Song.37 理解ができない言葉


 理解ができなかった。真剣な顔で言う悠真の言葉が。

 俺らのバンドに悠真は必須だ。曲を作る段階でも、演奏する段階においても、練習でも、いつだって。なのに悠真はどうしてそんなことを言いだすんだ。


「ごめん、僕は次のバンフェスに出る気はない」

「は? 何言ってんだよ、これから新曲を練ってやってかねぇと間に合わねぇだろ?」

「そうだね。だから、頑張って」

「あ?」


 何か言えばひらりとかわされるせいで、言葉が荒くなるのが自分でもわかる。


「僕は辞める。これ以上、邪魔になるだけだから」

「おい待てって!」


 こんな遅くに帰ろうとして立ち上がるのを、引き留める。その時見えた顔がひどく歪んでいた。

 気のせいかもしれない。でも、苦しさが感じられる。

 悠真の言葉を丸のみにするわけにはいかない。

 悠真がいなきゃ、やっていけない。悠真がいてこそ、このメンバーがいるからこそのWalkerだ。


「……帰るよ。それだけ、言いたかったんだ」


 離せと振り払おうとしたが、俺は悠真を掴んだ手を離さなかった。

 でも、何を言えばいい?

 辞めないでくれ?

 それとも、わかったと?

 何を言えば、悠真はとどまってくれるのか。

 それで悠真は今までのように一緒にやってくれるのか。嫌々バンドに留まって、いい演奏ができるはずがない。

 心から楽しいと、やりたいと思えないと、いい曲は作れない。


「ごめん」


 あれこれ考えている間に、悠真は静かに俺の手を払いのけて部屋を出て行く。そして辿った道を戻って、玄関から真っ暗な外へと出て行く音が聞こえた。

 その背中を追いかけることはできなかった。


「クソッ……意味わかんねぇ……」


 頭をかき乱して、考える。

 俺が何か悠真にしたか? 行動か、発言か? 我が儘言ったか? ……それは言っているかもしれないけれど、今に始まったことじゃないよな?

 悠真がどうしてバンドを辞めるって言い始めたのか全く心当たりがない。やりたいって言ったのにどうして?


「なんなんだよ」


 イライラが募る。加えて頭も痛くなってきた。

 俺はどうしたらいい。

 出ない答えを求め続けて夜は更けていく。



 ☆



 眠れないまま朝が来た。

 オールしたことはあるが、ここまで不調なオールは初めてだ。

 体は重いし、頭は痛い。胃も重く、何度も込み上げてくるものがあるのを抑え込んだ。こんなにしんどいというのに、眠気は一切こない。不安で眠れやしない。

 そんな状態でも、学校に来た。

 授業の内容なんて頭に入ってこない。ずっと窓の外を見て時間が過ぎるのを待つのみ。

 毎時間ごとに科目の教師から怒られたが、気にも留めていられなかった。


「キョウちゃん? おーい」

「……」

「キョウちゃんってば!」

「……? あ、どうした?」


 前を向けば、大輝がムッとした顔で俺を見ている。


「んもう! キョウちゃんってば、ずっと上の空なんだから」

「ああ、そうか」

「そうか、じゃないって。クマもひどいし、キョウちゃん、寝てないの?」

「ああ。眠れなかった」

「体に悪いよ?」

「わかってる」


 全部にちゃんと答えたつもりだが、大輝はジッと俺を見て怒ったような顔をしている。


「キョウちゃん、困ってる?」

「……ああ」

「すごく?」

「ああ」

「それって、俺も関係あること?」

「……そうだな」

「わかった。キョウちゃんが考えていること」

「あ?」


 頬杖をつきながら短い答えを返していたのだが、大輝はそう言った。


「何がわかったってんだよ」

「キョウちゃんが何に悩んでるのか」


 お前に何がわかるっていうんだ。そんな言葉は出ない。

 大輝の勘は鋭い。

 たった数問。それだけで、大輝は全てを理解したようだ。

 俺の前の席が空いていて、そこに座ってうなだれると、大輝は俺の机に体を倒す。


「ユーマのことでしょ。キョウちゃんの悩みの種」


 ほらやっぱり。俺の考えていることは筒抜けだった。

 こんなにもすぐにバレるなんて。そんなにあからさまだったのかと思うとなんだか情けなくなる。


「はああぁ……俺にどうしろってんだよ……」


 頭を抱えて、本音を吐いた。大輝の前で。

 あんまりこんなことはしたくなかった。でも、どうしようもなかった。

 本当は俺がどうにかしなきゃだったんだ。だって悠真が俺に言ってきたんだから。でも、馬鹿な俺じゃあどうにもできない。真っ暗な道を進むのは無理だ。


「だめだよ、キョウちゃん」


 は?

 大輝の言ったことがわからなくて、顔を上げる。そうしたら大輝のまっすぐな目が俺を映している。

 まるで心を見透かしているかのようで、思わず目を逸らしてしまった。


「ひとりはだめだよ。俺ら、バンドでしょ? ひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにってね」


 わかってるさ。俺ひとりじゃどうにもならないことも、俺らはバンドマンだっていうのも。

 それを踏まえて足止め喰らっているんだから。

 大輝はきっと、そんな俺の考えもわかっている。わかったうえで言っている。


「俺も考えるから。ユーマのことなら、結構知ってると思うんだ。だからさ、何があったのか教えて?」

「……そうだな」


 俺は大輝に昨日のことを包み隠さず話した。

 悠真がバンドを続けたいといいつつ辞める意思を伝えてきたことを。そしてそれを俺は引き留めることができなかったことも。

 大輝は静かにその話を聞いてくれていた。

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