Song.46 Pray


 ベースとキーボード。

 低音でリズムを作るベースと、高音で旋律を奏でるキーボード。

 たった二つの楽器で作り出す曲がつまらないものなんて言わせない。他のメンバーがいなくて、俺たちだけの音でもそれは音楽であり曲になる。

 今までに作った曲はいくつかある。俺単独で作ったNoK名義のものもあれば、みんながあれこれ手を加えた曲もある。いくつもある曲の中で、弾きたいものは一つ。


 曲名を言わなくても通じあった。

 選んだのは、俺らが初めて作った曲であり、バンフェスで披露した曲だ。


 曲の冒頭は悠真のキーボード。滑らかに、そして抑揚をつけて。寸分の狂いもなく、丁寧で揺るがない音。


 みんなを安心させてくれて、支えてくれて、率いてくれる。他の誰でもない、悠真にしか作り出せないこの感覚。



 そうだ、この音だ。



 体に響いて溶け込む音に身を任せ、ベースを鳴らす。

 ベースでリズムを作って、キーボードでメロディーを作る。時にその役割を逆転させる。


 もともとギターソロが入っているのだが、そこはベースでカバーしてみる。譜面にはない音を作って俺がソロをやるそぶりを見せると、悠真が察してバックの音をアドリブで作る。


初めてそんな風に弾いてみたのだけれども、調子が良くて、いい音でソロを弾けた。


 手元から目線を移して顔を上げたら、ちょうど悠真と目が合った。細かな音を奏でるのに指はせわしなく動いているけれど、表情は晴れやか。メガネの奥の瞳からは、強い意思が見える。


 自然と心も体も弾む。あまり、練習スタジオでは動くことがないのだけれども、弾きながらジャンプしてリズムをとる。

 時には悠真の目の前まで移動して弾く。

 互いに譲らない音の張り合いでも、喧嘩するような音ではない。主張しつつ、まじりあっていく音。聞いていて心地がいいこの音をずっと続けていたい。


 そう思っても、曲は終わりを迎えた。



「……はははっ! いいじゃねぇか! 悠真できんじゃん」

「ふっ、そりゃどうも。君がソロをやるときはひやひやしたけどね」



 二人で笑い合った。なんとなく笑ってしまった。

 悠真もそうだったのだろう。面白おかしいことがあったってわけではないけれど、笑いが出てしまった。 

 弾いていて楽しい。さっきまでの苦しい焦った時間じゃなくて、これだけ心弾む演奏で、もっと続けて弾きたい。



「やっぱ悠真ならこの曲を選ぶと思ったわ。オリジンだし、思い入れが強いし」

「まあ、ね。僕は一番この曲が好きだから」



 悠真は優しい顔を浮かべた。



「うん。ふっきれた音、よかったよ。二人でしっかり曲になっていたし」



 満足気に入ってきたのは司馬。大人の余裕を見せて、拍手をする。



「音楽の道って定かじゃないし、不安定。それでも進むと決めたなら、どんないばらの道でも進む決意が必要だ。それができたかい?」



 厳しい言葉を言う。でも、司馬の言う通り、それが真実。

 デビューできないバンドマンはたくさんいる。その上に立つ人だけが日の目を見る。それをわかったうえで、将来を決めたのか。確認をするため聞いているのだろう。



「はい。こんな僕でも受け入れてくれる仲間が一人でもいるならば、僕は続けていきます。弱くても、打ちのめされても。僕は独りじゃ生きていけないから、彼らと一緒にやってやりますよ。それでもって、Mapの皆さんをも超えてみせます」



 悠真らしからぬ熱い気持ちが伝わってくる。

 行動や言葉は冷静だけど、心は燃えている。感じていたけれど、本人がちゃんと言葉にすると、こっちまで熱くなってくる。



「そうか。そう決めた君を、僕らは惜しみなく支援するよ」

「支援、ですか?」

「うん。僕らは後進の育成をしていく。手始めに、といっては何だけど、君たちにそれぞれ惜しみなく知識や技術を今、伝えているところだからね」



 それぞれ、となると個人か。

 俺らはMapのメンバーに各々連れていかれている。が、俺はその先人にあたる親父がいないわけだが。



「御堂くんの音はもう大丈夫だと思う。次は、もっと世界を広げる方法を教えてあげる。これでみんなをビックリさせられると思うよ。だから、恭弥くんはどっか行ってて」

「は? え? 俺?」

「うん。他のみんなのところに行くといいよ。このフロアの部屋を全部使っているから、ちょっと覗きながら行ってきて」



 じゃ、と楽器を持たされ俺は司馬にぐいぐい押されて部屋から追い出されてしまった。

 防音になっているスタジオからは何も音は聞こえない。小さな窓から中を覗くと、司馬が悠真に何やら話をしているのが見えた。



「まじかよ……俺だけのけ者じゃんか……」



 親父がいないからって、俺だけ野放しにされるのは腹立たしいことこの上ない。



「はあ……」



 追い出されてこのままぼーっと時間を潰すのは無駄だ。俺だってもっと技術も知識も欲しい。みんな教えてもらっているのに、俺だけ何もできないってすげえ嫌。

 だったら他のみんなの様子を除くしかない。

 司馬に言われた通り、他の部屋を覗いてみる。


 手始めに隣の部屋を覗いてみると、そこには神谷と瑞樹がいた。

 この二人なら堂々と入って行って差支えない。そう思ってノブに手をかけたとき、俺の肩に誰かが触れた。



「!?」



 慌てて振り返ると、そこにいたのはMapのメンバーでもない見知らぬ男だった。



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