部見たけど、どこにも来てないって」



 司馬と神谷が見合わせ、一気に顔が引きつり始め、見る見るうちに青ざめていく。



「まずいだろ、これ……いくらスタジオを借りたって言ってもな、最悪俺らの責任問題にもなりかねねぇぞ……」

「清春は他のみんなにもう一度確認して。僕は本人に連絡をとるのと、監視カメラも確認してもらうから」

「わかった!」



 ドタバタと神谷は出て、指示通りに動き出す。

 直後に自身のスマホを慌てて操作する司馬を見て、恭弥がいないことが大きな問題になっているということまでは理解したものの、なぜ大人たちがこんなに慌てているかがわからず、悠真は聞く。



「あの。彼、どっかいったってことですか?」

「おそらくね。彼ももう高校生だし、迷子とかそういう面では大丈夫だとは思うんだけれども、今は少しタイミングが悪いんだ」

「? それってどういう……」



 たかが高校生が迷子になろうが、今の社会、通信手段もあるし、少し歩けば交番だってある。慣れない場所で道がわからなくなったとしても、今の社会ならばどうにかなる。司馬はそんな心配をしているわけではなかった。



「先に話しておくべきだったね。今、僕らにはやっかいな記者がまとわりついているんだ。スキャンダルを暴こうと躍起になっているみたいでね。まあ、僕ら悪いことなんてやっていないから、付きまとってもネタは出てこなかった。だけど、今、野崎恭弥というMapの最大の秘密がここにいる」



 故・野崎恵太の実の息子。その存在は公になっていない。野崎恵太が結婚していたことは、不本意でスクープされてしまったが故公になっている。でも基本的なスタイルとして芸能人だからと、プライベートまでさらけ出すことはしなかった。


 音楽で評価してほしいと、彼が一生をかけて貫いた音楽は、評価され人気を集める。そんな中亡くなってしまったが、彼のことを今も知りたいと考える熱烈なファンもいる。そこで存在が隠されていた息子の恭弥を扱うことでスクープにしようともくろむ者がいてもおかしくない。


 そうなれば今までの生活も、今後の道もプライバシーもさらされてしまう可能性だってある。子供の将来を大人が勝手に狭くしてはならない。そう考えている彼らは、今後起こりうる問題をとても恐れていた。


 司馬の言葉から話を理解した悠真は素早くスマホを操作して、耳に充てる。



「僕も本人に連絡とってみます。彼、スマホを見ているかわからないけれど……」

「ありがとう。じゃあ、連絡は君に任せる。こっちはこっちで、探してみるから。くれぐれもスタジオの外には出ないでね」

「わかりました」



 司馬が部屋をでるのを見送る。



「あの馬鹿……」



 耳元ではコール音が鳴り続けていた。



 ☆



「ねえ? 君、ここの関係者?」

「あ? ……誰、すか?」



 肩を叩かれ振り向くと、そこに黒いマスクをした背が高い男がいた。

 つばの大きい帽子。首から下げている高そうなカメラ。年齢もやや高め。どっかのマネージャー? それともアーシャ撮影……いや、どっちも違うか。どことなく、うさんくささがある。

 変な人。これは関わらない方がいいな。



「あ、ちょっと待って。怪しい者じゃないよ!」



 誰かと聞いておきながら、別の部屋に行こうとしたが、男が立ちふさがる。

 鋼太郎より背は低いっぽいけど、俺よりでかい。見下ろされて不愉快だ。



「君さ、誰かに似てるって言われない?」



 聞かれても無視。

 でもハエみたいにまとわりついてくる。

 今のまま、瑞樹のところに行けばやっかいなことになりそうだ。いったん外にでて、こいつをまくか。

 階段を降り、スタジオの外へ向かって歩く。その間ずっと男はついてくる。一段、二段と降りていく後ろから、ずっと声をかけてきやがる。



「ねえ、君。似てるって言われるでしょ?」

「……言われねぇ」



 あまりにもしつこくて、思わず言葉を返した。



「本当に? 見た目も声も、反応も。全てそっくりだと思うけどね――野崎恵太に」



 突然親父の名前が出てきて、思わず足が止まって肩が動いてしまう。これがよくなかった。そう思った時にはもう遅い。



「ほら、ビンゴ。ねえ、俺、こういう者なんだけど、お礼もするし、外で話を聞かせてくれない?」



 男が出した名刺には、週刊誌スクローズ記者という肩書きと『堀岡ほりおか弘一こういち』という名前。名刺から目線を移して見上げると、堀岡はにんまりと気味の悪い顔を浮かべていた。



「俺が知りたいのは、なぜ野崎恵太は事故に遭ったのか。どうして柊木隼人は生きているのか。Map休止の間に何があったのか。それを知りたい」

「何もねぇよ。ただそういう運命だっただけだろ」

「君なら知っているはずだ。事故に遭ってしまった理由を。死の直前、柊木に託したとされるUSB。それに一体何が記録されていたんだろうね」



 嘗め回すような視線。背筋がゾクゾクする。

 男が気にしているUSBに何が入っているかなんて俺が知る由もない。どうせ仕事関係のものが入っていたんだろう。俺に聞かれても知らないとしか言いようがない。



「俺は何も知らねぇ」

「じゃあ、知りたくない? こっちが持っている情報もあげるから、君の知っていることを教えてよ」

「は?」



 あまりにも一方的で迫って来る堀岡。



「ま、君に拒否権なんてないんだけどね」



 その言葉と一緒に出したのは、一枚の写真。

 どこかの建物の前。薄暗い中に二人の男の姿。一人、こちら側を向いているのは……柊木。柊木の握り拳が、カメラに背を向けている男を殴る瞬間だった。

 


「有名人の暴力。公にされれば、せっかくの活動再開もすぐにまた休止になるかもね」



 脅しだとはわかっている。でも、親父の仲間、憧れのバンドに傷をつけたくない。真偽は定かでないにしろ、この写真を見て殴っている人が柊木だというのはすぐにわかってしまうし、一目で暴力沙汰だと認識してしまう。俺は堀岡に従わざるを得なかった。

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