Song.40 将来の夢


「先輩、大変なことになっていたんですね……」


 しょんぼりしつつ、そうつぶやいた瑞樹の丸い目が潤んでいるようにも見える。

 感情豊かでそぐに顔に出てしまう瑞樹だ。悠真が置かれている状況に、胸を痛めているのかもしれない。


 そんな瑞樹を横目に、鋼太郎が顔を上げ、俺と目が合った。



「野崎。お前はどうするつもりなんだ?」

「どうって?」

「御堂をどうしたいのか、だ。本人の意見を尊重するのか、また呼び戻すのか」

「悠真の言葉をすんなり受け入れるわけねぇよ。あいつ、バンド続けたいって言ってるんだから。ただ……」

「ただ?」

「俺には進路とかそういうことに口出しできねぇんだよ。進路調査票も再提出になったばっかりだし。いくらバンドを続けるにしても、進学するなら俺何も言えねぇ」



 再提出になった進路希望調査票をバッグから出して、鋼太郎に見せた。大輝も続いて真っ白だけどぐちゃぐちゃになった同じ紙を机に出す。すると、鋼太郎は「嘘だろ」というような顔をしていた。


 瑞樹は瑞樹で、さっきの悲しい顔から一転、苦笑いを浮かべている。



「俺は今のメンバーでプロになりたい。誰かが欠けたら、それはもうWalkerじゃなくなるから」



 だから、進路もこのままでいく、と教師に却下された「プロミュージシャン」という第一希望は譲れない。



「……お前の進路希望はわかった。だけど、現実的じゃないってことはわかるだろ? 御堂も現実主義だし、今のままずっと変わらないってわかっているからこそ、進学希望をもう一回見直してんじゃねぇの?」

「プロになるのが非現実的かっていったら、大多数は頷くだろうな。だけど、俺は絶対プロになる。そこにはみんなが必要なんだよ。悠真ももちろん入って来る。それに悠真はバンドを続けたいって気持ちがあるんだから、やれないわけじゃねぇだろ」



 ずっと小さい頃からプロのアーティストになることを目指してきた。それが夢になっていたし、叶えるために色々考えてやってきている。

 プロへの登竜門であるバンドフェスティバルでの優勝だってその一つだ。それに、作曲スキルを上げるための、NoKとしての活動も。


 全部が俺の糧になっている。



「こ、鋼太郎先輩は進路希望にどう書いたんですか?」



 ちょっと重くなった空気を変えるためか、瑞樹が切り出す。



「俺は……管理栄養士の学校書いた」

「初知りでした! どうしてです?」

「まあ。色々あってな。家でも役立つだろうし、俺の身近には不摂生な奴が多いから役立つだろうと思って……」



 という言葉で鋼太郎は俺を見る。

 そこでその場全員が、「なるほど」と納得していたから舌打ちが出た。



「コウちゃんすげー! 俺、コウちゃんの作ったご飯好きー」

「そりゃどうも」



 すっかり話の本軸からずれてしまったが、空気が和んだ。

 その後、大輝によるどんなメニューがいいかという質問攻めで鋼太郎があたふたするという謎の時間が過ぎていった。


 ここへ集合してから三十分ほどたった時。物理室の扉が開かれる。



「おや? 今日は練習しないのですか?」



 やってきたのは顧問の立花先生。相変わらずの白衣姿で、どうしたのかと俺らが集まる机に近寄って来る。

 そして出しっぱなしにしていた俺と鋼太郎の進路希望調査票を見るなり、「ああ……」と声を出した。



「野崎くんは、プロになりたいんですね」

「そうっす」

「他の皆さんはどうなのですか? 野崎くんと同じ?」



 みんなの顔をそれぞれ見て答えを求める先生。



「俺、キョウちゃんと同じー」

「僕もです」



 大輝、瑞樹と、間髪入れずにいい返事が返って来る。あまりにも早いレスポンスで、鋼太郎が戸惑っているようだ。


 さっきまでプロを否定していたからな。鋼太郎は難しいか――?



「片淵くんはどうでしょう?」

「俺は……できるなら、そうありたいです。が、そうもいかない場合もあると思うんで……」



 だんだんと声が小さくなっていった。

 よかった。鋼太郎もプロになるということを完全に諦めたわけではないようだ。

 それなら、できるところまで全力で進むまで。俺ももっと曲を作ろうか。



「ここにいる皆さんが同じ目標を持っているならなによりです。御堂くんはどうなのでしょうか?」

「あー、ユーマは……ちょっと難しいような、そうでもないような……」

「うん? どういうことでしょうか?」



 俺らは顔を見合わせた。

 先生は俺らの顧問でもあるから、話していいだろうか。それとも、個人の問題もあるから話さないほうがいいのだろうかと。


 でも、今後の部活に関わって来るのだから、話せるところまで話した方がいい。

 そう判断し、悠真の兄のことは言わずに経緯を説明した。



「そうですね……悩んでいる、と。でも、バンドをやりたいという意思はあるんですよね?」

「そりゃありますよ。俺、直接聞いたし」

「そうですか、そうですか……」



 すごく何かを考えるように、深く頷いては唸り始める先生に違和感を覚えて、首をかしげる。すると。



「わかりました。明日、みなさん、放課後に物理室ここに集まってください。私からみなさんにお話したいことがありますので」

「今じゃダメなんですかー?」

「今ではダメです。みなさんが揃ってこそ、意味がありますので。ああ、その時に二人は進路希望調査票をしっかり持ってきてくださいね」



 俺と大輝は用紙をまじまじと見つめる。

 これを持ってくる必要があって、明日でないといけない話とはなんだろうか。


 これ以上の追及は受け入れませんと言わんばかりに、先生はスタスタと物理準備室へと姿を消した。



「なんかよくわかんないのー。とりま、キョウちゃん。明日ちゃんと学校来てよね」

「最近は毎日来てるわ」

「遅刻も駄目だよ」

「最近してねぇよ」

「確かに。授業中は寝てるけどね」

「お前もだろ」



 大輝とそんなやり取りをすると、鋼太郎と瑞樹は少しだけ笑った。

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