Song.41 選択肢は多数
翌日放課後の物理室。先に来て窓際の席に座っていた悠真の暗いまなざしは底のない穴に広がる闇のようだった。
相当悠真がやばい。それだけはわかる。
同じ学校でも進学クラスの悠真と、今後の進路についてよく考えろと言われるような馬鹿が集まる俺と大輝のクラス。階は同じでも顔を合わせる機会はほとんどない。
今まで普通に過ごしていたけど、こんな状況になった今、悠真と顔を合わせて通常通りに接するのは何だか難しい。
「悠真先輩、お疲れ様です」
「お疲れ」
入口で立ち止まっていた俺の横を通り抜けた瑞樹が、いつもどおりの何一つ変わらない明るい顔で悠真の元へ飛び込んで行った。
それで隣に座って、ニコニコと何やら話している。
悠真も話しているし、この場はとりあえず瑞樹に任せるか。
俺は入口近くの席に座る。
それからすぐに、大輝と鋼太郎も来て、各々自由に座ったところで先生がやってきた。
「みなさん、お集まりですね。よかった」
ふう、と息を吐いた先生は教壇に立つ。そうするとみんなが静かになった。
なんの話をされるのか全くわからない。
そういえば、一年は来ないんだな。一応、あいつらも軽音楽部に入っているはずなんだが。いない方が静かっちゃ、静かだが、空気を変えてくれるし、今は居てくれた方がよかった。騒がしい声と勢いで、気まずさを緩和してほしかった。
「では、さっそくですが本日皆さんに集まってもらったのは、みなさんの今後についてお話をしたかったからです」
どこからともなく、先生は紙を取り出して読み始める。
「作間くんは二年生なのでまだですが、三年生の四人は進路希望について考えるよう言われていると思います。それぞれの担任の先生に四人の進路希望調査票を確認させていただきました」
あーあ。俺の進路希望調査票はバッグの中。中身は何一つ変わっていない内容。だって、先生がもってこいって言ったから、持ってくるだけ持ってきたんだ。
「しっかり先を考えている人、まだ悩んでいる人がいることがわかりました。そこで話すかどうか悩んだのですが、一つの選択肢があるので、それについてお話しします」
前置きが長い。あくびが出そうになる。
ちらった悠真を見ると、何を考えているのかわからない顔でまっすぐ先生を見ていた。
「野崎くん。寝ないでくださいね」
「……うい」
急に名指しされて、目が覚める。大輝がニヤニヤして俺を見ているが、お前も同じだろうが。
「さて。大勢の方に見てもらったバンドフェスティバルで優勝した後、みなさん宛に手紙がいくつか届きました……というのも、ファンレターの類ではなく、音楽事務所からです」
「マジすか!? どこから!?」
さっきまで冷えてた血が、急に熱くなったような気がして立ち上がって言ったら、先生は「まあまあ落ち着いて」と手で制止をかけてきた。
落ち着いてなんかいられるか。
事務所と言えば、まさにプロになるために必要なステップでもある。フリーで活動するには限界があるし、プロになるまで遠回りになるし。
一体どこの事務所だ。
いくつもっていうぐらいだから、俺らに選択権があるんじゃないのか?
「いくつか来ていますよ。私は事務所などは詳しくわからないのですが、もし、みなさんが所属するとなればきっとこの先、野崎くんがずっと望んでいた音楽アーティストの道に進むことができると思います。しかし、その道を選ぶのではなく、多くの人が進むように大学進学や就職を選ぶのも選択肢の一つです」
どうしますか、なんて決まっている。
「俺はプロになる!」
先陣切って手を挙げる。そうしたら先生は「でしょうね」と言わんばかりの顔をしていた。
「僕も。僕もキョウちゃんと一緒です」
次に手をあげるのは瑞樹。俺とずっと一緒にやってきたから、同じ志を持っているから。
「俺も俺もー。キョウちゃんの作ったやつを唄いたーい!」
両手をあげて叫んだ大輝に対して、先生は幼い子供を見守るような顔をしている。
「先生、いいっすか」
騒がしい大輝をスル―した鋼太郎が静かに聞く。
「はい、なんでしょう?」
「俺、ドラムは続けたいし、このメンバーでやっていきたい気持ちもあるんですけど、進学もしたいんですが」
「なるほど。それも可能かと思いますよ。ただ、忙しくはなるでしょうが」
学校に通いながら練習。今と変わらないと言えばそうだが、大変であることは違いない。でも、鋼太郎なら勉強も練習も両立できる気がする。器用だし。
残りは悠真ただひとり。
黙ったまま、窓の外を見ている。
「……御堂くんはいかがでしょう?」
「僕は……」
一瞬だけ先生の方をみたものの、すぐに肩をすくめて目を逸らす。
続きの言葉は出てこなかった。
「すぐに答えをだす必要はありません。みなさんと話し合ったり、相談したり。私も再度よく調べてみますので、何かあったらいつでもご相談ください」
優しい言い方で悠真に向けられた言葉は届いただろうか。
「私からは以上です。練習するのも帰るのもご自由になさってください。ああ、ただし、野崎くんと菅原くんは今日中に進路希望を書いて私のところに一度持ってきてくださいね。担任の先生に強く念を押されていますので」
「はーい」
「あーい」
全て言い終えたようで、先生は準備室の方へと姿を消した。
残った俺たち、一度顔を見合わせるも、すぐに悠真はそっぽを向く。
「悪いけど、僕は帰るよ」
「え、ユーマ帰っちゃうの? 今日ぐらい練習しよーよー」
「この後用があるんだ。それに僕はもう、彼に伝えているから」
「えー」
荷物をとって、そそくさと帰ろうとする悠真の手を、俺は無意識につかんでいた。
「何?」
「あ、いや。あー……」
眼鏡越しの沈んだ目が俺を捉える。俺には全部言ったでしょ、と訴えてきているようだ。
でも、ここで言わないといけない気がする。
そうしないと、悠真はこのまま消えてしまいそうで。全てを抱え込んで沈んでいってしまいそうで。
「離してよ」
「いや、それはちょっと」
「は? ふざけないでくれる? 君ならよくわかっているでしょ」
「わかってるけどさ、でも違うんだよ」
「意味わかんない。僕は帰る」
投げつけるように言って振り払われた手。自由になった悠真が体をひねって物理室の扉へと向かうも、すぐに足を止める。なぜなら、扉の前にひとり、立ちふさがった人がいたから。
「待ってくれよ」
そう言いながら行く手を阻んだのは鋼太郎だった。
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