Song.45 やることやってから
「君の心が揺らぎ続ける限りは、その音は治らないよ。ミスの頻度も変わらないし、誰とも合わせることはできない。確実にね」
「っ……そう、です、ね……」
余りにも鋭い言葉。今の悠真にはそれを真正面から受け止められるほどの気力がない。
かろうじて言葉を紡ぐので精いっぱいである。
「でも、落ち込む心配はないよ。逆に言えば、心が定まりさえすれば君は進化する。蝶へと羽化するように、大きく変われる」
「……でも」
「御堂くんが今いる道は、僕も通ってきた道でもある」
過去を懐かしむように目を細めた司馬。
この男の過去など知らないというわけではない。だって親父と同級生でもあり、バンド仲間でもあった。何度もうちに来たこともある。いわば、おじさん。そのくらいの距離。
というのは俺だけであり、悠真にとっては別だ。
司馬は有名人であり、テレビの中の人。かつ、悠真の憧れの人物でもある。悠真が音楽を始めるきっかけになったのが、この司馬であることから、遠い距離の輝かしい人であることがうかがえる。
その人物からの言葉が届かないことはなかった。
「それってどういう……」
ほんの僅かだが、悠真の目が上を向く。その一瞬を司馬はついてくる。
「参考になるかわからないけど、僕らの話をしようか。僕たちは恵太に呼びかけられて組んだバンドなんだ。まあ、ファンの君なら知っているかな」
「……存じています」
「誰も音楽なんてやってこなかったけれど、彼らとなら楽しそうだから。そんな理由で始めた。ひたすら練習して、合わせて。みるみるうちに恵太は才能を開花させていった。他のみんなも、才能があったんだ。なのに僕だけが、一向に上手くならない。僕とみんなとの距離はどんどん開いて行った」
手をグーパーさせる司馬。そのまま話は続けていく。
「いくらやっても追いつけない。だから、僕は一度、音楽をやめようと思った。知っているかな? かなり前だけど、デビュー直後にしばらく曲が出なかった時期があるのを」
「……デビュー曲から次の新曲を出すまでの期間が、一年間空いたという時ですね」
「そう。あれは僕のせい。僕が弾けなくなった。だから僕は辞めたいって伝えたとき、恵太は言ったんだ――」
Mapがデビューし、知名度を上げている最中での出来事。親父はそのことについて何も言っていなかった。でも、覚えている言葉がある。
「『重荷も痛みもみんなで分け合うもの。それがバンドだ』、ってね。僕だけが弾けないって嘆いていたけど、実際はそうじゃなかった。話を聞けば、恵太の曲作り、清春のギター、達馬のドラム。みんなデビューしてから、息詰まっていた。それを知るのに随分時間がかかったよ」
そう言った司馬は瞳を閉じる。親父の言葉は、司馬に届いていた。
「そこから僕はみんなとしっかり話して、バンドを続けることにした。一年間かけてやっとまた弾けるようになったよ。けれど、その続ける選択が正しかったのかわからない。もしも僕があの時辞めていたなら、恵太が普通の生活を送っていて、今も生きていた可能性もあっただろうから」
親父がいたからこそ、Mapが生まれたといっても過言ではない。親父が声をかけて、バンドを始めたのだから。一度バンドがなくなる危機に立たされても、再び歩き出せたMap。親父が死ぬという最大の危機に立っても、また活動を再開することができたのは、この過去があったからかもしれない。
悠真はMapのコアなファンだ。成り立ちも知っているだろう。静かに悠真は話を聞いている。
「僕が弾けないと、みんなに迷惑がかかる。僕がいると、恵太の邪魔になる。だったら僕がいなければ。そんなことばっかり考えていたところを、がらりと彼が変えてくれたおかげで、今ここにいる。それに後悔もないし、ずっとこの道を往くつもりだよ」
全てを言いきったところで、司馬は悠真に目を向ける。これで昔話は終わりのようだ。
「君はどう? みんなと話したかい? やることをやってから、最後に決めるんだよ。どの選択をしたとしても、何が起きるかわからない未来を怯えて過ごすのは変わらないからね」
悠真の目が瞬く。
そしてそのまま俺の方へと向けられた。
「僕は、君に話したのが全てだと思っていたよ」
「悠真……」
「僕だと、君が目指す、プロという夢の邪魔になってしまう。インターネットで演奏動画を公開したことで、僕がどれだけ小さな存在なのかよくわかった。加えて、兄の話……全てを誰かのせいにしてきた」
俺の家に来て、話した日のことが頭をよぎる。
辞める意思を俺に伝えながらも、バンドを続けたいという意思もあったこと。矛盾している話に混乱し続けた日々。
その中で誰が一番つらかったのか。
それは俺ではない。
「打ちのめされたのは誰のせいでもない僕のせいだった。それから逃げた僕を、君は許さないかもしれない。でも僕は……やっぱり続けたい」
意を決したような声。悠真の据わった目。
「兄なんて関係ない。親の言いなりになるのもごめんだ。僕の未来は僕が決める。誰でもない、僕の意思で。だから、その……」
気まずそうな顔をしながら言葉を詰まらせている。
いくら待っても「えっと」、「いや」というような言葉しかでてこない。
「悠真。なあ、俺らとバンドやろうぜ? もちろんプロを目指して」
「っ! 君のそういう壁も過去もなかったことにするところ、ほんとすがすがしいよ」
手を差し伸べれば、悠真はくしゃっと笑って手をとった。
久々に見た気がする。しばらく根詰めたような顔だったし。
「うん。どうやらわだかまりも解消したみたいだね。その調子でもう一度、合わせてみようか」
にこやかに司馬が入る。そうして俺たちは再び楽器をかまえた。
先ほどとは違う。顔を上げれば悠真と目が合うし、互いの準備ができていることが話さなくても伝わる。どの曲を弾くのか、その打ち合わせはしていない。でも、今の状況で選ぶ曲がどれなのか。悠真だったらどれを選ぶか推測できた。
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