Song.44 Session
学校が使えないときに利用していたスタジオよりも、ずっと広く、設備が整った部屋だった。
防音はもちろんのこと、ドラムセットにアンプは複数。エフェクターを広げても足元に余裕があるほど広くゆとりのある空間。バンドが練習するのに申し分ない部屋ともいえる。
「それで? 君らの相談って、何かな?」
部屋の奥にセッティングしていたキーボードを前にして座った司馬が、話を切り出す。
俺と悠真が部屋に入るなりすぐ出てきた本題。まさかそんな早く入るとは思わず、そろって雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔になる。
「相談……? どういうこと? ねえ」
「えーっと、それは、ほら……」
そもそも何故東京に来ていたのか知らない悠真が怒りの目を向けてきて、毛穴という毛穴から、嫌な予感が溶け込んだ汗が出てくる。
「まあ、こっちは清春を通してだけど瑞樹くんから話は一通り聞いてるんだけどね」
「ちっ。知ってるなら聞くなよ……ほんと、気に喰わねぇ」
「相変わらずあたりが強いな。小さい頃から僕にだけ懐かなかったよね。今でも変わってないなんて、ちょっと残念」
こんなんだから、司馬は苦手だ。いつだって、何でも知ったかのように来るから。嫌いじゃなくて、苦手なだけなんだ。本当に。
「簡単に話をまとめると、君たち、将来に悩んでいるんだって? 音楽の道か、それとも他の道かって。特に……君が」
司馬と悠真の視線が交差した直後、悠真が逃げるように視線を逸らして口を堅く結ぶ。
「うーん……あんまり話したくなさそうだし、ここは一度弾いて見せてくれる?」
「はい?」
「は?」
司馬の一声に悠真と俺の声が重なり、心臓が大きく波打つ。
「話さなくても、弾けばいろいろわかるものだよ。ほら、君たちの曲を聞かせて」
どうぞ、とキーボードの方へと手招きする。それでも悠馬は「それはちょっと」と頑固に首を振っているが、司馬が悠真の背中を押して無理やり移動させた。
セッティングされているのは司馬がいつも使っているサイズの異なるキーボード。それを三つ重ねて設置し、その隣にはもう一つ別のキーボードと、ノートパソコンがある。まるで要塞のように広がっているこのスペースの背後には、赤いショルダーキーボード。全部で五つのキーボードを曲に合わせて難なく使いこなしている。
「そっちもベース用意して。ほら、早く。時間がもったいない」
「お。おう……」
体をこわばらせる悠真を横目に見ながら、言われるがまま俺もベースを用意する。
肩から下げ、アンプに接続。チューニングまで終えるまでそう時間はかからない。
ピックで一弦弾いて、アンプから放たれた音の大きさを確認したところで、顔を上げると、すぐに司馬に見られた。
「うん。準備できたみたいだし、弾いてみて。他の楽器も唄もないから、大変かもしれないけど。リズムをとるベースと、メロディーを奏でるキーボード。合わせられるでしょ?」
確かに他の楽器がないと、難しい場面があるけど、できないわけではない。目配せすれば、同時に鳴らすことだってやってきた。人数が少なくても、ちゃんとできるはずだ。
「んじゃ、ま。曲は……この前体育館でやった新曲で」
「……わかった」
曲をチョイスした後の間はなんだったんだ。
俺の言った曲を理解しているのは違いない。でも、顔が暗い。それに目を合わせてくれない。悠真はずっと手元のキーボードを見ている。
「ゆう――」
名前を呼ぶ時間を空けず、悠真は弾き始めた。
慌てて俺もベースを鳴らす。この一瞬が、曲のズレをもたらした。
すぐに悠真に追いついて、合わせていくが――。
「チッ……」
いつもは安定しているはずの悠真の音。なのに今は、違和感がすごい。
全体的に急ぎすぎている。
ミスタッチも多いし、リズムを合わせられない。
顔を上げて悠真を見る。
一切キーボードから目を離さない悠真。
体育館でやったときはもっと楽しそうだったのに、今は全然楽しそうじゃない。必死で、焦って、苦しそうで。それがひしひしと伝わって来るほど、狼狽の色を隠せない。
曲が終わるまでずっと、俺らはいつものように弾くことは叶わなかった。
「くそっ……」
唇を噛んでも出てしまった俺の声を、悠真は聞いていた。
一瞬だけハッとしたように顔を上げていたが、すぐに下を向いては自分を押さえるかのように右手で体を抱きしめる。
その動作が、いつもの自信を持って動く悠真から大きくかけ離れている。
「っ……やっぱり……」
「違う。今のは俺が合わせられなかった。俺のミスだ」
「……」
黙ってしまった。
俺の言葉はきっと悠真に届いていない。完全に心にシャッターを下ろしている。
「お疲れ様。曲を通して色々伝わってきたよ」
沈黙を裂くように司馬が言う。それでも空気は変わらない。凍り付くような空気が肺に刺さる。
「二人とも、今、何を思った? 何を思いながら演奏してみた? はい、恭弥くん」
「別に……ただ、合わせようと……」
「うんうん。それでどうなった?」
「……合わなかった。追いつけなかった」
突然始まった話に答えれば、何度も司馬がうなずく。
「君……えっと、御堂くん、だっけかな。君はどう?」
「僕は……」
肩が跳ねた悠真だったが、いったん口を閉じて考えをまとめているようだ。
「間違えないように、って」
「うん。それでそれで?」
圧がある言い方ではない。寄り添っていくような言い方で、次の言葉を求める。
「何度も間違えました。それで焦って、テンポが速くなって。こんなんだから僕は……やりたくないんだ」
最後の声が震えていた。
「悠真……」
自分を抱きしめる悠真の指が食い込んでいる。
「反省もできるね。いいことだ。確かに、二人が言っていることは現実。恭弥くんのベースは合わせようとしすぎて音が乱れている。そして御堂くんは、焦りすぎてミスをしてっていうのを繰り返している。恭弥くんが何度も御堂くんを見ていたの気づいた?」
「! いえ……」
「そっか。バンフェスの時はもっと君は周りをよく見ていたと思うんだけど、それができなくなるほどに君の心は揺らいでいる。それは不安かな? それとも恐怖? 嫌悪? 動揺?」
まるで全て見通しているかのように、司馬は続けていく。
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