Song.39 一人じゃなくて


 見せてくれた画面に表示されたコメント。



『バンフェス優勝バンドじゃん。俺、生で見たけど、キーボードがつまんねぇし、足引っ張ってる』


『キーボ、顔はいいのに腕が悪い』



 いくつかスクロールさせて見せてくれたコメントは辛口のものだけ。


 俺は動画出しても一切コメントは見ていないから、こんなの書かれていたのは初知り。結構な言われようだな……。


 これを見て悠真が傷ついたか?


 いや、これだけだったなら、大丈夫だったと思う。少しのダメージで済んだはず。


 追い打ちで兄貴のデビュー話、さらに苦手な親からの圧力。

 ダブルどころかトリプルパンチでノックアウトってところか。


 人によって耐えられる圧に限界がある。心理状態を丸々理解するのは出来ないけど、一緒に寄り添って、圧を分散させるぐらいなら俺にだって出来るはず。

 


「キョウちゃん?」

「あ、ああ。ちょっと考え事してた」



 大輝が「そっか」とどこか不安げな顔をしている。


 このままではいけない。

 バンド内にどんどん不安が募って、それが曲に、関係に影響してしまう。そのまま演奏すれば、ズタボロの曲になるし、それはもう、Walkerではないものになる。


 何としても、悠真とまた一緒にやりたい。悠真もバンドを続けていることを望んでいるはずだから。



「皺寄ってるよ」

「うぐぅ……てめえ……」



 大輝の指が眉間に伸びてきた。ぐりぐりと押されて、思わず目を閉じてしまったが、大輝の手を振り払えた。



「とまあ、だいたいわかった気がする。ありがとよ、双子」



 そう言えば、この双子たちも、大輝までもビックリした顔をしている。


 性別が違っても、流石双子。顔立ちが同じだから、驚く顔がまるでコピー。そこに大輝の間抜け顔が加わって、笑いそうになるのをなんとか堪えた。



「んだよ」

「いやぁ……キョウちゃんから『ありがとう』なんて言葉が出てくるなんて、俺、キョウちゃんの成長に泣けそうだよ」

「お前、マジで俺を何だと思ってんだよ……」



 双子に向けて同意を求めているし、うなずいているあたり、そんな目で見られていたのかと思わざるを得ない。


 それでもまあ、今はいいか。

 情報が集まったから、作戦会議だな。

 どうしたら悠真が戻ってこれるか考えないと。



「おい、大輝。帰るぞ」

「うーい! んじゃね!」



 二人と別れ、俺らは物理室へ向かう。一応今日も部活があるし。


 歩きながら、もう一度頭を整理して考える。


 校庭からは運動部のにぎやかな声が校内に入ってきて、他にも吹奏楽部の音楽や、帰ろうとする生徒の声が響いている。


 残り一年も残っていないこの学生生活、俺が悠真を引き戻して、一緒にバンドをまたやることになって、その後はどうするんだ。


 プロになりたいと思っているのは、俺だけなのではないか。


 未来が見えないというのは、こうも怖いものか。



「ねねねね、キョウちゃん」

「あ?」

「あ、いつものキョウちゃんだ……じゃなくて、ほら」



 俺の数歩後ろを歩いていた大輝の方を見たら、両手を広げる。その行動の意味がわからない。


 黙っていると、「もう」と言いながらむすっとした顔でもう一度言い直す。



「俺ら、バンドっしょ? 一人で悩まないの! キョウちゃんはなんでもかんでも抱え込んじゃうんだから。俺も、コウちゃんもみっちゃんも、みーんなで考えて、みーんなで乗り越えるんだよ」



 な、と肩に腕を回される。



「……ふっ、そうだな。俺が知ってる話も共有する」

「おう!」



 歯を出して笑うその姿に背中を押される。

 どうもこいつといると、元気になれる。未来をどうこう考えるより、今を考えようと思う。



 ☆



 鋼太郎に瑞樹。二人がそれぞれ楽器を準備をして俺らを待っている……と思っていた。


 物理室に入るなり、何一つ楽器が準備されていなくて、思わず足が止まる。



「おう、遅かったな」

「お疲れ様です」



 固定されている物理室の机を囲んで二人は座っていた。


 机の上に何か広げている。近づいてみれば、それは教科書とノートだった。


 どうやら鋼太郎が瑞樹に勉強を教えていたらしい。ごちゃごちゃした数式が並んでいて、見るだけで頭が痛くなりそうだ。


 俺がしかめっ面をしたからか、瑞樹はそっと勉強道具を片づけて机の上をあける。そこへ俺と大輝も加わって四人、机を囲むよう座った。



「で。御堂のことだろ、今日は」



 話を切り出したのは鋼太郎だった。

 まだなにも鋼太郎に話をしていないというのに、「ある程度知ってる」なんて言っている。



「野崎と御堂。二人ともわかりやすいんだよ」

「そうですよね。顔と行動に出やすいというか……悠真先輩もキョウちゃんも、根本が一緒というか。あんまりよくないことが起きたときにわかりやすさはすごいよ」


 ええ……。

 自分的には上手く隠せているからなと思っていたのに、俺、そんなにわかりやすいのか。何考えているのかわからないってこの前言ってなかったか? 

 √2の演奏に加わったときは、悠真に怒られたよな。秘密にするなって。それは隠せていたのに、今回は顔に出ていただろうか……。


「ほら、キョウちゃん。みんなで作戦会議しよーぜ」

「おう」


 さっと話を切り替えて、俺はみんなに悠真について話した。

 さっき久瀬の双子に聞いた、動画についたコメントのこと。

 悠真が俺の家に来て、バンドは続けたいけど辞めると言ってきたこと。

 悠真の親が、悠真にいい大学に進むよう圧をかけていること。

 そして、悠真の兄貴がバンドとしてデビューが決まったこと。


 全てが重なったことで、悠真がバンドを続ける自信がなくなったのではないか。そう伝えた。

 俺が一方的に話していたが、みんなその間ずっと真剣に聞いてくれた。知っていることを全て話し終えると、鋼太郎が頭を抱えていた。

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